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磁性体の増分透磁率測定手段とそれを利用した直流重畳特性推定フローの構築

福田 雅也 FUKUDA Masaya
インダストリアルオートメーション
ビジネスカンパニー
技術開発本部 第3技術部
専門:磁気CAE
山田 隆志 YAMDA Takashi
日本電産モビリティ株式会社
パワーエレクトロニクス事業部
開発2部開発4課
専門:磁気CAE

DC/DCコンバータなど大電流を扱う電源回路で利用されているフェライト等の磁性材料は、直流電流成分が増えるに従い発生する磁束の影響で直流重畳特性と呼ばれる急激なインダクタンスの低下現象が現れる。この現象は電気エネルギーの変換効率に悪影響を及ぼすため、設計前に電流の限界値を見極める特性予測技術が求められてきた。

この現象を正確に表すことのできる数学モデルとして、プレイモデルが知られている1)。しかし、モデルの入手性の悪さ、モデル作成のための実測の難しさ、大きい計算負荷が、現実に解析を実行しようとする際のネックとなっている。

今回、それに代わり増分透磁率と呼ぶマイナーループの傾きを利用する方法を検討した。この手法は重畳電流が正弦波に制限されるが、計算負荷が軽い特徴を持っており、トロイダルコアを使った実測と解析の組み合わせを使って材料定数を導くことで、プレイモデルの手法より迅速に精度よく評価できる。このメリットにより、実用化の検討を実施した。

その結果、計算負荷は数十分程度と軽く、かつ推定誤差が5%以下と期待通りの結果を得る事ができ、実用化に向けた目途を立てる事ができた。本論では具体的な事例を通じてその実用性について報告する。

1.まえがき

近年、大電流化する電気エネルギーの効率的な運用のため、パワーエレクトロニクス技術の進化は必須のものとなっており、電源の小型化、低損失化の要求はますます大きくなっている。そのためにスイッチングの高周波化は必然の流れであるが、電源の重要な構成要素である磁気デバイスが、それに含まれる磁性体特有の磁気飽和特性のため、最大電流を制限することが大きな課題となっている。磁気飽和が影響する主要な特性の一つが直流重畳特性であり、直流電流によって作られた磁束により磁性体が磁気飽和に近づくと、急激にインダクタンスが低下する現象が発生する。こうなると電源動作時のリップル電流や負荷応答特性に悪影響を及ぼし、動作異常を引き起こすため、直流電流の限界値を正確に推定できる技術が重要になってくる。

電源を設計する際に直流重畳特性を磁場解析で推定する試みは実施されてきているが、良く用いられている透磁率μ=B0/H0B0は図1の点Pでの磁束密度BH0は点Pでの磁界Hを表す)や微分透磁率μd=dB/dHを用いると原理的に誤差が発生する事が知られている2)。この誤差要因を解消するためには、図1のマイナーループの発生要因でもある、ヒステリシス特性を解析に取り入れる必要がある。

図1 磁性体のB-H特性のマイナーループ
  • μ△ = △B/△H:増分透磁率
  • μ = B0/H0:透磁率
  • μd = dB/dH:微分透磁率
  • P,Q :マイナループの分岐点
図1 磁性体のB-H特性のマイナーループ

任意のヒステリシス特性を表現するモデルとして、プレイモデルが提案されている1)。これは、磁気特性を図2のような複数の対称ループ群の集合として表現する数学モデルであり、式(1)で表現される。

H=P(B)=mfm(Pm(B),B)
(1)

ここでPm'は、ヒステロンと呼ばれるヒステリシスの動きを表す関数で、fmがヒステリシスループの形状を表す関数、それが振幅の異なるm個の集合体として構成されている。

図2 プレイモデルの例
図2 プレイモデルの例

しかし、実際にプレイモデルを活用する場合、以下のような難しさがあるため、容易に使う事はできない。

材料定数が入手困難であるため、実測等により定数を確定する必要がある。
周波数が高く飽和領域に近いヒステリシスループの測定は、特殊な装置や測定技術が要求される。
磁気特性をループとして取り扱う関係上、重畳される交流の周波数が高くなるほど計算負荷が増大する。

この課題を解決するために、重畳される交流電流を振幅一定の正弦波に限定する方法が提案された3)4)。この方法は図1のマイナーループについて、静特性B0に対して△B△Hが一意に決定され、その比であるμ△のみで特性を表現するものであり、特に式(2)で定義されるμ△を増分透磁率と呼ぶ。

μΔ (B)=ΔB ⁄ΔH
(2)

ただし、μ△もプレイモデルと同様に一般に公開されている材料特性に含まれないため自ら実測で取得する必要がある。ただし、特に飽和領域に近い磁束密度でかつ周波数が高い場合、プレイモデルのように高周波の大電流を駆動させる必要がなく、直流電流に小振幅の電流を重畳させるだけなので、比較的測定を実施しやすい利点がある。

そこで本論文では、増分透磁率を精度よく容易に測定できる方法と、この測定法を利用して構築した直流重畳特性推定フローを示し、その方法による計算負荷が十分に軽く、かつ実測と推定値で実用的な一致が得られたので報告する。

2.シミュレーションの原理

2.1 マイナーループとは

図1に示した静磁場特性で示される一般的な磁性体のB-H特性は、通常の直流、交流のシミュレーションで材料定数として使用される。今回はパワーインダクタ等でのインダクタンスの変動原因を想定して、直流電流がバイアス電流として常時印加されており、さらにある高周波電流が重畳されている状態を考える。この時、磁性体内では直流電流が作る静磁界により磁性体の中で磁化が生じることで磁束が発生するといった変化が起きている(図1の点P)。さらにその周りに図1の曲線PQQPで示す、高周波電流が作る小さな磁界の振動が生じる。この振動は、静磁界のB-H曲線に沿うのではなく、それとは異なる傾きの微小ループを形成する。これをマイナーループと呼ぶ。このマイナーループの傾きである増分透磁率μ△が直流重畳状態のインダクタンス値に反映されるため、これを捉えてシミュレーションに取り込む仕組みを作る必要がある。

2.2 B-H特性によるシミュレーションの誤差原因

図3は、直流電流に100kHzの高周波電流を重畳させた状態でのインダクタンス特性について、静特性であるB-H曲線の微分透磁率を使ってシミュレーションした結果と実測とを比較したものであり、直流電流で約2Aの無視できない誤差が生じている。この原因は、マイナーループの傾きが重畳される電流の周波数や静磁場に影響を受けるため、B-H曲線の傾きとマイナーループの傾きμ△との差が無視できなくなったためと考えられる。

図3 微分透磁率を使った場合の実測との比較
図3 微分透磁率を使った場合の実測との比較

これに対する対処方法は、シミュレーションにおいて材料特性(μ△)を反映させた磁束計算を行うことが重要であり、これにより精度の高い推定結果が得られ、材料のインダクタンスの変化を正確に定めることができるようになる。次節以降、μ△を重要な定数とみなし、実測による値の確定からシミュレーションへの取り込みまでの詳細手順を記述する。

2.3 CAEによる推定手段

解析の流れは、以下のとおりである。

B-H特性を使った直流電流による静磁界分布の導出
B-μ△特性を使った静磁界分布を増分透磁率分布へ変換
増分透磁率分布により高周波電流による磁界のインダクタンスの導出

今回、磁場解析ツールとして、JSOL社のJMAG-Designerを使用した。このツールは、磁気特性として一定値の比透磁率μr、非線形B-H特性などの他に、磁束密度Bに対する比透磁率μrの関係を定義する機能を持っている。比透磁率を増分透磁率μ△と定義し、B-H特性に併せてB-μ△の材料データを使うことで一連の流れを使った推定を実現した。

2.4 実測による材料定数の特定

ここで、予測する上で鍵となるμ△の特性を測定する手段を考える。

μ△は一般的に式(3)で示すように、高周波電流の周波数f、高周波磁場の振幅△B、静磁場Bの関数であるが、重畳する高周波電流を周波数一定の正弦波とすることで、f,△Bを変数から除外した。これにより、限定した条件内ではあるが解析負荷が軽くかつ精度が担保できる方法を追求した。

μΔ=μΔ(f,ΔB,B)⇒ μΔ(B)
(3)

実測に関しては、μ△を測定するための専用の磁性部品を準備することで、自ら増分透磁率μ△を算出するための測定実施が容易になった。

3.実測とシミュレーションを組み合わせたμ△の算出方法

3.1 直流重畳解析の全体フロー

図4は、今回実施した平滑コイルなど一般的な磁気部品に対する、直流重畳特性解析の全体のフローを示している。この中で、「材料定数B-μ△の導出」が磁性材の材料定数を確定する流れを示す。

図4 直流重畳特性解析の全体フロー
図4 直流重畳特性解析の全体フロー

図5は、材料定数B-μ△の導出部分を関係図化したものである。次項より、各々の検討項目を図5に示した流れに沿って詳細に説明する。

図5 B-μΔ特性導出の関係図
図5 B-μ△特性導出の関係図

3.2 直流電流Idcと平均磁束密度Bの関係導出(図5の①)

トロイダルコイルのコア内部の磁束は、磁気飽和領域まで考慮する必要がある場合も近似式で概算を求める事は可能である。それには、非線形磁気特性まで考慮するためにB-H特性を非線形関数で近似する方法が用いられている5)

今回は、断面の磁束密度の内外径間の不均一性やコアの磁気特性の飽和領域付近の特性に高い精度を求めるために、シミュレーションを活用した。

まず、飽和特性を確認するためにトロイダルコアに直流電流を流すモデルを考える。図5 の①は、③で実測に使用するトロイダルコイルをモデル化したものである。これに材料のB-H磁気特性を適用して、静磁場解析でコイル電流Idc×Tと平均磁束密度Bdcの関係をシミュレーションで求める(図6)。ここで、Idcは直流電流、Tはコイルのターン数を示す。Bdcはトロイダルコイルの断面の磁束密度を平均化した値である。ここで、まず静特性として磁気飽和特性が得られていることが確認できる。

図6 コイル電流と平均磁束密度の関係
図6 コイル電流と平均磁束密度の関係

図7は図5の②に示すフローで、同じトロイダルコアのモデルを使い比透磁率μrとインダクタンスLの関係を周波数応答解析で求めたグラフである。

図7 比透磁率とインダクタンスの関係
図7 比透磁率とインダクタンスの関係

3.3 トロイダルコイルによるAT-L特性の実測(図5の③)

図8は、実際に使用した測定装置の外観を示す。LCRメータと直流源装置の組み合わせで構成されており、温度特性も含めた直流重畳特性を測定することが可能になっている。

図8 直流重畳特性を測定する装置群
図8 直流重畳特性を測定する装置群

図9は、図8で示した装置を使用して図5-③で示すような実際のトロイダルコイルを使って直流電流Idc×TとインダクタンスLとの関係を実測で求めたグラフである。直流電流に重畳させる高周波電流のスペックは、実際に評価したい磁気部品の高周波電流と同等に設定することで、μ△特性が一致するように設定している。

図9 コイル電流とインダクタンスの実測例
図9 コイル電流とインダクタンスの実測例

3.4 B-μ△特性の材料定数化(図5の④)

3.2項、3.3項より、シミュレーションからBdc=BdcIdc×T)、Lana =Lana μr)、実測から、Lmea=LmeaIdc×T)と表せる各々の関係が求められた。ここでLana はシミュレーションから求めたインダクタンス値、Lmeaは実測から求めたインダクタンス値を示す。次に、LmeaIdc×Tをシミュレーションの結果得られた2 つの関係式を使ってBdcμrに変換すると、μr=μrBdc)の関係が求められる(図10)。

図10 Bdc−μrの関係(増分透磁率μΔ)
図10 Bdc-μrの関係(増分透磁率μ△

このμrは、直流が作る磁束密度の影響で、重畳する交流電流が受ける比透磁率が低下することを表し、図1で示したマイナーループの傾きを表している。これら一連のプロセスにより、μrを改めてμ△(増分透磁率)と定義できるため、Bdc-μ△の関係が得られたことになる。

3.5 再解析によるμ△の検証(図4の⑤)

3.4項で求められた、B-μ△の特性を検証するために、得られたB-μ△をモデルに適用し、Idc×TLの関係をシミュレーションで再現できるかを検証した。

図11は、100℃の条件に設定した実測値とシミュレーション値を比較したグラフである。誤差5%以内であり十分高い精度で再現できていることがわかる。これより、これまでの増分透磁率μ△の導出方法と、それを使ったシミュレーション方法が有効であることが確かめられた。

図11 トロイダルコイルによる直流重畳特性の再現性検証
図11 トロイダルコイルによる直流重畳特性の再現性検証

4.平滑コイルの直流重畳特性解析事例

4.1 平滑コイルのコア材によるB-μ△特性の導出

3章で述べたトロイダルコアによる実測とシミュレーション方法を使って、DCDCコンバータを構成する磁気部品である平滑コイルの直流重畳特性解析に適用した事例を述べる。図12は平滑コイルと同じコア材料を使ってトロイダルコアを製作し、その直流重畳特性の実測結果とシミュレーションを組み合わせて算出したB-μ△特性である。

図12 トロイダルコアにより確定したB-μΔ特性
図12 トロイダルコアにより確定したB-μ△特性

4.2 平滑コイルの解析フロー

図13は平滑コイルの磁場解析モデルと、その周波数応答解析結果の磁束密度コンター図を示す。このモデルに対して、直流重畳解析を次の順に進めた。

平滑コイルのモデルに対して、コア材料にフェライトコアのB-H非線形静特性を適用して、直流電流による静磁場解析を行う。(図4の⑥)
同じモデルを利用して、①で得られた解析結果であるコア内の磁束密度分布データを新しいモデルの初期磁束分布に設定し、直流通電状態の磁束分布を作る。コアの磁気特性を項4.1で得られたB-μ△特性に変更し、周波数応答解析を使って平滑コイル稼働時に重畳される高周波電流を流し、B-μ△特性から得られるインダクタンスLを求める。(図4の⑦)
①の直流電流を0~Max電流までスイープさせた結果を準備して、②の解析をそれぞれ適用し、直流重畳特性を求める。
図13 磁気デバイスの磁場解析モデルと磁束密度コンター図
図13 磁気デバイスの磁場解析モデルと磁束密度コンター図

4.3 平滑コイルの直流重畳解析結果と実測比較

図14に、直流重畳特性の実測とシミュレーション結果を示す。実測は図8で示した測定装置を使って平滑コイルの直流重畳特性を求めたものである。インダクタンスの変曲点としてインダクタンス1.5μHの点を確認すると、直流電流値200Aに対して誤差5%以内で一致しており十分実用的であることがわかる。

図14 磁気デバイスの直流重畳特性 実測-SIM比較
図14 磁気デバイスの直流重畳特性 実測-SIM比較

5. むすび

大電流化、高周波化する磁気部品の直流重畳特性を容易に精度良く推定したいという要求に対して、1つの解決手段としてマイナーループの傾きを利用して材料定数化する手段が確立でき、それを利用して平滑コイルの特性を予測すると、計算負荷が軽くかつ十分な精度で直流重畳特性が得られることが確認できた。

今回これを実現するために、一般に公開されていない増分透磁率を精度よく材料定数化するための測定方法、更に、それを使った2種類の解析の組み合わせることにより、直流重畳特性の推定手段を構築した。

今後この技術は、パワーエレクトロニクスを利用する電源設計などの商品に展開するとともに、直流重畳特性が重要な商品に対しては標準設計プロセスに組み込んでいくことを提案する。また、更なる大振幅、かつ高周波の重畳電流に対応するために、材料定数Bdc-μ△を振幅や周波数などの多変数関数化する技術の構築を進める。

参考文献

1)
Matsuo, T.; Shimasaki, M. An Identification Method of Play Model With Input-Dependent Shape Function. IEEE Trans Magn. 2005, Vol41, No.10, p.3112-3114.
2)
樋口真伍,髙橋康人,藤原耕二,山田直人,西田信博,髙井 恭平.“磁気ヒステリシスを考慮したパワーコンディショナ用リアクトルの直流重畳特性解析”.電気学会研究会資料.2014.1.23, p.19-24.
3)
橋本和茂,髙橋康人,藤原耕二,他.リアクトル用磁性材料の磁気特性測定法に関する検討.信学技報.2012, Vol.111, No.400, p.91-96.
4)
上田幸平.“リアクトルの直流重畳特性の実測と解析の比較検討”.JMAG User Conference. 2011.
5)
電気学会マグネティックス委員会編.改訂 磁気工学の基礎と応用.コロナ社,2013, 272p.

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