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施工性向上を実現した蓄電システムの開発

山田 潤一郎YAMADA Junichiro
オムロン ソーシアルソリューションズ株式会社
エネルギーソリューション事業本部 商品開発部
専門:電気工学、制御工学
大内 祐介OUCHI Yusuke
オムロン ソーシアルソリューションズ株式会社
エネルギーソリューション事業本部 商品開発部
専門:電気工学、制御工学
衞藤 郡ETO Gun
オムロン ソーシアルソリューションズ株式会社
エネルギーソリューション事業本部 商品開発部
専門:電気工学、制御工学

再生可能エネルギーは、エネルギー安全保障にも寄与できる重要な低炭素エネルギー源である。再生可能エネルギーの普及促進のため、2009年に余剰電力買取制度が開始された。その後、買取価格は低下している一方で、電気料金は上昇している。そのため、太陽光発電の電気を売らずに貯めておいて、必要な際に使う自家消費の観点で、蓄電システムへの注目が高まっている。また、台風や地震などの自然災害による停電時の備えとしても、蓄電システムへの注目が高まっている。今回、施工性向上による初期導入費用の低減を目指したマルチ蓄電パワーコンディショナKPBP-Aシリーズを開発した。その際、蓄電システムに用いられるパワーコンディショナに関して、従来機種よりも小型となる筐体の適用と出力容量の増加から、発熱が課題となった。そこで、非絶縁型双方向DC/DCコンバータへのSiC-MOSFETの適用とインバータのスイッチングパターンの最適化により、電力変換器の高効率化を図った。その結果、小型筐体を適用することができ、施工性向上を実現できた。

1. まえがき

再生可能エネルギーは、温室効果ガスを排出せず、エネルギー安全保障にも寄与できる重要な低炭素の国産エネルギー源として注目されている1)。再生可能エネルギーの普及促進策として、2009年に太陽光発電の余剰電力買取制度が開始された。余剰電力買取制度とは、太陽光発電設備で発電した電力の内、自宅で消費しきれない余剰電力を電力会社が買い取る制度である2)。余剰電力買取制度にて電力会社が買い取りに要する費用は、再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)によってまかなわれている3)。電力会社が買い取った再生可能エネルギーで発電された電気は、日々使う電気の一部として供給されている。そのため、再エネ賦課金は、電気の使用者から広く集められ、毎月の電気料金の中で徴収されている。再エネ賦課金は年々上昇しており、今後も上昇していく見込みである。一方で、発電した電気の買取価格は年々低下している。余剰電力買取制度の開始当初、住宅用の買取価格は48円/kWhであったが、2021年には19円/kWhとなり、半額以下に低下している4)。また、余剰電力買取制度は、太陽光発電設備の設置後一定期間は固定価格で買い取る制度のため、2019年から買取期間が順次終了しており、終了の対象は2023年までに約165万件に達する5)。買取期間終了後の余剰電力は、電力会社や電気事業者への売電が可能であるが、買取期間中の買取価格より安価になる。

電気料金の上昇と買取価格の低下の背景から、自宅に蓄電システムを導入して、余剰電力を蓄電池に充電して必要な際に自宅の負荷に放電して消費する自家消費に関心が寄せられている6)

また、台風や地震による数十万戸以上の規模での停電は、全国各地で毎年のように発生している。2016年の熊本地震では約48万戸、2018年の台風21号では約240万戸、北海道胆振地震では約295万戸、2019年の台風15号では約93万戸の停電発生があり、その中には停電の期間が数日続くケースも見られた。これらの災害による停電発生の際には、多くの蓄電システムが被災者の方々の生活を支えた記録が報告されている7)。災害時での停電への備えの観点として、蓄電システムが注目されている。

以上の背景から、蓄電システムの出荷量は年々増加しており、普及は着実に進んでいる。

しかし、蓄電システムが公的支援を得られなくとも自立的に普及するためにはコストが課題である。経済産業省による定置用蓄電システム普及拡大検討会では、家庭用蓄電システムの自立的な普及に向けて、目標価格の検討をしている。家庭用蓄電システムにおいて、蓄電池を含む蓄電システム価格と工事費を合わせた費用の中で、工事費が占める割合は25%程度となることが示されている。工事費低減等に対するメーカ等の創意工夫が期待されるとして、目標価格に工事費を含める提案がされている8)。例えば、重量やサイズが大きい場合、一人での運搬が困難なため、複数人での運搬が必要となる。また、人力での運搬が困難であれば、クレーンなどの重機の使用も必要になってくる。これらは施工費が増加することに繋がる。

当社は、蓄電システムの普及拡大を推し進めるために、住・産共用フレキシブル蓄電システムKPAC-A/Bシリーズを開発し、商品化してきた。これらのシリーズは、すでに太陽光発電システムを導入済みの住宅に対して、蓄電池を後付けで設置可能なシステムであり、導入済みの太陽光発電システムからの発電電力を活用し、日中の発電余剰電力を充電することで自家消費を実現できる蓄電システムである。

今回、施工性向上を実現したマルチ蓄電プラットフォームKPBP-A シリーズを開発し、商品化した。エンドユーザの要望や予算に合わせ、最適な機器構成での実現を目的として、一つのプラットフォームで9種類のシステム構成に対応できる。また、運搬の容易性、設置制約の解消を目的として、分割構造による運搬を可能とする小型の蓄電池構造を採用した。さらに、一人施工による施工工数の削減を目的として、パワーコンディショナの小型・軽量化を実現した。KPBP-A シリーズは、パワーコンディショナに関して、KPAC-A/Bシリーズよりも小型である筐体を適用し、さらに、高い出力容量としている。本論文では、パワーコンディショナの小型・軽量化に対する技術課題と適用技術について、報告する。

2. マルチ蓄電プラットフォームの特徴

施工性向上を実現したKPBP-Aシリーズの主なコンセプトは、以下のとおりである。

  • 自在に選べる
  • 自由に設置できる
  • 自動で使える

2.1 自在に選べる

KPBP-Aシリーズは、一つのプラットフォームで、9種類のシステム構成に対応することが可能であることを特徴とする。図1に、9種類のシステム構成の選択肢を示す。

図1 システム構成の選択肢
図1 システム構成の選択肢

蓄電池との充放電を行う双方向DC/DCコンバータ、及び、系統電源(以下、系統)との電力変換を行うインバータで構成されるマルチ蓄電パワーコンディショナを一つのプラットフォームとして、オプション機能追加の選択肢の内容に応じて、単機能蓄電システム、ハイブリッド蓄電システム、全負荷対応型ハイブリッド蓄電システムの3種類のシステムへの対応が可能であり、各々に対して、さらに3種類の蓄電池容量から選択可能である。そのため、用途に応じた9種類のシステム構成に対応できる。

単機能蓄電システムは、蓄電池ユニットとマルチ蓄電パワーコンディショナで構成される。停電時は、蓄電池からの放電電力を、あらかじめ決めておいた特定の家電負荷に給電することが可能である。

ハイブリッド蓄電システムは、単機能蓄電システムから、さらにPVユニットを追加して構成される。PVユニットは、マルチ蓄電パワーコンディショナに太陽電池の発電電力を出力する機能を持つ。停電時は、太陽光発電と蓄電池からの放電電力を、あらかじめ決めておいた特定の家電負荷に給電することが可能である。

全負荷対応型ハイブリッド蓄電システムは、ハイブリッド蓄電システムから、さらにトランスユニットを追加して構成される。トランスユニットは停電時において、マルチ蓄電パワーコンディショナからの単相二線200 V出力を、単相三線200/100 V出力に変換して、家庭内の全ての家電負荷への電力供給を可能にする機能をもつ。

その時々のニーズに合わせて機器を段階的に導入することが可能で、例えば、既設の太陽光発電システムがあるユーザに対しては、後付けで単機能蓄電システムを設置することが可能である。また、既設の太陽光発電システムが故障した後は、PVユニットを追加して、既設のシステムを置き換えることでハイブリッド蓄電システムの構成になり、さらにトランスユニットを追加することで、全負荷対応型ハイブリッド蓄電システムの構成に拡張することが可能である。

2.2 自由に設置できる

KPBP-Aシリーズの蓄電池ユニットは、小型かつ屋内・屋外設置対応で、設置場所を柔軟に選択可能であることを特徴とする。16.4 kWhと9.8 kWhの蓄電池ユニットは、分割構造で設置・施工時の制約が緩和できることを特徴とする。構成機器が最も多い全負荷対応型ハイブリッド蓄電システム(16.4 kWh)であっても軽バンに積載可能なサイズであり、分割して運搬できる構造のため、大容量でもクレーン車無しで運搬可能であり、施工費の低コスト化が可能である。

2.3 自動で使える

KPBP-Aシリーズは、停電・復電時の電力供給の切替えが自動で行われること、及び、夜間の充電量をAIで自動制御可能であることを特徴とする。停電が発生した場合、ユーザの操作を要することなく、家庭内負荷に自動で電力が供給される。

3. パワーコンディショナの構成と仕様

図2にKPBP-Aシリーズのマルチ蓄電パワーコンディショナの外観、図3にマルチ蓄電パワーコンディショナ、PVユニット、トランスユニット、及び、系統と接続する分電盤との回路構成を示す。

図2 マルチ蓄電パワーコンディショナの外観
図2 マルチ蓄電パワーコンディショナの外観
図3 KPBP-Aシリーズの回路構成
図3 KPBP-Aシリーズの回路構成

マルチ蓄電パワーコンディショナは、電力変換器である非絶縁双方向DC/DCコンバータやインバータ、各種保護機能や電力変換器の制御を行う制御回路部、及び、連系時と停電時の電力供給時(以下、自立時)での出力を切り替えるリレー部から構成される。蓄電池ユニットとのCAN通信情報や、系統の受電点電力の計測内容に応じて、非絶縁双方向DC/DCコンバータにて蓄電池の充放電制御を行う。また、非絶縁双方向DC/DCコンバータと昇圧チョッパからの直流電力は、インバータにて交流電力に逆変換される。また、インバータは、交流電力の直流電力への順変換や、系統の電圧や周波数などの状態に合わせた系統連系制御も行う。制御回路部には、双方向DC/DCコンバータ制御、系統連系制御、単独運転検出機能のAICOT®、異常検出などの各種保護機能を搭載している。

PVユニットは、開閉器や逆流防止ダイオードなどで構成される接続箱機能部、電力変換器である昇圧チョッパ、及び、各種保護機能や電力変換器の制御を行う制御回路部から構成される。制御回路部には、太陽電池の発電電力を最大化する最大電力点追従制御(MPPT : Maximum Power Point Tracking control)や昇圧チョッパ制御、異常検出などの各種保護機能を搭載している。

トランスユニットは、単相二線200 Vを単相三線200/100 Vに変換する非絶縁トランスから構成される。

ユーザの目的に応じて、全負荷対応と特定負荷対応のいずれも選択が可能である。図3の結線は全負荷対応を示しているが、点線赤枠の全負荷対応と特定負荷対応を入れ替えることで、特定負荷対応を示す結線になる。

表1にKPBP-Aシリーズのマルチ蓄電パワーコンディショナ部と従来機種であるKPAC-A/Bシリーズとの主な仕様の比較を示す。KPBP-Aシリーズは、KPAC-A/Bシリーズよりも、小型・軽量である。また、通常運転時(以下、連系時)と自立時の交流出力は、KPAC-A/Bシリーズよりも高出力である。

表1 主な仕様比較
項目 KPBP-Aシリーズ KPAC-Aシリーズ
(従来)
KPAC-Bシリーズ
(従来)
蓄電池 電力量 16.4 kWh 9.8 kWh 6.5 kWh 9.8 kWh 6.5 kWh 4.2 kWh
交流
出力
連系(単機能)
(力率1.0)
5.9 kW 4.0 kW 2.5 kW 4.0 kW 2.5 kW 2.5 kW
連系(ハイブリッド)
(力率0.95)
5.6 kW 非対応 非対応
自立(特定負荷) 2.0 kVA
(100 V)
2.0 kVA
(100 V)
2.0 kVA
(100 V)
自立(全負荷) 4.0 kVA
(200 V)
非対応 非対応
電力変換効率 充電 95.5% 95.5% 95.0% 94.0% 93.0% 95.0%
放電 96.0% 95.5% 95.0% 94.0% 93.0% 95.0%
外形寸法(幅×高さ×奥行き) 450×562×232 mm 650×493×222 mm 650×493×222 mm
重量(本体) 約21 kg 約29 kg 約29 kg

4. 技術課題と解決方針

4.1 小型筐体の検討

KPBP-Aシリーズの開発にあたり、従来機種である単相用屋外設置型太陽光発電システム用パワーコンディショナKPVシリーズ、KPR-Aシリーズ、及び、KPW-Aシリーズ(以下、KPW-Aなど)と同じ筐体を適用することを目標とした。KPW-Aなどの筐体サイズは、従来機種であるKPAC-A/Bシリーズよりも小型である。本筐体を採用するメリットとして、下記の2点が挙げられる。

一点目として、施工性の向上が挙げられる。従来機種であるKPAC-A/Bシリーズの筐体よりも小型・軽量化することで、一人施工が可能である重量を実現した。

二点目として、後述する半導体デバイス採用に対するコスト増加の抑制が挙げられる。小型筐体を実現するために、内部実装部品(半導体デバイス)のコスト増加が懸念されるが、KPW-Aなどとの筐体の共用化をすることで、低コスト化が期待できる。

4.2 課題

KPW-Aなどと同じ筐体を適用するにあたっての課題は発熱である。KPW-Aなどの筐体はKPAC-A/Bよりも体積比で82%になる小型筐体である。KPAC-A/Bシリーズに対して、回路などの構成要素は同じである一方で、外形のサイズが小型になるため、筐体内には、より熱がこもる状態となる。さらに、KPBP-AシリーズではKPAC-A/Bよりも連系時の出力、及び、自立時の出力容量が増加しており、より発熱が厳しい条件になる。つまり、パワーコンディショナ内部の空間体積の減少に加え、出力容量の増加で内気を暖める熱量が増えることになり、パワーコンディショナの内部温度の上昇が顕著となる。

パワーコンディショナの内部には、各種プリント配線板とそのプリント配線板上に実装された複数の部品が搭載されている。これらの部品の中には寿命を有する部品があり、パワーコンディショナの信頼性と設計期待寿命を満足するためには、部品毎の温度仕様を満足すると共に、部品寿命がパワーコンディショナの設計期待寿命を満足する必要がある。部品温度は、部品の自己温度発熱とプリント配線板温度からの熱伝導、部品の周囲温度から決まり、全ての実装部品に対して影響を及ぼすのがパワーコンディショナの内部温度である。そのため、パワーコンディショナの内部温度上昇を如何に抑制するかが、部品毎の温度仕様と、部品寿命を満足するために重要となる。

パワーコンディショナの内部温度に最も大きく影響を及ぼすのが、スイッチング素子の損失である。スイッチング素子の損失は、パワーコンディショナの全体損失の約5~6割を占めている。スイッチング素子の損失の熱量はヒートシンクを通じてパワーコンディショナ外部に逃されるが、全ての熱量は放熱されず、一部の熱量はパワーコンディショナの内部温度を上昇させることになる。そのため、パワーコンディショナの内部温度上昇の抑制にはスイッチング素子の損失の低減が必要である。

4.3 課題解決の方針

非絶縁型双方向DC/DCコンバータとインバータのスイッチング素子として、導通損失とスイッチング損失の低減に効果のあるSiC-MOSFETの適用を、電力損失シミュレーションと熱流体解析シミュレーションを用いて検討した。その結果、スイッチング素子の損失低減にはインバータよりも、非絶縁型双方向DC/DCコンバータのみにSiC-MOSFETを適用することで、最もコストと性能のバランスが良いことが分かった。また、非絶縁型双方向DC/DCコンバータのスイッチング素子の損失低減に加え、スイッチング素子以外の発熱部品の損失低減、リレーや制御電源などの発熱部品の内部板金やパワーコンディショナ筐体への放熱などを実施することで、連系時においては、小型筐体の適用が可能であることが分かった。一方の自立時においては、家庭内の家電負荷に高調波歪みが少ない電力を供給可能なスイッチングパターンを採用している。そのため、連系時の発熱対策に加え、インバータを構成するリアクトルのさらなる損失低減が必要となり、インバータのスイッチングパターンの工夫によるリアクトル損失の低減を図った。

4.4 非絶縁型双方向DC/DCコンバータへのSiC-MOSFETの適用化技術

従来機種であるKPAC-A/Bシリーズの非絶縁型双方向DC/DCコンバータにはSi-IGBTを採用していた。Si-IGBTと比較すると、SiC-MOSFETは高い絶縁破壊電界強度特性を持つことから低オン抵抗特性が得られ、低導通損失を実現できる。さらに、スイッチング時のテール電流が原理的に発生せず、高速動作が可能である。そのため、Si-IGBTよりも低スイッチング損失を実現できる。図4に非絶縁型双方向DC/DCコンバータの回路図とNch型SiC-MOSFETのGate、Source、Drainの配置を示す。KPBP-Aシリーズでは、Nch型SiC-MOSFET を適用しており、図4の非絶縁型双方向DC/DCコンバータの右側はインバータの直流側に接続され、左側は蓄電池に接続される。

図4 非絶縁型双方向DC/DCコンバータとSiC-MOSFET
図4 非絶縁型双方向DC/DCコンバータとSiC-MOSFET

様々な半導体メーカから、SiC-MOSFETが商品化されているが、製品性能には各メーカで違いがある。今回、電力損失シミュレーションや熱流体解析シミュレーションで得られたスイッチング素子の損失低減の設計目標を実現するために、半導体メーカの各種商品ライナップの中でも所望の低オン抵抗特性が得られるSiC-MOSFETを選定した。また、SiC-MOSFETの高速動作を極力制限しないことを目的として、寄生インダクタンスの低減とゲート電圧保護回路の付与による低スイッチング損失の実現と、スイッチングパターン設計によるSiC-MOSFETのボディダイオード損失の低減を図った。

4.4.1 寄生インダクタンスの低減

SiC-MOSFETのスイッチング損失の最小化を実現するためには、SiC-MOSFETのスイッチング動作をゲート抵抗などで極力制限せずに、素早いスイッチング動作を実現する必要がある。しかしながら、素早いスイッチング動作を実現しようとすると、Drain-Source間電圧VdsとGate-Source間電圧Vgsで、サージ電圧の発生の可能性がある。このサージ電圧の発生により、SiC-MOSFETの過電圧破壊、ノイズの増大による誤動作、及び、国内規格の逸脱の懸念がある。

主回路とゲート回路のサージ電圧を抑制するためには、SiC-MOSFETとプリント配線板に実装される周辺部品で形成される電流ループ面積の最小化が必要である。そこで、電流ループ面積の最小化を期待できるSiC-MOSFETモジュールを採用した。主回路における電流ループ面積の最小化においては、スナバ回路をSiC-MOSFETモジュールの直近に配置したことに加え、SiC-MOSFETモジュール内のチップ配置やピン配置を最適化し、寄生インダクタンスの低減を図った。ゲート回路については、プリント配線板に実装されるゲート抵抗やゲートドライバ部品をSiC-MOSFETモジュールの直近に配置したことに加え、SiC-MOSFETモジュール内のチップ配置やSiC-MOSFETモジュールのピン配置を最適化し、寄生インダクタンスの低減を図った。また、電流が流れるループ配線自体の低寄生インダクタンス化も有効な手段となる。そこで、プリント配線板においては、広い配線パターン幅の確保に加え、電流の流れる方向が異なる配線パターンを近接させ、各々の電流によって発生する磁界を互いに相殺することで、寄生インダクタンスの低減を図っている。SiC-MOSFETモジュールにおいては、ワイヤボンディングやピンの複数本数化によって寄生インダクタンスの低減を図った。

プリント配線板やSiC-MOSFETの低寄生インダクタンス化の検討には、電磁界解析シミュレーションを用いて、寄生インダクタンスを算出することで、最適化を図った。

4.4.2 ゲート電圧保護回路

SiC-MOSFETのGate-Source間電圧Vgsは、ゲート酸化膜界面に存在するトラップの影響によってゲート閾値電圧が敏感に反応することが知られている。そのため、Si-IGBTよりもGate-Source間電圧Vgsの推奨使用範囲は狭くなり、特に負側の下限電圧が顕著となる。負側のサージ電圧の発生は、下記の2つの現象が主な要因である。なお、図4のハイサイドスイッチング素子Q1の動作を中心に説明する。

図4のQ1のターンオフ時におけるゲート回路の寄生インダクタンスによるQ1ゲート電圧のリンギング
Q2のターンオフによるQ1のボディダイオード通流時に、Q1の出力容量の放電電流がQ1のゲート回路を介して流れることで発生するQ1ゲート電圧の変動

上記①のリンギング現象に対しては、前述した寄生インダクタンスの低減よる対策を図った。一方で、上記②のゲート電圧変動に対しては、寄生インダクタンスの低減による対策に加え、ゲート電圧保護回路をゲート回路に付与することで、負側のサージ電圧の抑制を図った。

図5にゲート電圧保護回路の動作と回路構成を示す。

図5 ゲート電圧保護機能
図5 ゲート電圧保護機能

Q2がターンオフすると、図4のリアクトルに蓄積されたエネルギーと蓄電池のエネルギーがQ1のボディダイオードを通じてインバータ側に流れ、Q1のボディダイオードのオン時にQ1の出力容量(Drain-Source間の寄生容量)の放電電流がQ1の入力容量(Gate-Source間の寄生容量とGate-Drain間の寄生容量)とゲート回路を介して図5(a)の経路で流れる。入力容量によってゲート電圧変動が抑制されるものの、ゲートドライバ回路とゲート抵抗で発生する電圧変動によって、負側にQ1のゲート電圧が振られる。

このため、図5(b)に示すゲート電圧保護回路を付与し、ゲートドライバ回路とゲート抵抗に流れる電流を抑制することで、負側のゲート電圧変動の低減を図った。

図6にQ2ターンオフ時のQ1ゲート電圧波形を示す。Q2がターンオフし、Q1のボディダイオードが通流するタイミングにおいて、Q1の負側にゲート電圧が振られる現象の波形である。ゲート電圧保護回路の適用によって、負側のゲート電圧変動を低減したことで、SiC-MOSFETのゲート推奨電圧仕様を満足することができた。

図6 ゲート電圧波形
図6 ゲート電圧波形

4.4.3 スイッチングパターン

SiC-MOSFETはバンドギャップが広いため、ボディダイオードの順方向特性はSi-IGBTに並列接続される還流ダイオードと比較して順方向電圧Vfが大きくなる。この影響によってボディダイオードの導通損失が大きく悪化する。このため、ボディダイオードに流れる電流の通流期間を最小化し、低オン抵抗特性を持つSiC-MOSFETの通流期間を増やせる同期整流を採用することで、ボディダイオード損失の低減を図った。具体的には、Q1とQ2のボディダイオードに電流が流れる期間にSiC-MOSFETをオンすることで、Q1とQ2に流れる電流をSiC-MOSFET側に流すスイッチングパターン方式である。

図7にSi-IGBTの損失を基準としたSiC-MOSFETにおける同期整流の効果を示す。出力5.9 kW、キャリア周波数20 kHzでの損失シミュレーションである。Si-IGBT、SiC-MOSFET(同期整流なし)、SiC-MOSFET(同期整流あり)の3種類で損失を求めた。同期整流を適用せずに、SiC-MOSFETを適用すると、ダイオード部の導通損失によって、Si-IGBTよりも損失が悪化することが分かる。一方、同期整流を適用した場合は、ダイオード部の導通損失を大きく低減することができるため、スイッチ部とダイオード部の損失を合わせたトータル損失は、Si-IGBTを適用した場合よりも大きく低減することができた。

図7 同期整流の効果
図7 同期整流の効果

 4.5 インバータのスイッチングパターンの最適化技術

自立時の出力定格電圧は、KPAC-A/Bシリーズでは100 V/2 kVAである。一方で、全負荷対応時のKPBP-Aシリーズでは200 V/4 kVAである。自立時においては、系統が停電中に、パワーコンディショナから高調波歪みを発生するコンデンサインプット型整流負荷やサイリスタ、トライアックなどの位相制御を搭載した非線形の家電負荷に電力供給すると、パワーコンディショナからの出力電圧が歪み、安定的に電力供給できない懸念があるため、出力電圧の正側と負側でスイッチングパターンを切り替えないバイポーラ方式のスイッチングパターンを採用している。このため、電力の安定供給の観点で、連系時と自立時とでは、インバータ出力のスイッチングパターンを変えている。図8にインバータ部の回路構成を示す。UH、WH、UL、WL、US、WSはスイッチング素子を示す。本インバータ回路は、直流電力を交流電力に変換するフルブリッジインバータ部(UH、WH、UL、WL)と短絡部(US、WS)、リアクトルから構成される9)

図8 インバータ部の回路構成
図8 インバータ部の回路構成

インバータの交流出力電圧は、インバータに入力される直流電圧を元に生成しているため、インバータの出力電圧仕様が100 Vから200 Vへと大きくなると、インバータに入力される直流電圧も出力電圧仕様の増加に合わせて高圧化する必要がある。

インバータに入力される直流電圧を高電圧化すると、インバータから出力されるパルス出力電圧の振幅が増加する。そのため、従来機種のKPAC-A/Bシリーズで採用しているパルスパターンをそのままKPBP-Aシリーズで採用すると、リアクトルに印加されるパルス出力電圧も増加するため、リアクトルの鉄損の悪化によるリアクトルの温度仕様の逸脱が懸念された。そこで、リアクトルに印加されるパルス出力電圧を低減可能な自立スイッチングパターンを生成し、リアクトルに印加されるインバータの損失低減を図った。

図9に、従来機種であるKPAC-A/Bシリーズにおける自立時のスイッチングパターンを示す。アーム短絡を防止するデッドタイムを設けた上で、UH/WLとUL/WHを排他で動作させる一方で、短絡部は動作をさせない方式となっている。本スイッチングパターンでは、リアクトルに印加されるパルス出力電圧がインバータに入力される直流電圧DDVを振幅として、+DDVと-DDVとなる2レベル方式のスイッチングパターンを採用していた。

図9 従来方式
図9 従来方式

図10に、KPBP-Aシリーズに適用し、損失低減のために検討したスイッチングパターンを示す。アーム短絡を防止するデッドタイムを設けた上で、UH/WLとUL/WHを排他で動作させる一方で、短絡部WS/USを動作させ、このWS/USで交流電流を還流させる方式とした。本スイッチングパターンでは、リアクトルに印加されるパルス出力電圧がインバータに入力される直流電圧DDVを振幅として、+DDVと-DDVとゼロボルトとなる3レベル方式のスイッチングパターンを採用した。

図10 損失低減のために考案した方式
図10 損失低減のために考案した方式

リアクトルの鉄損は印可される電圧に影響されため、KPBP-Aシリーズでは、リアクトルに印加されるパルス出力電圧が3レベル方式のスイッチングパターンを採用したことで、リアクトルの鉄損を低減し、温度仕様を満足することができた。

5. 開発成果

表2に非絶縁型双方向DC/DCコンバータのスイッチング素子の違いによる実機での効率測定の確認結果を示す。

表2 スイッチング素子の違いによる効率比較
出力電力[W] 効率[%]
SiC-MOSFET IGBT
2500 W
(6.5kWhタイプ定格出力)
97.32% 96.48%
4000 W
(9.8kWhタイプ定格出力)
97.96% 97.36%
6000 W
(16.4kWhタイプ定格出力)
98.93% 98.55%

KPBP-Aシリーズのマルチ蓄電パワーコンディショナにおいて、蓄電池からの入力電力と、非絶縁型双方向DC/DCコンバータからの出力電力から、変換効率を実測した。PVユニットが接続されない単機能蓄電システムにおいて、6.5 kWh、9.8 kWh、16.4 kWhの各蓄電池が接続された場合での交流側の最大出力電力と蓄電池側の公称電圧と同等になるように、出力電力2500 W/入力電圧100 V、出力電力4000 W/入力電圧150 V、出力電力6000 W/入力電圧200 Vにて、実測での比較を行った。いずれの条件であっても、SiC-MOSFETの適用により、損失低減の効果があり、設計目標通りであることを確認した。

表3に自立時のインバータのスイッチングパターンの違いによる効率測定の確認結果を示す。

表3 スイッチングパターンの違いによる効率比較
方式 効率[%]
従来方式 93.16 %
損失低減のために検討した方式 93.47 %

KPBP-Aシリーズのマルチ蓄電パワーコンディショナにおいて、蓄電池からの入力電力と、トランスユニットへの出力電力から、規格の測定方法に則り、変換効率を実測した。表3で示す通り、従来方式と比較して、本方式は効率が約0.3%向上することを確認した。この結果、パワーコンディショナの内部温度を約5℃低減することができた。

以上のとおり、電力損失を低減することで、パワーコンディショナの内部温度上昇を抑制し、部品毎の温度仕様と部品寿命を満足することができたため、従来機種であるKPW-Aなどと同じ筐体の適用を実現した。この結果、KPBP-Aシリーズの外形寸法は450×562×232 mmとなり、従来機種のKPAC-A/Bシリーズでの650×493×222 mmと比較して、体積比で約82%になる小型化を実現した。また、KPBP-Aシリーズの重量は約21 kgとなり、従来機種のKPAC-A/Bシリーズでの約29 kgと比較して、重量比で約72%になる軽量化となり、一人施工を実現した。

6. むすび

本稿では、従来機種であるKPW-Aなどと同じ筐体の共用化を実現したマルチ蓄電プラットフォームKPBP-Aシリーズについて述べた。

KPBP-Aシリーズは、筐体の小型化と出力容量の増加から、発熱が課題となった。しかし、非絶縁型双方向DC/DCコンバータへのSiC-MOSFETの適用化技術とインバータの自立時のスイッチングパターンの最適化技術によって、電力損失を低減して高効率化することで、小型筐体の適用を実現した。これらの高効率化技術によって、従来機種であるKPAC-A/Bシリーズと比較して、サイズは約82%になる小型化、重量は約72%になる軽量化を実現した。KPBP-Aシリーズは、従来機種の小型筐体の共用化を実現したことによって、施工性向上による工事費用の削減が図れるため、ユーザの蓄電システムの導入コストの低減に寄与し、更なる蓄電システムの普及拡大への貢献が期待できる。

今後は、将来のアプリケーションを考慮したプラットフォーム開発への展開を検討したい。例えば、絶縁型双方向DC/DCコンバータへの対応や、外部機器との通信系を含めたシステム全体構成を考えると、プラットフォームとしては改善の余地がある。再生可能エネルギーの発展と更なる社会的ニーズに応えられるパワーコンディショナの開発を行い、持続可能な社会の実現に貢献していく所存である。

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