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サステナビリティ
現場の知識を紡ぎ、AI開発を変革する―

現場の知識を紡ぎ、AI開発を変革する―

オムロンの非集中学習技術”DcX”が拓くPhysical AI時代

2026年6月、オムロン サイニックスエックス(以下、OSX)は、独自に研究開発を進めるAI学習のための非集中学習技術”Decentralized X(以下、DcX)”を活用した、AIモデル開発の実証実験の成果を発表しました。

今回の実証実験は、AI活用の高度化を目指すアプリズム社との共創により実現したものです。この実証を通じて、AIモデルにおける従来の開発工程と比べ、工数を最大約7割短縮するなどの効果が得られました。この成果の背景には、どのような技術的ブレイクスルーがあるのでしょうか。プロジェクトを推進するOSX代表の諏訪さんにお話しを伺いました。


オムロン株式会社 執行役員 ストラテジックR&D本部長
兼 オムロン サイニックエックス株式会社 代表取締役社長 諏訪正樹


近未来デザインからのバックキャストで社会をつくる

はじめに「私たちがなぜ、この技術の研究開発を進めてきたのか」、その背景をお話しします。
OSXは、近未来をデザインし、そのバックキャストで社会から必要とされる革新的技術を手繰り寄せ、社会実装を実現するための具体的なアーキテクチャを創出する組織として設立されました。そして、オープンイノベーションの場として、国内外の研究者や専門家がディスカッションを重ねながら、革新技術起点の近未来デザインに取り組んでいます。

DcXは、各現場で個別に学習したAIモデルの知見を統合し、より高性能なAIへと進化させる技術ですが、この技術の研究開発がスタートしたのは第3次AIブームの真っただ中の2018年頃でした。OSXでは当時から、AIが社会実装されるとその先にはAI同士が知識を共有し、自ら賢くなっていく社会の到来を描いていました。

当時は、ディープラーニングなどのAI技術進化が社会実装に向けた開発を加速させてはいたものの、現場でのAIの普及までにはまだまだ至っておらず、その価値を発揮できる場面は限られていました。その後5年程の時を経てAIモデルの普及が進むとともに、大規模言語モデル(LLM)を活用した生成AIの急速な進化の到来により、いよいよAIの現場普及の機会が拡大してきたと考えています。


「データを集められない」ジレンマを打ち破る、AI社会の新たな地平

現在の生成AIは、今までインターネット上に存在する膨大な二次データをクラウドや中央サーバに集約し、多大な計算資源を投じて学習することで高い性能を実現してきました。しかし、現場には、企業の機密情報や個人情報など外部への持ち出しが難しいデータやあるいは時々刻々変化するセンサデータなどの一次データが数多く存在します。本来、AIモデルの性能を高めるためには大量のデータが必要ですが、セキュリティやプライバシーの観点から、それらを中央へ集約することは容易ではありません。またセンサデータにいたっては、言語情報として高度に圧縮された二次データと比較しても桁違いのデータ量となり、これらの通信コストが指数関数的に増大します。つまり、「AIを高度化したいが、データを集められない、あるいは集めきれない」というジレンマが存在していたのです。

このような課題に対し、DcXは有効な解決策となります。DcXでは、学習元のデータを外部へ持ち出すことなく、各現場で学習したAIモデルのみを統合します。これにより、データを共有せずに各現場の知見を持ち寄り、AIモデルの性能をさらに高めることが可能となるのです。


従来の連合学習とも違う、「AIの学校」がもたらす革新

データを集約せずにAIモデルを統合する技術自体は、一般的に連合学習と呼ばれます。DcXの特徴は、学習の仕方にあります。従来は中央サーバからモデルをクライアントに配布し、クライアントで学習したモデルを中央サーバに集約しモデルを更新していました。しかし、DcXはクライアントがモデルを独自に保有し、中央サーバはそれら複数のクライアントのモデルの協業を支援します。例えるならば、中央サーバが「AIの学校」という役割をします。子どもたちがそれぞれの家庭で勉強し、それぞれ異なる分野で得意な知識を身につけます。その後、学校に集まって互いの得意な知識を学び合い、さらに賢くなって各家庭へ戻っていくイメージです。

各現場で学習したAIモデルの知見を持ち寄り、それぞれが持つ強みを相互に取り込みながら性能を高めます。その結果、個別のデータを共有することなく、さまざまな現場で培われた知識をAI全体で活用できるようになります。さらに、通信はAIモデルの転送に限定されるため、大規模なデータストレージやデータ移送が不要となり、学習プロセス全体の効率化にもつながります。


DcXを用いたAI学習プロセス


開発期間を約7割削減。共創実証で見えたDcXの実力

今回の実証実験は、エッジAIプロダクトを展開するアプリズム社との共創によって実現しました。同社は、カメラ画像から馬房内の馬の運動量をリアルタイムに検知し、異常時にアラートを発信する”aiba(アイバ)”というエッジAIプロダクトを展開しています。この映像解析AIを活用したサービスを展開する中で、設置環境の変化に応じた追加学習に大きな課題を抱えていました。

例えば、カメラの設置位置や照明条件、撮影対象の違いなどによって、既存のAIモデルの認識精度が低下することがあります。その場合、新たなデータ収集やアノテーション、再学習が必要となり、多大な時間とコストが発生していました。類似環境で学習したAIモデルの知見を活用できれば効率化が期待できますが、そのために競合する他社(馬主)が保有する機密性の高いデータを共有することは現実的ではありません。こうした課題を解決する手段として、アプリズム社が着目したのがDcXでした。

実証実験では、データそのものは共有せず、異なる環境で学習したAIモデルの知見だけを統合。その結果、夜間データに対する馬体重心位置推定性能は初期モデル比で19%向上し、日中環境でも約17%向上することが確認できました。さらに大きな成果は開発効率です。従来必要だったデータ収集やアノテーション作業を大幅に削減でき、AIモデル開発期間を最大約1.5カ月短縮。作業工数も最大約7割削減できることが確認されました。加えて、学習に必要なクラウド利用期間の短縮によるコスト削減効果も期待されています。

※アノテーション:画像や音声、テキストなどのデータに対して、AIが学習するための正解ラベルを付与する作業


DcXの活用により大幅に削減された開発工数


製造・医療・社会インフラへ、加速するPhysical AIの展望

生成AIの普及によって、AI開発はインターネット上の膨大な二次データを活用する時代を迎えました。しかし次のステージでは、製造現場や医療現場、社会インフラなどの実世界を理解すべく一次データを活用し、判断し、行動する「Physical AI」が本格化していくと捉えています。
オムロンが考えるPhysical AIとは、単に賢くなった機械の頭脳(生成AI)が機械の身体(ロボット)を賢く動かす世界にはとどまりません。センサーやカメラなどの「機械の五感」で現場を認識し、価値あるデータを選別しながら、コントローラやロボットといった「機械の身体」を通じて現実世界に働きかけ、さらにその身体を通じて得られた情報をもとに機械の頭脳としてのAIがより賢くなる仕組みです。そこでは、現場で発生する膨大な一次データが価値創出の源泉になります。

一方で、その未来を実現しようとすると新たな課題が見えてきます。現在の大規模言語モデルが20兆~30兆トークン規模で学習しているとすると、将来的に製造現場や医療現場、社会インフラの現場データまで対象にしようとすれば、その学習対象は100兆トークン規模、あるいはそれ以上に膨れ上がる可能性があります。しかし、その膨大なデータを集約することは、収集する工数やサーバなどの維持管理コストの観点からみても大きな負担となります。また多くの機密情報や個人情報が含まれるため、安全性の観点からも現実的ではありません。
だからこそ、データそのものではなく、各現場で学習したAIモデルの知見を持ち寄るDcXのアプローチが重要になります。今後は、製造や医療の現場、社会インフラ、さらにはエッジデバイス上で学習したAIが、それぞれの経験を共有しながら成長していくでしょう。DcXは、現場データを活用しながらもデータを持ち出さなくてよい、あるいはデータを中央に送るという通信コストをわざわざかけなくてもよいという、Physical AI時代に不可欠な仕組みを提供します。


現場のデータを価値に変える、オムロンが目指すPhysical AIの実装

オムロンはこれまでも、現場から取得したデータを価値へと変換し、社会課題や顧客課題の解決につなげる”GEMBA DX”を推進してきました。製造現場や設備、機器から得られるデータを分析し、現場の改善や最適化につなげていく取り組みです。DcXは、この”GEMBA DX”を次のステージへと進化させる可能性を持った技術です。各現場で蓄積された知見を安全に共有しながらAIを継続的に成長させることで、これまで活用が難しかった分散した現場データからも新たな価値を生み出せるようになるからです。

例えば、オムロンが主戦場とするファクトリーオートメーション(FA)の分野では、検査装置がさらに賢くなって、単に不良を見つけるだけでなく、「印刷機の目詰まりが原因ではないですか?」といった提案までこなし、自動で調整してくれるような自律したものになっていくでしょう。それは、オムロンが事業を展開するヘルスケアやソーシャルソリューションにも応用可能です。そして、現場で学び続けるAIが実現されれば、デバイスとデータがさらに融合し、Physical AIの社会実装を加速させていくでしょう。

また、社会的課題は複雑化してきており、1社だけでは解決が難しくなってきています。今回の実証実験のように、それぞれの分野で専門的な知見やノウハウをもつ企業が集まり、オープンイノベーションで課題を解決していく―、このような流れがすでにグローバルのトレンドになっています。そしてDcXは、これからのオープンイノベーションを支える、非常に重要な基盤技術になると確信しています。


オムロンが2021年に掲げた長期ビジョンSF2030(Shaping the Future 2030)。2026年からは新ステージ”SF 2nd Stage”に入りました。オムロンは今、コア技術”センシング&コントロール+Think”を進化させ、強みのデバイスとデータを組み合わせたソリューションの開発に取り組んでいます。創業以来、オートメーションで新たな社会ニーズを生み出し、その実現に応えてきたオムロンの挑戦はこれからも続きます。



■オムロン サイニックエックスの最新情報はこちら
SINIX DESIGNING THE FUTURE

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