CTO Message

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『統合レポート 2023』 CTOメッセージ“ソーシャルニーズの創造”が自走する技術経営

代表取締役 執行役員専務 CTO

宮田喜一郎

ソーシャルニーズを創造するチャンスに溢れる時代

オムロンでは、解決すべき社会的課題を設定し、ありたい社会像からのバックキャストで事業、技術、知的財産の各戦略を立案して実行する技術経営を行っています。私は、CTOに就任以来、ありたい近未来の社会像を具体的に描くことを“近未来デザイン”と呼び、それを起点に成長シナリオを組み立てることで“ソーシャルニーズの創造”を実現する組織や仕組みづくりに挑戦してきました。これは、卓越した技術者であり経営者であった創業者 立石一真が実践してきたことの本質を組織として継続的にドライブさせるための試みです。長期ビジョン「SF2030」がスタートして2年、この“近未来デザイン”からのバックキャストで取り組む技術経営が、SF2030で掲げた3つの社会的課題の解決に向け様々な成果が出始めています。
はじめに、少し過去を振り返りたいと思います。 オムロンが大きく成長するきっかけとなった1960年代、創業者は、社会の変化を先取りし、拡大する市場のニーズに応えるには研究開発の強化が重要と考え、当時の資本金の4倍もの資金を投じ中央研究所をつくりました。そして、スイッチやリレーといった自動化のための部品の開発に加え、システムやソフトウエアを開発するエンジニアを大量に採用しました。背景にあったのは、創業者がキャッシュレス時代の到来という未来を予測し、キャッシュレス化へと社会が変化する過程では、システムやソフトウエアの技術開発が肝になると考えたからでした。オムロンは、こうして部品メーカーからシステムメーカーへと業態を拡大し飛躍的な成長を果たしました。当時のオムロンが、このように大胆な決断ができたのは、創業者の「経営とは、未来社会のニーズを先取りする」という考え、そして「R&D先行で市場を創造する経営」を実践するという強い信念があったからです。
その後、創業者らは、未来の社会像を具体的に描き事業機会を探索するべく、未来予測理論を打ち立て1970年に国際未来学会で発表しました。それが、SINIC理論です。オムロンでは、現在も、SINIC理論をソーシャルニーズの創造に取り組むうえでの経営の羅針盤として扱っています。
SINIC理論によれば、2023年の現在は、「最適化社会」と位置づけられ、「自律社会」へと向かう過渡期にあたります。この過渡期というのは、過去にもありました。当社が飛躍的な成長を遂げた1960年代後半から1970年代の「自動化社会」から「情報化社会」への移行期です。モータリゼーションの到来による道路渋滞や、都市部への人口集中による鉄道駅の混雑など、日本において高度経済成長による社会的課題が噴出する時代でした。オムロンは、先ほどの中央研究所において、自動感応式信号機や、無人駅システム、オンライン現金自動支払機など、世界初となる商品・システムを次々に生み出し、人々の生活や働き方に大きな変革をもたらしていったのです。
そして、私たちが生きる現在、最適化社会もまた、高齢化や経済格差の拡大により社会・経済システムにひずみが生じ、地球の持続可能性に向けた多くの混乱と葛藤による社会的課題が次々に発生している過渡期です。この数年間においても、新型コロナの感染拡大が私たちの価値観や働き方に大きな変化をもたらし、AIなどのデジタル技術の急速な進化が、私たちの生活、そして社会を変化させています。いまや誰もが手の届くところに生成AIがあり、その活用と規制について世界中で議論が続いているのはその象徴です。まさに現在は、技術と科学、社会が相互作用しながら大きく変化しており、新たなソーシャルニーズを創造するチャンスに溢れる時代なのです。

自律社会に向けたソーシャルニーズの創造を自走するための3つのアプローチと4つの組織

このチャンスの時代を確実に捉えるために、私が、CTOとして取り組んできたのが近未来デザインに基づく戦略を実行する組織と仕組み、そして人財づくりです。それらは、創業者が実践した技術経営の暗黙知を形式知・組織知に変えソーシャルニーズを創造し続けられるようにする、チャレンジでした。
具体的には、SINIC理論を構成する、“科学”、“技術”、“社会”の3つと、それぞれの相互作用にアプローチする4つの組織を設立・アップグレードさせてきました。
まず、社会を起点にしたアプローチ「事業創造プロセスの確立」に向け、イノベーション推進本部(IXI)を2018年に設立しました。IXIは、オムロングループのイノベーション創造のプラットフォームとして、新規事業を継続的に創出することに取り組んでいます。また、同年、“科学”と“技術”を起点にしたアプローチ「コア技術の進化」に向け、オムロン サイニックエックス(OSX)を設立しました。OSXでは、近未来の社会像をもとに“科学”の視点から広くオープンイノベーションで革新的な技術の創出を担っています。技術の社会実装を担う技術・知財本部では、コア技術の開発における注力領域と強化の方向性を定め、IXIや事業部門、OSXと密接に連携し開発テーマを見直しました。そして、3つ目の“科学”と“社会”を起点にしたアプローチ「スタートアップとの共創」を担うのが、オムロンベンチャーズ(OVC)とグローバルコーポレートベンチャリング室(CVC)です。最先端の技術を世に先駆けて社会実装することに挑戦しており、スタートアップへの投資や共創を通じてオープンイノベーションを加速させソーシャルニーズを創造することに取り組んでいます。

ソーシャルニーズを創造し続けるための人財づくり

こうした近未来デザインによるソーシャルニーズ創造の取り組みを持続可能なものにしていくカギは、人財です。私は、ソーシャルニーズを創造し続ける人財育成に、特にこだわってきました。IXIでは、事業創造プロセスにおいて必要となる人財のタイプを分類し、特に、事業と技術と知財を結び付けた全体設計図(アーキテクチャ)をデザインできる「アーキテクト」タイプの人財の育成に注力してきました。IXIで育ったアーキテクト人財は、事業部門や技術・知財本部などに戻り、新たな事業や戦略のリードや行政機関などに出向してDX化を支援したりするなどで活躍しています。また、コア技術人財が集う技術・知財本部では、エンジニアに対するスペシャリスト制度やスキルレベルの設定、育成体系の運営をグループ全社に先駆けて完了し、社員一人ひとりが能力を最大限に発揮できる環境を整えました。

社会的課題の解決に向けた新たなソーシャルニーズ

近未来デザインに基づく技術経営を開始してから8年が経ち、私は、ソーシャルニーズの創造が自走し始めている手応えを感じています。近未来デザインを実行する4つの組織と3つのアプローチ、そして、人財たちが、SF2030で設定した3つの社会的課題を解決すべく注力領域において、新規事業やコア技術の開発といった成果を生み出し始めているからです。
「カーボンニュートラルの実現」に向けては、製造現場や工場全体のカーボンニュートラル実現という近未来のありたい姿を定め、事業部門や技術・知財本部での商品・システムやサービスの開発に加え、投資したスタートアップとの共創も始まりました。スタートアップがもつ最新技術をいち早く社会実装へとつなぐ試みが進んでいます。
「デジタル化社会の実現」に向けては、製造現場におけるデータ活用支援のサービスが、製造業のDX化の障壁となっていた中小企業の製造現場を中心に採用が拡大し始めており、今年度より、IXI傘下の社内スタートアップ第1号として事業活動を本格化させています。技術・知財本部とその研究子会社であるOSXでは、データ活用に加えAIやロボットの活用によって、すべての人が活躍できる“人を中心とする社会”の実現を目指し、人に寄り添い、可能性や創造性を高めるAIとロボットの開発を行っています。2023年7月に実証実験を開始した中外製薬株式会社との創薬研究領域における共同研究は、自律社会の実現に向け“人と機械の関係を進化させる革新的な技術”を創出するための試みであり、創薬研究の現場にイノベーションをもたらすものです。この他にもOSXにはビジョンに共感したAIやロボティクス分野における世界トップレベルの研究者たちが集まり、自律社会の実現に資するユニークな先端技術の開発をオープンイノベーションで取り組んでいます。AIやロボティクス開発の技術力を示す難関国際学会での論文の発表・採択数は40件を超えました。現在、OSXには多くの研究機関や異業種から人が訪れ、沢山の共創テーマが持ち込まれています。
「健康寿命の延伸」の実現に向けたデータヘルスケアの領域においては、IXIが新規事業づくりを進めています。高齢化が加速し介護にまつわるさまざまな課題が表出する中、介護を支援するのではなく、「介護そのものを予防する」ことに着目した高齢者の自立支援サービスが、事業化に向けた検証の最終段階に入っています。また、人生100年時代を迎え人々が健康に働き続けられる社会が求められる中、企業の健康保険組合の財政健全化や増加の一途を辿る医療費抑制などの課題が顕在化しています。こうした社会的課題を解決するデータヘルスケアの未来像の具現化に向け、2022年3月に資本業務提携したJMDC社とヘルスケアソリューション領域での新価値創造や、オムロングループのデジタルトランスフォーメーションの加速に向け、様々な共創プロジェクトをIXIが中心となり進めてきました。今後は、JMDC社を連結子会社化*すると同時に、同社のケイパビリティをオムロングループ全社のDX加速へと展開する為にIXIを母体として新たに社長直轄のデータソリューション事業本部を立ち上げる予定です。
これらの取り組みは、最適化社会という過渡期において、オムロンが新たなソーシャルニーズ創造力を発揮し始めていることを示す証左です。オムロンには、「機械にできることは機械に任せ、人はより創造的な活動を楽しむべきである」という、創業者の経営哲学があります。企業理念や創業者が遺したこの経営哲学の下、人がより創造的になり活躍できる近未来を常に考えています。オムロンが、ソーシャルニーズの創造に挑戦できるのは、社員をはじめ、関わる誰もがこの考えに共感し共鳴しているからに他なりません。これにより、自らの力で社会的課題の解決に取り組みたい、未来を形にしたいという情熱をもった世界中のリーダーや技術者たちが集い、自律した組織として力強くドライブし続けることができるのです。

* この記事を執筆した時点(2023年9月15日)では連結子会社化を目的とした公開買い付けは終了していません。株式取得の実行は2023年10月16日の予定です。

非連続な技術革新の潮流を捉えソーシャルニーズを創造する

このように、創業者が行ってきた未来社会のニーズを先取りしR&D先行で市場を創造する技術経営を、組織と仕組みづくり、人財育成を通じて行ってきましたが、まだまだ課題は山積しています。具体的には、最適化社会という大変革期にソーシャルニーズ創造を実現していくうえで、近未来デザインの実行に欠かせない「テーマとなるSeed(種)そのものの探索」、「世界中で起こっている技術革新の洞察」、そして、それらに取り組む「人財の更なる強化」です。
現在は、創業者らがソーシャルニーズ創造に邁進した時代に比べ、社会、科学、技術のあらゆる領域で変化の度合いが大きく複雑化しているからです。今年に入ってからの生成AIの急速な普及はもとより、革新的な新素材を生み出す材料科学、従来のコンピュータの性能限界を超える量子コンピュータ、ゲノム編集や再生医療といったバイオテクノロジーなど、技術が社会に大きなインパクトを与え、人々の生活を革新する可能性を秘めています。これらの技術が社会に実装されていく過程では、倫理や経済合理性など様々な問題が発生し、既存の社会制度や価値観とのギャップも生じます。非連続な技術革新の潮流を捉え、新規事業やイノベーションを継続的に創出し持続的な成長を図るためには、技術が普及した未来社会を思い描くだけでは不十分です。未来社会の解像度を高め具体的な課題を設定し解決していくためには、自分たちだけで考えていても仕方がありません。あらゆる分野の最前線で活動する世界中の組織や個人を巻き込み、共にありたい社会を描いていくことが重要となってきます。そして、社会、科学、技術の流れを洞察し、そこから生まれる種をどんどんプロセスに乗せていく人財が必要です。
私はCTOとして、これからも技術経営をバリューアップさせ、社員一人ひとりのソーシャルニーズ創造力を高め、持続可能な成長を図っていきます。そして、 “人が活きるオートメーション”を創出し、創業者の経営哲学が具現化した、より良い社会、自律社会を、様々なステークホルダーの皆さまと共に手繰り寄せることに挑戦していきます。

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