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小型・高密度実装されたセンサモジュールの発熱影響補正技術

元木 悠平
元木 悠平代表執筆者 Yuhei Motoki
事業開発本部
MEMS開発生産センタ 技術開発部
専門:MEMS工学
上田 直亜
上田 直亜 Naotsugu Ueda
事業開発本部
MEMS開発生産センタ 技術開発部
専門:MEMS工学
三笘 佳代
三笘 佳代 Kayo Mitoma
事業開発本部
MEMS開発生産センタ 技術開発部
専門:MEMS工学

近年、あらゆる“モノ”同士がネットワークにより繋がり合う「IoT(Internet of Things)」が注目されている。さまざまな状態をセンシングし、取得したデータを分析・活用することで新たなサービス創造が期待されるIoTでは、従来型の単機能センサではなく、センシングした様々な物理量を上位システムで扱いやすい形に処理し、内蔵する通信機能でデータを送信する高機能なセンサモジュールが活用される。そこでは超小型で設置場所を選ばず、どのような環境に設置されても外乱の影響を受けずに正確な情報を出力できることが要求されるが、内蔵するデバイスの発熱や周囲環境の影響により、その実現は容易ではなかった。
そこで、内蔵する2つの温度センサを用い、検出した熱流から発熱影響を補正する技術をセンサモジュールに応用することで、複数の半導体デバイスを小型・高密度実装しながら、内部発熱や外乱の影響を受けない世界最小クラスの複合型IoTセンサの開発に成功した。

1. まえがき

近年、IoT(Internet of Things)は社会における重要な役割を担うものとして期待されている1)2)3)。インターネットにつながるデバイスは2020年には500億個に達し、そこに必要とされるセンサは年間1兆個の生産量となるとも予測されている。
IoT社会におけるセンサ4)5)は、さまざまな機器とシームレスに連携し、簡単にデータを取得できる使い勝手が要求される。これは上位機器との接続性が良いことや、センサから正確な情報を出力するということだけでなく、周囲の設置環境や、設置場所を気にせず使用できることも同時に求められることを意味している。このようにアプリケーションの多様性をもたらす使い勝手の良いセンサの実現には、小型で設置場所を選ばず、外部環境の影響を受けないセンサであることが必要である。
このような機器小型化の要請からMEMS(Micro ElectroMechanical Systems)技術の進歩とそれを応用したMEMSセンサはIoTデバイスに欠かせない存在として期待を集めている。MEMSとは、半導体プロセスを応用して作られる微小な電気機械システムの総称で、小さく、かつ高感度なセンシングと量産性を両立し、IoT に適したセンサモジュールのコア部品として、社会のさまざまな側面で、広くその応用が進んでいる。その期待される応用分野は、社会インフラや個人の生活に至るまで大幅に拡大し、その対象は、多岐にわたっており6)、MEMS技術の発展は組込み先機器自体の小型化に大きく貢献するものである。
一方でセンサモジュールを小型化する際に問題となるのはセンサやその他部品による自己発熱である。一般にセンサモジュールにはヒーター搭載型のセンサや電源部品など、発熱する部品が多数実装されており、小型化するほどその影響度は大きくなる。そのため、パッケージサイズの小型化には熱対策が必要不可欠である。
また、対象となる物理量やセンサの検出方式によっては設置場所の温度環境も検出結果に影響を及ぼす。一定の環境で、特定の機器としか接続できず、環境的に安定した設置場所でしか正しい出力を行えない状態ではその応用範囲が著しく限定されてしまう。
そこで、我々はこれらの課題を解決するため、内蔵部品や外部環境の発熱影響を補正するアルゴリズムを小型機器用の補正技術として内蔵するMCU(Microcontroller)に実装することで、IoT用途に特化した小型のセンサモジュールを開発した。
本稿では、開発したセンサモジュールの概要と発熱影響を補正する温度補正アルゴリズムについて述べる。

2.複合型IoTセンサ

2.1 構成

今回開発したセンサモジュールは温度・湿度・気圧・照度・音圧レベル・3軸加速度・VOC(VolatileOrganic Compounds)を計測できる7つのセンサ素子を同一基板上に高密度実装したものを業界最小クラスの小型パッケージ(横:29.1mm、縦:14.9mm、厚み:7mm)に組み込み、複数のセンサデータを同時に計測できるセンサモジュールである。IoT センサの外観を図1に示す。PCやゲートウェイのような上位機器とのデータ通信には、シリアルバスインターフェース規格として広く普及したUSB通信だけでなく、近距離無線規格であるBluetooth® low energy(以下BLE)にも対応しており、様々な用途や場所での環境情報収集が可能な複合型のIoTセンサである。

図1 IoTセンサの外観と構成図
図1 IoTセンサの外観と構成図

本センサモジュールのブロック図を図2に示す。BLE を搭載したSoC(System on Chip)を採用し、内部のメモリ領域にプログラムを書き込むことでホストMCU を使用しない構成とした。また、RF(Radio Frequency)機能とMCUの統合によるワンチップ化は、部品削減に伴う小型化につながっている。

図2 IoTセンサブロック図
図2 IoTセンサブロック図

2.2 特長

本センサモジュールの特徴は、複数のセンサと通信機能、高機能アルゴリズムを実装しながら、超小型パッケージを実現した点にある。電源供給を必要とし、VOC センサを内蔵する従来のIoT センサ(横:210mm、縦:148mm、厚み:12mm)と比較し、体積比で約1/100のパッケージサイズを実現している。また、本センサモジュールは複数のセンサデータを組み合わせて、センサデータをユーザーにとって価値のある情報に変換する独自の高機能アルゴリズムを実装している。その中の1つとして、熱中症警戒度や不快指数が挙げられる。これは温度データと湿度データを用いて演算される指標で主に子供やお年寄り、ペットなどの見守り活用に期待される。このように、複数のセンサデータを同時に収集し、組み合わせることで新たな価値データの創出を可能としている

2.3 従来技術の課題

前項で述べたように、熱中症警戒度や不快指数は温度データと湿度データから演算されるため、周囲環境の正確な温度、湿度を得る必要があるが、高密度実装、小型パッケージにした複合型IoTセンサでは、USB接続する外部機器の発熱や実装部品の自己発熱の影響を受けやすく、正確な環境温度を検出できないという課題があった。従来の温度センサでは、熱源から分離する、または別の温度センサを参照するというのが基本的な考え方であり、小型化が難しく、搭載するセンサも発熱が小さいものに制約されていた。しかしながら本センサモジュールでは、これらの課題を解決するため、熱流束センサ8)の原理を応用した温度補正技術を確立することで、正確な環境温度検出を実現した。

3.発熱影響補正技術

3.1 発熱要因

温度出力はセンサデバイスにおける基本的な検出物理量として高い精度の出力を求められるが、2つの要因により出力誤差が拡大する。1つはデバイスに内蔵する電子部品による自己発熱であり、もう1つはUSBで接続する先の外部機器の発熱である。USB接続機器からの発熱影響はPCやACアダプタなど接続機器自体の温度上昇によって異なり、温度センサ出力に4~8℃程度の誤差を生む原因となる。
また、VOCセンサ等の一部のセンサは内部にヒーターを内蔵しており、その性質上、熱平衡状態を崩す発熱源となり得る。そのため、これらを小型集積し、高い出力精度を維持するには発熱影響を排除するための温度補正アルゴリズムの確立が必要となる。

3.2 補正原理

本デバイスは直線的に配置された2つの温度センサの先に発熱源が配される構造7)であり、この2つの温度センサの出力差に基づく熱流から環境温度を推定している。本デバイスの特徴は、発熱量の大きい内蔵部品による自己発熱と接続先機器による外部発熱の2つの発熱源を温度センサから見て1つの熱源とみなせるよう配置している点にある。本温度補正アルゴリズムは熱源に対して直線的に配置した2つの温度センサの出力差に基づいて補正を行うため、等価的に複数の発熱源を1つの発熱源として扱うことで、自己発熱と外部発熱の両方に対し、同一関係式に基づいた温度補正を可能としている。図3に本デバイスのセンサ配置図と熱等価回路を示す。

図3 基板上のセンサ配置図と熱等価回路
図3 基板上のセンサ配置図と熱等価回路

熱等価回路は熱を電気に見立てたものであり温度が電圧、熱流が電流、熱抵抗が電気抵抗で表されており、次の関係が成り立つ。

式(1)

ここで、Rair が空気中の熱抵抗、Rboard が基板の熱抵抗であり、これらの値を予め実験により導出しておくことで、2つの温度センサの出力値 T1T2 から環境温度 Ta を算出できる。
さらに、使用する2つの温度センサは基板上に形成したスリットにより、基板上での伝熱経路を限定し、また、筐体構造により隔壁を設け、空間的にも隔離した構造とすることで、本補正原理に対する、自然対流などの外乱の影響を抑制し、関係式の独立性を高めた。

3.3 実験結果

本温度補正アルゴリズムの有効性を示すため、USB接続機器と環境温度が変化しても補正が有効であることと、自然対流の影響を受けるいかなる傾き状態に対しても出力値に影響がないことを実験により検証した。

(1)接続機器発熱影響
周囲の温湿度環境を一定(25℃、50%)にした状態で、5W~12Wの出力範囲の異なる複数のACアダプタ(Port1~Port7)に本センサモジュールを接続し、温度出力値を測定した結果を図4に示す。温度補正前の温度出力には約4~8℃の誤差がみられたが、温度補正後の温度出力はいかなる接続先機器に対しても基準温度計(VAISALA・MI70)からの誤差を±1℃以内に抑えられることを確認した。

図4 接続機器による発熱影響
図4 接続機器による発熱影響

(2)環境温度変動影響
本温度補正アルゴリズムは常温環境下だけでなく、周囲環境温度が変化しても同様に発熱の影響を補正可能であることが求められる。そこで接続先のAC アダプタを同一とし、恒温槽を用いて環境温度を変化させ、n=3のセンサ(sample1~3)に対し、その際の温度出力値を測定した。温度補正前と温度補正後の基準温度計との誤差を図5と図6に示す。温度補正アルゴリズムを適用することで一般的なモジュール型デバイスの使用温度範囲である-10℃~70℃の温度範囲で基準温度計からの誤差を±2℃以内に抑えられることを確認した。

図5 温度補正前の基準温度計との誤差
図5 温度補正前の基準温度計との誤差
図6 温度補正後の基準温度計との誤差
図6 温度補正後の基準温度計との誤差

(3)設置角度影響
本デバイスの設置向きは接続する外部機器のUSBポートの向きに依存するため、どのような向きで接続されても傾きによる温度影響がないことが必要となる。そのため、接続先のACアダプタを同一とし、各±X, Y, Zの方向(図7)に傾けてn=3のセンサ(sample1~3)の温度出力を評価した結果を図8に示す。各傾きで基準温度計との誤差が±2℃以内に抑えられており、設置角度に依らず、温度補正が有効に機能していることを確認した。

図7 設置角度
図7 設置角度
図8 設置角度影響
図8 設置角度影響

以上の結果より、小型高密度実装されたセンサデバイスにおいて、本温度補正アルゴリズムが有効であることを示すことができた。

3.4 考察

前項に示す実験結果より、2つの温度センサによって検出する熱流に基づく発熱影響補正アルゴリズムは、VOCセンサの自己発熱と発熱量の異なる外部機器発熱に対してセンサの温度出力精度を維持することができ、その有効性を示すことができた。
当該センサデバイスでは温度センサを直線上に配置することで、その直線延長上の熱源に対する環境温度推定を可能にした。この発熱影響補正技術を応用し温度センサを複数配置すれば、複数方向からの熱影響に対しても環境温度推定による補正が可能になると考える。
それが実現できれば、基板単体をセンサモジュールとして様々な装置に組み込むような熱源の位置を特定できない環境にも適用が可能となり、電池駆動型など、センサモジュールの電源構成に依存しない多様な使用環境やアプリケーションへの対応も期待できる。

4.むすび

本稿ではセンサモジュールに適用できる熱流検出による発熱影響補正技術について述べ、本技術をセンサモジュールに内蔵することで、自己発熱や外部接続機器の発熱影響を受けない、USB給電に対応した小型のセンサモジュールを開発した。
このセンサモジュールは、MEMS技術を用いた小型のセンサデバイスとセンサ制御系、無線通信機能を統合したものであり、本アルゴリズムの適用により、如何なる使用環境においても±2℃以内の高精度な温度出力を維持し、VOCセンサなどヒーター駆動型センサを内蔵する複合型センサモジュールとしては世界最小レベルの小型集積を実現している。
センサモジュールの小型化は設置場所の制約をなくし、組み込み先となる機器や構造物の設計自由度を大きく向上させる。このことは無数のセンサがデータを収集するIoT社会において、さまざまな場所に配置されたセンサが社会や生活に密着し、これまで取得できていなかった情報を得ることを可能とする。その結果として、新たなアプリケーションやサービスの創出が加速され、社会課題の解決に貢献するものであると考える。
今後もIoT社会に求められる多様なセンシングを可能とする、使い勝手の良いセンサモジュールの開発を進めていく。

参考文献

1)
小野悟.活用が始まるM2M の現状と展望.IEEJ Trans. EIS. 2012, Vol.132, No.5, p.626-631.
2)
McKinsey Global Institute. Big data:The next frontier for innovation, competition, and productivity. 2011, p.6-7.
3)
シスコIoT インキュベーションラボ.Internet of Everythingの衝撃(2013).インプレスR&D,2013.
4)
三野宏之.低消費自律駆動アルゴリズムを実装した環境複合センサモジュールの開発.平成27年電気学会電子・情報・システム部門大会講演文集.2015. p.502-507.
5)
酒井隆介.“自律型環境複合センサを用いた遠隔監視システムの開発”.23rd Symposium on “Development of Autonomous Integrated Environment Sensor for Remote Monitoring System”. Yokohama, January 31-February 1 2017, p.283-286.
6)
David Boswarthick/Omar Elloumi/Olivier Hersent 編.M2M基本技術書―ETSI標準の理論と体系―.リックテレコム,2013.
7)
中川慎也.MEMS熱流束センサによるウェアラブル深部体温計の提案.電気学会論文誌E.Vol.135, No.8, p.343-348.

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