We are Shaping the Future! 私たちが手繰り寄せる未来ストーリー
~介護予防の推進を目指して#1~
高齢化が加速し続ける中、介護にまつわるさまざまな課題が表出しています。その中で、オムロンは2018年から「介護予防」に注目し、高齢者の自立を支援するサービスをテーマに新規事業の創造を進めてきました。その中で出会った、大分県で健康寿命延伸を目指し活躍されている株式会社ライフリーの佐藤孝臣さんとの共創の始まり、新規事業創造を進める中で、大分県とオムロンが連携協定を結び取り組んでいる検証の背景にこめる想いを、自立支援事業推進部のプロジェクトリーダーである加藤雄樹が語ります。
2018年、オムロン ヘルスケア株式会社の新規事業創造に向けた社内研修プログラムに参加しました。1チーム5人で、3チーム。各チームは広い視野で社会的課題を見つけ出し、そこでの事業機会を検討し、事業化テーマの創出を目指すプログラムです。
ヘルスケアの事業領域において、健康管理や健康維持、健康寿命の延伸というテーマが議論され、我々は、日本の超高齢社会に注目し、団塊の世代が75歳以上になる2025年問題に着目。健康寿命の延伸に貢献できる事業仮説について調査を始めました。
研修を始めた頃、最初から高齢者の介護予防や自立支援に着目していた訳ではなかったですが、日本の超高齢社会を俯瞰してみると、高齢化に伴うさまざまな社会的課題の解決が連想されました。高齢者の生活機能*1や環境の改善といったQoL*2の向上、高齢化に伴い膨張し続ける社会保障費の適正化策まで。高齢者の自立支援は、介護に関連する多くの社会的課題の解決につながると考えました。
*1:人が生きていくための機能全体を表し、「心身機能・構造」「活動」「参加」の3つのレベルを包括する言葉
*2:Quality of Life:生活の質
そして改めて、それらの社会的課題へ先進的に取り組む組織や団体、地域などをリサーチする中で、大分県で行われている介護予防・自立支援の取り組みを発見しました。話を聞かせてほしいと、早速大分県にアプローチしました。
大分県では、高齢者やその家族が望む日常生活を送れるようサポートをすることで、高齢者自身の生活の質を向上し、住み慣れた地域でいつまでも元気に過ごせるようにすることを目指していました。我々は、大分県の取り組みの素晴らしさに強く共感し、取り組みを加速させるためにお手伝いできることがないかと検討を始めました。もっと詳しくその取り組みを聞かせて欲しいと、大分県庁の担当者へお願いしたところ、大分県での先進的な介護予防の取り組みを進めてきた立役者であり、自立支援型デイサービスで15年以上高齢者を元気にし続けている株式会社ライフリー代表取締役の佐藤孝臣さんを紹介してもらいました。
大分県にあるライフリーの介護事業所を訪問し、まず驚いたのは、デイサービスを利用している高齢者の皆さんが元気で明るいことです。ミーティング時に見せていただいた映像には、足腰の運動機能が低下し、手すりを持ちながらゆっくり歩いていた女性が、3カ月後にはスタスタと歩き、買い物にも出かけていたり、笑顔で介護サービスを卒業していく姿がありました。そのような方が1人、2人ではないのです。多くの高齢者の方が元気になっている様子を見ることができました。
佐藤さんの取り組みは、通常の高齢者介護の考え方とは大きく異なっていました。一般的に、高齢者は生活機能が低下してくると、介護保険制度を活用し、ヘルパーさんによる日常生活のサポートを利用したり、デイサービスに通い始めたり、施設型サービスへ入居する方が多いと思います。一方で、高齢者の生活機能の低下の約半数は、生活不活発、すなわち活動性の低下によることが分かっています。また、生活不活発は、その状態に合わせて適切な介入を行うことで、低下した生活機能を再び向上させることができることも分かっています。つまり、高齢者の状態や、高齢者自身や家族の想いなどに応じて、適切なサービスに繋げることが重要だと言われています。
佐藤さんは作業療法士として病院に勤めた経験があり、リハビリテーションの専門職種として要介護状態の高齢者に多く接してこられました。常々、介護状態になる前の高齢者や、介護が必要と思われる高齢者に、もう一度自立した生活を送ってほしいと思われています。「できないことが、できるように。できることは、もっとできるように」をビジョンに、日常生活のサポートへ安易につなげるのではなく、生活の中でできることを増やし、家庭復帰や社会復帰などの「高齢者のやりたいこと」を応援する、自立支援型のサービスを提供し続けています。
私も、医療職の資格を取得する際に臨床実習で病院に数ヵ月いたのですが、医療現場の治療技術やリハビリテーションの素晴らしさを肌で感じると同時に、「ここまで状態が悪くなる前に何かできなかったのか・・・」と、予防の重要性を感じました。そして、テクノロジーの力で解決できないか、との想いを持って臨床の道に進むのではなく、オムロンへ入社。佐藤さんが目指す自立支援や介護予防の姿に深く共感し、使命感を抱き始めました。そして、自立支援に対する考え方や取り組みで、我々の目指すべきところが佐藤さんの取り組みにシンクロしたのです。
このころから本格的に事業として進めるためにはどんな事業アーキテクチャを描く必要があるのかを検討し始め、社内研修プログラムの成果発表へ臨みました。成果発表では、経営層の方々からポジティブなコメントを頂くとともに、事業観点でのアドバイスもいただきました。すでに強い使命感を抱いていた私は、成果発表の翌日にチームメンバーを集め、経営層の方々から頂いたアドバイスについてすぐに検討。その次の日には、検討結果を資料化したうえで「事業化に向けて更なる検討をさせてもらいたい」と経営層に直談判しました。我々が本気でやりたい・やるべきだという想いを伝えました。その結果、新規事業の創出を担い、「テーマ構想」「戦略策定・価値検証」「事業検証」が一気通貫で実施できる、オムロン全社のイノベーションプラットフォームであるイノベーション推進本部へ出向し、事業検証を進めることになったのです。
イノベーション推進本部には、新規事業を創造する独自のプロセス「事業創造プロセス」があります。このプロセスを活用することで、、事業として進めるために"解くべき問い"を明らかにしながら、現場の我々と経営層やマネージャー層、時には専門職と様々な議論をおこなえます。"クイックな意思決定"をしながら進める事ができています。また、社内外から多様な経験を持つ人財が集まってチームを作っているので、新たな価値を創り込み、その価値を大きく成長できるようになりました。
介護が必要となる高齢者の多くは、生活不活発の状態に陥っています。活動量が減り、運動機能が落ちて生活機能が低下する。すると自信や意欲が低下し、更なる活動量の減少が起きる。そのようなマイナスの連鎖が起きてしまいます。
私は、大分にある佐藤さんの介護事業所に足を運ぶだけでなく、佐藤さんが自立支援サービスのノウハウを伝えるべく全国を飛び回っている活動にも約1年間密着して、このマイナスの連鎖をプラスに変えられる佐藤さんの頭の中にあるノウハウ・秘訣が何なのか、次第に理解を進めていきました。
まず、高齢者本人やご家族から、日常生活を送る上で何が不自由なのかをアセスメントをします。どのような生活の、どのような工程の、どのような動作が、どのような要因によって生活課題が生じているのかを突きとめ、その上で介入による改善の可能性を見極めます。そして、できないことをひとつずつ機能訓練やセルフマネジメント・セルフケア力の向上などによって改善していきます。
例えば、「最近、お風呂に入れていない」が日常生活における困りごとであったとします。入浴できていない理由にも、風呂場まで移動できるのか、衣類を脱げるのか、浴槽をまたげるのか、自分で体を洗えるのかなど、その原因は状況によって様々です。更に、例えば浴槽がまたげない場合には、片足でのバランス保持ができないのか、上肢で身体を支えることができないのか。そして、その原因が生活不活発による下肢や体幹の筋力低下にあるのか、あるいは口腔状態が悪くたんぱく質が食事で摂取できないことによる筋力低下が起きているのかなどの根本原因を探ります。このように、高齢者の状態の見極めには、生活機能に着目した課題の深い分析が必要になります。根本原因を分析し、高齢者や家族の意向にも沿って、適切なサービスを提供することにより、"できないことをできる状態に"、"できることはもっとできる状態に"、することに近づきます。
根本原因への適切なアプローチができれば、運動機能や生活機能が向上します。それによって自信や意欲も向上し、活動量が増える。寝たきりになるマイナスの連鎖が断ち切られてくるのです。その後は、日常生活の中でも家事などで体を動かすことがプラスの連鎖となり、元気を取り戻し、住み慣れた地域・自宅で、自立した生活を送れるようになります。
自立した生活が送れるようになり、要介護・要支援等の認定が外れた場合には、介護保険からの卒業となります。自分自身で生活できるようになり、多くの場合は社会参加や家庭内での新たな役割の獲得などによって活動量を維持し、自立した生活を持続できるようになります。佐藤さんは、短期集中予防サービス(C型)と呼ばれる地域の介護サービスの一種においては、約3カ月~半年という短期間で高齢者を元気にし続けておられます。
佐藤さんは、長年の活動から介護予防に大きな成果を上げています。いまでは、日本中の自治体などから声がかかり、講演会をしたり、セミナーを開いたり、介護を含む社会福祉関連のアドバイスも行っています。その結果、佐藤さんが提案する自立支援サービスの方法が少しずつ日本全国に浸透し始めています。しかし、直近に迫る大きな社会的課題を目の前に、全国にいち早くこの考え方を広げていくためには佐藤さん一人の活動だけでは限界があります。
そこで、我々は佐藤さんの長年の活動の成果を、どのようにすれば広めることができるのか、介護にかかわる人々にどんな課題があるのか、そして、どんな業務に作業負担がかかっているのかを、佐藤さんと行動を共にして、観察し検証しました。
そうして、介護現場の課題をピックアップして見えてきたのが、自立支援型サービスを提供するためには、長年の経験・スキル・高いコミュニケーション能力が必要であることに加えて、介護現場における業務負担が既に大きい状態であり、新しいことに取り組む余裕がない状態であるということでした。さらに、このようなスキルやテクニックの獲得は、介護現場では属人的であるために広く浸透させることが難しく、地域・事業所・個人に差が生じていることも分かってきました。
そこで、人財教育の重要さを実感しましたが、教育には時間がかかります。とはいえ、介護現場は既に日々の業務負担が大きい。だから我々は、経験値のない新人さんでも業務の正確さや効率性を高めながら、佐藤さんのようなエキスパートの方の専門性の高いスキル・能力をICTで支援することができないかという検討をスタートさせました。
ICTの力を使って、生産性を高めつつ質の高い介護・介護予防サービスの標準化が実現できれば、高齢者が元気になり、介護現場の負担も減らしつつ、結果として社会保障費の適正化にもつながると考えています。オムロンとしては、それらを価値の源泉として、事業としても持続可能な形にできる。まさにTotal Winのエコシステムの全体像が見えてきました。
まず、介護予防の標準化を目指し、自立支援のエキスパートである佐藤さんの暗黙知を形式知化することから始めました。そしてその手段として、「機械(ICT)でアシストできる領域」と「人的支援でアシストする領域」の2つの領域に分けて考えました。
「機械でアシストする領域」は、オムロンが得意とするところです。佐藤さんの思考プロセスをタブレットなどの画面上で視覚的に捉えて直感的に理解できるようにし、分析スキルのアルゴリズム化を行い、早速プロトタイプとしてソフトウェア開発を行いました。これを現場の方々に活用を頂くことで、情報収集や判断をサポートし、自立支援に資する専門スキル発揮を支援すると同時に、業務負担の軽減を目指します。「人的支援でアシストする領域」は、どのような支援をすれば人が能力を発揮できるのか、提供するICTを活用できるのかという観点で、人による伴走型支援が主な手段です。また、利用者データを収集し、人から機械へ/機械から人へフィードバックさせ、データドリブンでのサービスの質・効率の向上を常に目指しています
オムロンのICT技術で支援しつつ、人にしかできない部分は人がサポートする。オムロン創業者・立石一真の哲学「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」に通じますが、機械による自動化だけでなく人にしかできない部分で能力をより発揮するために、人による伴走型支援も合わせて提供することで、質の高い介護サービスの標準化につながると考えています。
2020年7月、大分県と高齢者の自立支援に向けた連携協定(大分県モデル事業)を結び、ICTを活用したケアマネジメントの質と効率の向上に取り組み始めました。当初は4つの市町村でスタートしましたが、実績が積みあがってくるとともにこのモデル事業は大分県の他の市町村からも注目され、2021年度は9つの市町村で検証を進めてきました。2022年度は、更に参画頂く市町村数が増える見込みです。ICTを活用していく上での課題も見えてくると同時に、ICTによる効果も明確に見え始めています。
ICT化した専門性によるアシストによって、「生活課題や阻害要因の分析に役立った」「高齢者の身体機能だけでなく栄養や口腔を含む全体像を俯瞰したプラン作成ができた」などの質的効果や、「アシスト機能によってプラン作成時間が短縮できた」等の声を頂くことが増えてきました。また、ICTを通して蓄積されるデータを活用し、自立支援に資する更なる取り組みへ繋げることができる可能性も見えてきました。これらの成果を基に、2021年9月からは石川県小松市との共同事業もスタート、2022年4月には大阪府とも事業連携協定を締結し、今後更に取り組みを拡大させていく見込みです。
我々は、ICTをただ現場に導入するだけでなく、佐藤さんと一緒に現場に入り込み、常に現場の一次情報を獲得しながら自立支援に資するソリューションの磨き込みを続けています。大分県モデル事業を通して得ているノウハウやつくり込んでいるソリューションを日本中に提供し、一人でも多く、元気になる高齢者を増やしたいと思います。高齢者や家族の想いに寄り添い、実現したい生活をサポートする。住み慣れた地域や自宅で過ごし、社会参加を促していくことは、健康寿命を延ばし、QoLを向上させる取り組みそのものだと考えています。我々のチャレンジは始まったばかりです。