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ビジョナリーの視点 -オムロン創業者・立石一真の思考から紐解くイノベーションと企業経営:第六話
8回にわたって、稀有な技術系経営者であったオムロンの創業者、立石一真の思考と思索の跡をたどり、その成長の過程とビジネス哲学の背景を紐解いていく本コラム。
第六回目は、オムロンが今のように「健康医療機器の会社」としても広く知られるようになったきっかけと、そこに秘められた一真の思いを探ります。工場で使用されるオートメーション技術と製品の開発を中心にスタートしたオムロンが、健康医療機器というまったく新しい分野へ挑戦することになった背景には、どのようなエピソードがあったのでしょうか。
立石一真が、70年前に健康維持の重要性に着目したきっかけは、1950年に妻を癌で亡くしたことにありました。39歳でこの世を去った妻の闘病生活や手術の様子を思い出すたび、彼は子供らを立派に育て上げるためにも「病気をせずに長生きせねばならぬ」と心に誓ったのです。
実は、一真自身も若い頃は病弱な体質で、自分の健康に自信を持てずにいました。そこで着目したのが、西 勝造が創始した「西式健康法」でした。これは、病気の症状を見て治療を行う「症状即病気→治療」の考え方に基づく西洋的な医学ではなく、身体が病気を治療しようとして現れるのが症状だと考える「症状即良能(療法)」に基づく総合的な健康法です。
一真は、この西式健康法が提唱する「症状から原因を探り、その原因の治療を行う」という考え方に感銘を受けました。そして、「症状即良能(療法)」という捉え方が企業経営にも通じると思い、健康管理と企業経営には接点があることに気づいたのです。
一真らしいのは、その気づきを感覚的なもので終わらせずに、健康管理にも工学的な体系付けをしていった点でしょう。そして、企業経営でも先を見て様々な施策を打つように、健康管理で一真が最も強い思いで目指したことは、病気を未然に防ぐことでした。彼は、これを「病気に対する先制攻撃」と呼び、健康に関する自信をつけるためには「日頃から健康の度合いをあげておく」ことと、「健康の管理を合理化し,強化する」ことが重要だと考えました。
このように、理想とする目標が定まると、一真はその理想の実現に向けて、様々な検討を進めていったのです。
そして1958年、創業25周年にあたり、記念式典の式辞の中で一真はこれからの企業経営方針に触れ、次の25年に向けた方向性として、以下のように宣言したのです。
「次の25年に向け、新しい技術革新により次の時代の商品化をしておかねばならない。その商品は、無接点継電器と無接点スイッチとみる。もう一つの新しい商品のライン、それは現代人の最大の悩みである癌、脳溢血、糖尿病などを治す機械と施設の製造販売と経営である。」
健康関連の事業内容は、当時の医学や製薬技術をもってしても、簡単には達成できない難事業と思われました。しかし、そこに現代人の悩みがあるならば、自分たちでその新しい仕事を成功させることこそが最大の社会奉仕になるというのが、一真の考えでした。また、過去25年の経験と技術の蓄積によって、その難事業を成し遂げるだけの実力が、すでに会社に備わっていると信じていたのです。
健康に関する自らの取り組みの体系化に着手した一真は、1960年代初頭に世界で初めて「健康工学(Health Engineering)」という考え方を提唱しました。これは、人間の身体を無数の自動制御系からなる組織工学的な集合体であると捉え、そこにオートメーション技術を応用することで、健康管理と病気の診断治療をしようとするものです。そして1961年、この独創的な理論に基づく健康医療機器を創り出すために、中央研究所での研究・開発がスタートしたのでした。
オートメーション技術の特徴は、動作中の機械が正常な状態から外れたときに、測定された偏差を自動的に調整する仕組みに対してフィードバックし、自ら訂正していくことにあります。これを人間にあてはめると、病気は「健康な状態からの偏差」であると考えられるでしょう。つまり、健康工学が成り立つためには、まず健康の度合いを把握することが重要であり、病気の程度を数値化して計測する手段が必要となるわけです。
そのため、中央研究所では、健康の度合いを総合的に測る計測器の研究を進めることになり、その成果として、ストレスメーターや東洋医療物理療法自動診断装置のKAZMAC(*1)などが開発されました。そして、この時の研究開発が現在のヒット商品である電子血圧計などへとつながっていったのです。
*1:指圧・鍼灸などに必要な治療点を、肺や胃などの12系統別で科学的にデータを分析してランプにより表示する装置
健康工学で一真が目指したものは、病気を未然に防ぐということです。そのためには、病院の受診なども大切ですが、普段から家庭内でも健康状態を把握できるようにしておくことも重要になります。その指標の1つに血圧があります。
高血圧は「サイレントキラー」とも呼ばれ、知らぬ間に動脈硬化が進み、狭心症や心筋梗塞、腎不全、脳出血、脳血栓といった重度の病につながる危険性が高いため、早期に発見して治療を行う必要があります。
1973年に自社初となる電子血圧計「マノメータ式手動血圧計(HEM-1)」を開発し、1978年には同じく自社初のデジタル血圧計「家庭用デジタル血圧計(HEM-77)」を完成させたオムロンは、続けて医療関係者と共に家庭血圧の普及に取り組み、「家庭で血圧を測る」という文化を作りあげてきました。今ではオムロンは、家庭用血圧計の世界シェアNo.1となっています。
また、2015年には脳・心血管疾患の発症をゼロにすることを目標とした「ゼロイベント」を事業ビジョンに掲げ、高血圧症の治療および予防に有用なデバイスやサービスを、グローバルに提供しています。その1つとして、世界で初めて米国、日本での医療機器認証を受けたウェアラブル血圧計の開発にも成功しました。
こうした成果も、すべて一真が提唱した健康工学の核となる予防医学の考え方が実を結んだものです。オムロンは、これからも「企業は社会の公器である」という企業理念のもと、健康工学に基づく測定技術を通して、地球上の一人ひとりの健康ですこやかな生活への貢献を続けていきます。
第七回となる次回は、会長となった一真が、1981年に提唱した「大企業病」、そしてその克服に取り組んだ企業家精神をご紹介します。