人が活躍する時代におけるロボットの進化
1.ロボットを取り巻く潮流
アフターコロナを見据え、非接触や遠隔作業、そして、より一層の省人化の観点から、ロボットに対する期待は高まる一方です。そのような中で、人と機械の関わり方も大きな変換点を迎えています。読者の皆様もこうした中で起こりつつある様々な変化は、一過性ではなく、今後の世界観を不可逆的に変える可能性があると感じておられるでしょう。
様々な業種で在宅勤務やソーシャルディスタンスの確保が必要とされる中で、人手でやってきた業務を見直す機会になっています。今までは、人手で実現可能なのであれば、その方が融通も利くので良いという声もよく聞きました。しかし、今現在、一つ一つの作業を見直す中、その作業は本当に機械にできないのか、あるいはできるようにするにはどうすればよいかという考え方に変わりつつあります。このような考え方は、製造現場のみならず、医療、食品、オフィス業務、研究開発などの現場に広がりつつあります。そのような変化の中でロボットは、特定の作業を代替するのに特化した機械と異なり、人がやっていた様々な作業を代替できる可能性があることから、特に注目を浴びています。
一方でこれらの期待に応えようとすると、一部の作業の代替は、特に大きな挑戦となります。
まず一つ目は、機転の利いた現場判断が必要とされる作業です。人は、非常に簡単な作業であっても、状況に応じて頭脳を駆使し自らの動きを調整します。また何かの作業が失敗した場合には、挽回する方法を自分で考え手順の組み換えをします。これらを機械で代替するのは容易ではないため、人が一部の作業を遠隔で補助し人の柔軟性と機械を組み合わせるなどの考え方も出てきます。
二つ目は、人と機械が協働する作業です。工場におけるセル生産ライン、食品製造における盛りつけライン、農業における農作物の仕分けラインなど、複数人で作業を分担する中で、一部の作業を機械に任せる場合には、人と機械の動作範囲が重複することになり、安全・衛生への配慮が必要となります。しかし、機械にとって動き回る周辺の人を正確に感知し回避するのは容易ではありません。また、人と機械の協働による作業などを考えた時、人と機械の阿吽の呼吸が必要ですが、人の状態を理解した上での支援・介入は簡単ではありません。
三つ目は、作業自体の自動化はできたとしても残る、機械の調整や補助業務です。ほとんどの機械において、信頼性高く機能させるには緻密な設定・調整が欠かせませんが、これが属人的になっているということが多くの現場で課題となっています。また、多くの機械を組み合わせた工程を実現することは容易ではなくそれらの調整や補助をする技術が必要です。様々な自動化が進んだとしても、自動化の狭間で残る部品の供給や入れ替えなどの単純作業をどうするかが課題になる現場もあります。
顕在化してきた様々な課題を振り返ると、人と機械の新たな協働関係が必要なことが見えてきます。このためオムロンでは、単に人の作業の「代替」のみならず、人と機械の「協働」、さらには人と機械が「融和」して人の知性と機械の効率性を一体化させるためのプラットフォームが必要になると考え、その実現のために研究開発を行ってきましたが、それらをさらに加速させるべき時代に突入してきています。
2.ロボットの現状とその課題
ここまでの議論は、一般的な機械とロボットの差なく論じてきました。言うまでもなく、ロボットは機械のサブカテゴリーであるわけですが、敢えてロボットと言う時には、やはり汎用的、もしくは多目的に使える機械というニュアンスが含まれます。ここに、ユーザーの期待と、現状の技術レベルとのギャップが生まれます。ユーザーの期待は、いろいろあります。そもそも機械としての信頼性や安全性に加えて、ロボットに対しては、様々な作業を一つの機械でできること、様々な作業を簡単に教えられること、などがよく聞かれます。また場合によっては、対象のモノや作業内容そのもの、あるいは環境が変化しても、ユーザーが意図した作業を簡単にできることも期待されます。
一方で、現状のロボット技術を見てみますと、ユーザーの期待と大きくかけ離れている部分があります。まず、ロボットが間違いなく動作ができるようにするには、対象のモノや作業内容毎に、ロボットの手先や周辺環境を設計する必要があります。これらの設計には専門家が必要なことに加え、特定の対象や作業に合わせ込んだ技術やノウハウは他の対象や作業に活用できず、ロボットがロボットたる所以である汎用性が失われます。さらに、ロボットの動作に関しても何度もテストをしながら作り込む必要があります。誤差との闘いには終わりがなく、対象や環境によるばらつきを簡単かつ実用的なレベルに抑え込むには相当な機器コストとその調整コストが必要となります。これを早く回避するには、誤差を機械的に抑え込むための治具が有用ですが、対象への特化性が強いため、専用機にまた一歩近づき汎用性は失われます。このようにして、現在のロボットは汎用機械というより、専用機の中で使われる汎用部品の一つとして存在しているのが実態です。つまり、ロボットを使うためには結局のところいわば「専用機化」する必要があり、その設計・調整には特殊な知識・膨大な時間・コストがかかるため、ユーザーは「汎用機械」との謳い文句に違和感を覚えることになります。
これらを打開するのに、いくつかの段階を踏む必要があります。
一段階目は、既存のエンジニアリングチェーンがより円滑に進むようにすることです。例えば、治具を簡単に作れるようにする、あるいはロボットの手先となる部分の商品選定を容易にする、動作の作り込みをシミュレーション上で簡単にできるようにするなどです。
二段階目は、最小限の作り込みで作業を実現し様々な対象を扱えるようにすることです。たとえば、汎用的なロボットと手先を用いつつ、人のような状況判断をする知能を構築し、様々な対象や作業に一般化することなどが考えられます。近年のAI技術により、人の知見を反映した高度なモデル化が可能となる中で、実応用においても、この段階に手が届くようになってきています。
このように、冒頭に述べた人と機械の関係の変化からくる課題と、ロボットの汎用性の軸での進化が、SINIC理論 1, 2)でいうような、科学と技術と社会の相互刺激となり、アフターコロナの時代における、人と機械、人とロボットの関係を形作っていくと考えます。本特集号がそのための挑戦のいくつかをお示しできるものになることを願っております。
- 1)
- オムロン 未来を描く「SINIC理論」
https://www.omron.com/jp/ja/about/corporate/vision/sinic/theory.html - 2)
- 未来接近へのSINIC理論.OMRON TECHNICS.1970、 Vol.10, No.3(通巻34号).
オムロン株式会社 技術・知財本部 技術専門職
兼 オムロン サイニックエックス株式会社 Research Organizer
※所属は、執筆当時のものです。