天気予報と製品開発の接点:「データ同化」から「予測科学」へ
本号はAIやCAE(Computer Aided Engineering)などに関するデジタルデザインの特集号で、AIを活用した設計技術や検査装置、故障予知などの論文が掲載されている。筆者は気象学者でその中でもコンピュータを使った数値天気予報の「データ同化」が専門だ。無関係のようだが実は共通する点もあり、気象学者の知見が製品開発や生産に役立てられると思うとワクワクする。
天気予報は科学に基づいており、センサや衛星、情報通信、スーパーコンピューティングなど幅広い技術の総合である。これらの技術の進展と共に予報の精度は着実に向上しており、最近の天気予報は以前と比べてよく当たるようになってきたと実感する。
様々な場所の気温や湿度、気圧、風、雲などを観測し、通信して集める。それを地図上にプロットすると、天気図が描ける。日々の天気図の蓄積から、低気圧や高気圧が西から東へ動くなど、気象学の重要な発見が成された。まだ無線通信のない時代から遠隔通信を活用してきたというから、ビッグデータ時代を先駆けてきたとも言えよう。実測データを人の頭脳で紐解いて法則性を見つけ出す科学、これを第1の科学という。データから共通点、法則を見つけ出すのは、帰納的推論である。
一方、流体力学や熱力学、放射による熱のやり取り、水の三態変化などの物理法則から、気象の微分方程式を導く。これは演繹的な理論の科学であり、第2の科学という。この方程式は大気をメッシュ状に区切った数値計算によって解くことができる。ある時刻のメッシュ状に区切ったすべての場所の気温や湿度、気圧、風、雲などを表す数値を与えれば、数値計算によって先の時刻の変化が予測できる。この計算は手計算では到底及ばない膨大なものとなり、高性能なコンピュータを使った計算が必須となる。人間の能力を超えた膨大な数値計算による科学、これが第3の科学、計算科学(Computational Science)である。近年、新しいデータ科学が第4の科学として興隆した。これは、人間の能力を超えた膨大なデータ解析(ビッグデータ解析)をコンピュータによって行うことで新たな知を創造するもので、帰納的な第1の科学の発展形とも言える。
観測データに基づいて現在の推定値を与えれば、数値計算によって将来の予測ができる。ここで観測データと数値計算をつなぐのが、筆者が専門とする「データ同化」である。リアルなデータと仮想的な数値シミュレーションをつなぐ。その意味で、ピュアに計算科学ではないし、第1の科学でもない。帰納と演繹という異なるアプローチを融合するものと捉えられる。「データ同化」の取り扱い方次第で天気予報の精度を左右するから、気象学の一大分野として発展した。
さて、製品開発や生産である。製品をコンピュータ上でシミュレーションして、それを製品開発や生産に役立てることができる。実際に試作するよりもシミュレーションする方が一般にコストが低い。ここで問題になるのが、シミュレーションの信頼性である。それは天気予報でも同じだ。天気のシミュレーションが現実と対応しなければ、天気予報は信頼できない。この観点で、天気予報で実測データとシミュレーションを融合する「データ同化」が、製品開発や生産にも通じる接点となる。
天気予報の要として発展してきた「データ同化」が、実測データとコンピュータ上のシミュレーションをつなぐことを焦点に、気象以外の様々な分野に広がっていく。「データ同化」を専門とする筆者が、第1・第4の科学(帰納)と第2・第3の科学(演繹)を融合した新しい第5の科学、「予測科学」の可能性に考え至ったきっかけである。
IoTの時代、あらゆるデータがネットワークを介してサイバー空間に乗ってくる。ビッグデータを解析し活用するAIも発展する。一方で、スーパーコンピュータの性能向上により、原理法則に基づいたプロセス駆動のシミュレーションもどんどんリアルになっていく。データとシミュレーションをつなぐことで、リアルな世界をコンピュータ上で忠実に再現し、精密な予測を行う。予測に基づき、望ましい未来に導くために有効なアクションを見極め、実行する。気象に関して、新しいムーンショット目標8*1が定められ、気象制御に向けた研究が始まった。現実世界とサイバー世界を行ったり来たりしながら、望ましい未来を導く。「予測科学」が目指す一つの方向性である。
一方、気象とは異分野である制御工学の分野でも、この「モデル予測制御」がホットトピックだと聞く。細分化した専門分野が、共通性を見出していく。人類は、気候変動や災害、エネルギーや人口など、多様な要素が絡み合う複雑な問題を抱えている。これに立ち向かうための新しい科学として、融合的な第5の科学としての「予測科学」が求められている。天気予報の要となる「データ同化」が製品開発や生産に役立てられることは、「予測科学」創生への重要な一歩となるだろう。
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- 内閣府が推進する制度で国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が実施するムーンショット型研究開発制度
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/
理化学研究所 チームリーダー/主任研究員
三好 建正