リレーの過渡的挙動を予測するシミュレーション技術
- 連成解析
- 過渡的挙動解析
- 接点バウンス
- 開離速度
- リレー高容量化
アプリケーション機器の小型化、省エネルギー化のトレンドに伴うメカニカルリレーの小型化や高容量化を実現させるためには、接点の過渡的挙動を予測することが設計において非常に重要なポイントである. 接点挙動の予測は、まず電磁石解析において電磁石の可動部品の変位を時刻歴毎に求め,次に求めた時間と変位を接点接触部の構造解析と連成させることで達成できる。
今回2つのCAEを活用し、電磁石から接点挙動への連成解析の手法とその解析精度を検討した結果、接点バウンスや電気接点の開離速度などの過渡的挙動を相対比較評価できる手法を確立した。これにより試作前に構造変更による動作挙動変化の予測が可能となり、試作評価の絞り込みやL/T短縮につながる。
特定機種で実際に設計へ展開し、接点開離速度を制御することにより、従来比1.5倍に高容量化した商品において電気的耐久性を約2倍に向上させることが出来た。
1.まえがき
リレーとは外部から電気信号を受け取り、電気回路のオン/オフや切り替えを行う部品である。メカニカルリレーにおいては外部から受け取った電気信号を電磁石を介して磁気力に変換し、磁気力により接点接触機構をメカニカルに動作させて電気接点のオン/オフを行っている。実際には接点接触機構が有するバネ弾性力(以下バネ負荷)と電磁石の磁気力(以下吸引力)のバランスにより動作が決まり、吸引力がバネ負荷を上回った時点で復帰状態にある接点接触機構部は動作を開始し、吸引力がバネ負荷を上回ると動作状態となる1)。図1は吸引力とバネ負荷の動作ストロークにおける力のバランス(静的動作設計)を示した模式図である。
このようにメカニカルリレーは電気回路のオン/オフ時に接点接触機構の動作を伴うため、動作中の接点接触機構の過渡的な挙動がリレーの性能に影響を与え、故障現象につながることが知られている。例えば、電気的耐久性評価での代表的な故障モードである接点溶着は、電気接点がオン(=衝突)する際の接点同士の反発によるバウンス挙動によって起こる現象である。バウンス時に接点間に放電現象の一種であるアークが発生し、アークのエネルギによって溶融した接点同士が再接触時に固化することで溶着する2)。また、動作時に溶着した接点に溶着状態を引き剥がすだけの力を加えることで溶着状態を解除できる。この力として静的には接点開離力が重要であるが、動作中の挙動として復帰時の接点開離速度が大きく影響する。よって、リレーの動作は吸引力とバネ負荷のバランス設計だけでなく、接点接触機構部の過渡的な挙動すなわち動的挙動設計が重要である。
今回、接点の溶着現象に影響を与える動的挙動である、①動作挙動時の接点バウンス現象、②復帰挙動時の接点開離速度について3DCAEによるシミュレーション技術を確立した。また構築したシミュレーション技術を活用してリレーの高容量化を実現した。

2.動的挙動設計
2.1 従来の手法の課題
これまでの動的挙動を設計する手法としては井戸田らによる報告が挙げられる3)。この手法においては、電磁石解析CAEにより、リレーの電気接点を駆動する電磁石の吸引力を算出し、吸引力とバネ負荷から電磁石可動部(以下鉄片)の動的な開閉動作をシミュレーションにより定量化した。この手法は、鉄片と接点が連動する場合において活用できるが、図2に示す代表的なリレーの構造においては、鉄片と接点がカードと呼ばれる連動部品によって力が伝動して動くこと、接点接触機構部の可動バネがたわむことの影響により鉄片と接点が完全に連動することはない。よって、広くリレーの過渡的挙動を再現するには、電磁石解析による鉄片の動的動作と、構造解析による接点接触機構部の動的動作を連成させた挙動シミュレーション技術の構築が必要となる。

2.2 電磁石解析と構造解析の連成
接点可動部の挙動シミュレーションを実現するため、電磁石解析と構造解析を連成させる具体的フローを図3に示す。
① 電磁石解析
電磁石解析CAEにて、コイル電流をインプットとして、CAEの中で電磁石と電磁石に加わるバネ負荷の過渡的な連成を行い、アウトプットとして鉄片の過渡的な変位を算出する。このアウトプットを次の構造解析に引き継ぎ、接点挙動のシミュレーションを行う。
② 構造解析
電磁石解析で求めた鉄片変位のアウトプット情報を時間と変位のテーブルにしてインプット情報とし、構造解析CAEとの連成を行う。具体的には鉄片変位の情報を可動バネを駆動するカードの時間変位情報として与えることで、接点接触機構部の過渡的な動きをシミュレーションする。

2.3 連成解析の理論的解説
連成解析において接点挙動を算出するプロセスを解説する.
① 電気回路
(1)式より電磁石コイルに流れる電流iを算出する。

② 電磁界解析
(1)式で導出されたコイル電流iから磁束密度Bを求め、可動部で発生する吸引力FMを算出する。

③ 鉄片運動解析
(2)式により導出された吸引力FM を運動方程式(3)に挿入し、各時刻の鉄片の回転角変位量θ(図4参照)を算出する。(3)式に用いるバネ定数kは、構造解析CAEにて事前に求める。

④ 可動バネ運動解析
(3)式により計算された時間と変位量θを接点バネの強制変位xへ変換し運動方程式(4)を得る。

(4)式の運動方程式を解くことによりカード部の変位量から接点部の動的挙動を算出する。

3.解析結果
1項で述べたように接点の溶着現象に影響を与える動的挙動である動作挙動時の接点バウンス現象と復帰挙動時の接点開離速度について図3に示す連成フローを用いて解析した結果を以下に示す。
3.1 3D CAE モデル
図5、図6に今回の解析に用いた3D CAEモデルを示す。電磁石部モデルは鉄片の過渡的挙動を算出するのに用い、接点接触機構部モデルは接点の過渡的挙動の算出に用いている。接点接触機構部は、鉄片の過渡的挙動を伝達するカードと、カードの挙動を受けて電


気接点を開閉する可動バネ、電気信号をオン/オフする可動接点・固定接点、固定接点を保持する固定端子、及び可動バネと固定端子を保持するベースにより構成される。
3.2 動作時接点バウンス解析結果
ここでは動作挙動時の接点バウンス解析結果について報告する。図7に代表的なバウンス波形の実測波形と解析波形を示す。実測波形はリレー動作時の端子間電圧をオシロスコープにより測定した。また表1に図7に示した波形におけるリレー動作時の接点バウンス挙動のバウンス回数とバウンス時間についての実測値と解析値の比較を示す。図7のバウンス波形を比較すると接点バウンス開始直後のバウンス周期が後半に比べて疎であることなど波形の特徴が比較的再現されている。また表1に示すように接点バウンス回数と時間は実測値と比較して20~30%以内の精度差となった。

実測 | 解析 | 解析精度差 | |
---|---|---|---|
バウンス回数 | 20回 | 16回 | 20% |
バウンス時間 | 1.64ms | 1.22ms | 26% |
次に表2にリレーの接点接触後の接点押し込み量(以下接点フォロー値)を変化させたときの動作時接点バウンスについての実測値と解析値のバウンス時間と解析精度差を示す。実測値、解析値ともに接点フォロー値が大きくなるほど接点バウンス時間も大きくなる傾向が同じように得られていること、また実測値に対する解析値の精度は接点フォロー値に関わらず、20~30%の精度差で安定していることから、相対評価として十分に使用できるレベルと考える。
バウンス時間 | 接点フォロー値 | ||
---|---|---|---|
小(63%) | 基準(100%) | 大(150%) | |
実測 | 1.34ms | 1.64ms | 2.13ms |
解析 | 0.94ms | 1.22ms | 1.64ms |
解析精度差 | 30% | 26% | 23% |
3.3 復帰時可動接点動作解析結果
次に復帰挙動時の動作解析結果について報告する。復帰挙動については電磁石コイルにサージ吸収用ダイオードを接続した条件で行っている。
図8は復帰時の過渡的な可動接点位置の時間変位について実測と解析結果をグラフ化したものである。縦軸は接点全ストローク(図1参照)を1として示している。実測値は高速度カメラの画像データ解析により求めている。実測値と解析値の接点挙動波形を比較すると、接点が開離するタイミングや接点開離後の接点挙動は実測と解析で同じ傾向が得られており、接点開離速度(図8破線丸部の傾き平均値)の実測値と解析値には約19%の精度差があるものの、接点開離速度の相対的な検討には使用可能なレベルにあると考える。一方復帰挙動の途中で開離速度が低下する現象のタイミングには差異があり接点開離後の可動バネの振動モードについては精度向上の検討が今後の課題として残る。

3.4 可動接点挙動と鉄片挙動の比較
今回の3D CAEモデルのような電磁石の挙動をカードを介して弾性体の可動バネに伝動、駆動する構造においては鉄片挙動と接点挙動が非連動となることを確認するため、復帰時の過渡的な可動接点挙動と鉄片挙動を図9にて比較した。ここで可動接点挙動は3.3項の解析結果を用いている。また鉄片挙動は井戸田らの解析手法3)を用いることでその報告同等の解析精度(5%以下)を確認している。図9より接点と鉄片の動き出しタイミングに差があること、接点開離速度と鉄片復帰速度の差が約2.1倍あることなどから接点挙動と鉄片挙動が連動していないことが確認できた。よって電磁石解析と構造解析の連成解析がこのような構造においては必要となる。

4.リレーの高容量化商品開発への活用
アプリケーション機器の小型化、省エネルギー化のトレンドに伴い、リレーに対しても既存商品からの高容量化の市場要求が高まっている。このニーズに対応するために既存リレーと同等のサイズ、消費電力で、約1.5倍の高容量の開閉をターゲットとした業界初の商品開発を実施した。
既存リレーのまま高容量負荷を開閉した場合、早期に接点溶着故障が発生する。これは、高容量化に伴いアークエネルギによる接点溶融量が増えて接点溶着力が増加するため、既存の復帰時の接点を引き剥がす力では接点が開離できなくなることが原因である。よって、高容量化の実現には接点溶着力と接点を引き剥がす力の改善が必要となる。
引き剥がす力の改善への打ち手として復帰時の接点開離速度に着目し、既存リレーを最小限の構造変更で接点開離速度を増加させる構造の検討をこの接点挙動シミュレーション技術を用いて実施した。
4.1 接点挙動解析条件
1項で述べたようにリレーの動作は静的にはバネ負荷と吸引力のバランスにより決定される。一方、リレーコイルのサージ対策でコイルと並列にダイオードが接続された回路においては、復帰挙動時にコイル電流が逓減していくため接点開離時に復帰時吸引力が存在する。このため、動的にはバネ負荷と吸引力の差の時間的変化が重要な要素となる。このことより、接点開離速度検討の条件を、①可動接点と固定接点が接触した後の接点バネ負荷(以下合成バネ負荷:図1参照)を大きくする、②復帰時の吸引力を小さくする、の2つの観点で検討した。
なお、今回の検討においては電磁石は構造・消費電力ともに既存リレーと同じとし、接点接触機構部のみの変更による開離速度の最適化を目的として実施している。
① 合成バネ負荷を大きくする
可動バネおよび固定端子形状(以下バネ形状)は変更せずバネ負荷に関わるその他のパラメータ値を変更する方法とバネ形状を変更し合成バネのバネ定数を大きくする方法が考えられる。
② 復帰時吸引力を小さくする
復帰時の吸引力は鉄片動作の影響を受けることが知られている。すなわち鉄片が動き出すタイミングが早くなるとそのタイミングにおけるコイル電流が増大するため復帰時の吸引力も大きくなる。このことから、合成バネ負荷を小さくすることで復帰時吸引力を小さくすることができる。
上記①と②は相反する条件であることから、今回は合成バネ負荷とバネ形状を表3のパターンとした。なお合成バネ負荷大かつバネ形状変更の組合せは応力設計の関係で今回は検討対象から外した。
合成バネ負荷 | バネ形状 | |
---|---|---|
変更なし | 変更あり | |
大(100~150%) | ・パラメータ変更A | ― |
小(50~100%) | ・パラメータ変更B ・パラメータ変更C |
・バネ定数小A ・バネ定数小B |
4.2 解析結果
表3のパターンにおける復帰時の接点開離速度と鉄片復帰速度の解析を行った結果を図10に示す。ここでは、既存リレーの解析速度を100%とした時の相対値で結果を示している。図10において、パラメータ変更Aのように接点開離速度と鉄片復帰速度が同じ傾向で変化するものもあれば、バネ定数小Bのように傾向が逆になるものもあり、接点開離速度と鉄片復帰速度の相対的関係は連

動していないことが確認された。また合成バネ負荷の大小と接点開離速度の間に相関性がないことも確認できた。
4.3 実機評価
図10の解析結果から、接点開離速度及び鉄片復帰速度に効果のあるパラメータ変更Aとバネ定数小A の2種類の条件について試作品による電気的耐久性評価を実施した。図11に電気的耐久性評価結果、接点開離速度の実測値と解析値、及び鉄片復帰速度の解析値を基準リレーに対する相対値で示す。ここで基準リレーとは既存リレーの溶着力改善品である。図11より接点開離速度と電気的耐久性の傾向はほぼ一致し、接点開離速度が解析値で約2倍速いパラメータ変更Aにおいては、開閉寿命回数も約2倍となった。また接点開離速度の実測値と解析値もほぼ一致している。一方、鉄片復帰速度と電気的耐久性の傾向は必ずしも一致していない。この結果より、挙動解析を用いた接点開離速度の事前予測による性能改善の有効性が示された。

5.むすび
メカニカルリレーの高容量化ニーズに対応するには、動作時及び復帰時の接点挙動を設計することが重要である。従来は試作品を用いた実測検証による評価が行われていたが、試作に時間を要する、評価パターンの制約も大きい、試作品の精度によるばらつきが出やすい、などの課題があった。また従来のシミュレーション技術では電磁石部と接点接触機構部が連動しない機構においてはCAEだけで接点挙動を解析することが出来なかった。
今回、接点の動作挙動において重要なパラメータである動作時接点バウンス及び復帰時接点開離速度のシミュレーション技術を構築することで、試作前に構造変更による動作挙動変化の予測を可能とした。これは試作評価の絞り込みやL/T短縮につながる。
上記シミュレーションを高容量化商品テーマに展開したところ、電磁石の構造・消費電力を変更することなく開閉寿命回数が約2倍となる条件を試作前に見出すことが出来た。接点復帰速度向上により接点を引き剥がす力を増加さ図10復帰時接点挙動解析結果せるという狙いが有効に作用したことを示している。
なお今後は今回の検討で再現性が不十分であった接点開離以降の速度変化の精度向上と共に電気的耐久性評価後の挙動解析など、より展開性の高い技術の構築を引き続き行っていく。
参考文献
- 1)
- 一般社団法人 日本電気制御機器工業会.“制御機器の基礎知識(使い方・選び方)リレー編 総論”.NECA.https://www.neca.or.jp/wp-content/uploads/CU_Ry_2%20Sou_1803.pdf,(参照 2019-1-25).一般社団法人日本電気制御機器工業会.制御機器の基礎知識 リレー編.2018.
- 2)
- 高木相.電気接点のアーク放電現象.コロナ社,1995,p.79-81,p.99-102.
- 3)
- 井戸田修一,西田剛.リレー高容量化を実現する動的挙動シミュレーション技術.OMRON TECHNICS. 2018,Vol.50, No.1, p.68-73.
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