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閉空間における直流アーク遮断のためのアーク長算出式の導出

川口 直樹 KAWAGUCHI Naoki
エレクトロニック&メカニカルコンポーネンツ
ビジネス カンパニー
事業統括本部 商品開発統括部 HT-PJ
専門:制御工学
所属学会:電気学会
箕輪 亮太 MINOWA Ryota
エレクトロニック&メカニカルコンポーネンツ
ビジネス カンパニー
事業統括本部 商品開発統括部 HT-PJ
専門:機械工学
大塚 航平 OTSUKA Kohei
エレクトロニック&メカニカルコンポーネンツ
ビジネス カンパニー
事業統括本部 商品開発統括部 HT-PJ
専門:電気工学

近年、環境問題への対策として利用が高まっている太陽光発電等に代表される再生可能エネルギーにおいてシステムの高効率化が推進されている。これらのシステムは直流高電圧システムで構成されており、安全遮断装置として組み込まれている直流リレーにおいても、さらなる高電圧対応が求められている。直流リレーにおいて高電圧領域の負荷を安全に遮断するためには接点開離時に発生するアーク放電現象を制御する技術が必要である。

本検討ではリレーのような閉空間においてアークが樹脂に当接された際のアーク長とアーク電圧との関係式構築を試みた。追加したパラメータは、アークを駆動させる磁束密度とアークを樹脂に当接させる際の壁までの距離である。今回導出した式を用いることで、負荷電圧800Vまでの閉空間におけるアーク遮断に必要なアーク長の算出でき、適切なアーク長での遮断性能設計を実現することが可能となった。

1.まえがき

地球温暖化などの環境問題に対する意識の高まりから、太陽光発電等を用いた再生可能エネルギーや電気自動車の市場が拡大している。それらに用いられるエネルギーマネージメント機器やバッテリー制御回路は直流高電圧システムとなっており、システム不具合発生時における緊急遮断用の安全装置として直流リレー(以下、リレーと呼ぶ)が使用されている。

リレーでは、接点開離時に接点間で形成された溶融金属のブリッジが気化することで接点間の絶縁破壊が起こり、アーク放電(以下、アークと呼ぶ)が発生する。アークとは空気などの気体が数千度以上の高温となり、気体分子が電離及び解離することで気体の電気伝導率が増加し、気体中に電流が流れる現象である。このとき電流によるジュール発熱でアーク伝導経路の温度が維持されることによりアークが継続する。アークが継続するとアーク周辺の空気が高温状態となり筐体内部の焼損や接点の消耗が起こる1)ため、アークは速やかに遮断する必要がある。

近年では、送電ロスを低減させる目的からシステムの高電圧化を行う傾向があり、従来にも増して安全かつ確実にアークを遮断できることが重要になっている。

一般的に直流負荷電圧で発生するアークを遮断するためには、アーク抵抗を大きくしアーク電圧を負荷電圧まで増加させる必要がある2)。アーク抵抗はアーク長と正の相関があり、アーク長が長くなるほどアーク抵抗は大きくなる。そのため高電圧になるほど長いアーク長を確保する必要があり遮断が難しくなる。

遮断に必要なアーク長と負荷電圧の関係については、実験的に求められた式(1)が広く知られている3)

L=K(E-Em-E/IIm)aIb
(1)

L:アーク長(mm) E:負荷電圧(V) I:負荷電流(A)
Em:最小アーク電圧(V) Im:最小アーク電流(A)
K:1.5×10-3a:3/2b:1/2

式(1)に示したように負荷電圧・電流が大きくなると遮断に必要なアーク長は長くなる。また、式(1)の適用範囲は負荷電圧110V、負荷電流50Aまでであり、大気中のような解放された空間(以下、開空間と呼ぶ)において外部磁界を利用せずに接点間隔のみでアークを引き延ばした時に適用可能な関係式である。

先ほど述べたように近年ではシステムの高容量化に伴う高電圧化が進んでおり、リレーのように樹脂で閉ざされたような空間(以下、閉空間と呼ぶ)においてはリレーの制約上接点間隔を大きく確保できないため、外部磁界を利用して閉空間内でアークを駆動してアークを引き延ばすことで数百ボルトの負荷電圧を遮断する必要がある。これらを踏まえ高電圧領域のリレー設計におけるアーク長の算出には、式(1)が適用外となる以下条件に対応した関係式の構築が必要となる。

高電圧領域(100V以上)への拡張
外部磁界印加の影響
閉空間内でのアーク駆動の影響

そこで今回高電圧領域までを検討対象とし、かつ閉空間においてアークを外部磁界により駆動させることでアークを樹脂に当接させた時のアーク長とアーク電圧の関係式の導出に取り組んだ。

本稿では、その取り組みについて、以下の構成で述べる。

第2章では、アーク長とアーク電圧との関係を確認するための供試リレー及び実験方法について述べる。

第3章では、過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係について検討し、高電圧領域でのアーク長と負荷電圧・電流の関係を式(1)と比較しながら検討する。その後、外部磁界による影響について考察し、最後に閉空間においてアークを樹脂に当接させた際のアーク遮断に必要なアーク長算出式の導出過程を述べる。

第4章では、本検討結果の振り返り成果と残課題及び今後の展望について述べる。

2.供試リレー及び実験方法

負荷に応じたアーク長とアーク電圧との関係を得るために用いた供試リレーの概略図を図1に示す。

図1 供試リレーの概略図
図1 供試リレーの概略図

実験に用いたリレーは2つの可動接点と2つの固定接点で構成されたダブルブレーク接点構造で、その接点材料は銀(Ag)、導電部材料は銅(Cu)とし、接点の動作方向は図1に示した向きとした。図示しないが、外部磁界の影響を評価する際には永久磁石によってリレー全体に外部磁界を紙面垂直方向に加える。外部磁界が加えられた場合、遮断時に発生したアークは永久磁石により図の左右方向へ引き延ばされて筐体内側に接触する。筐体を構成する壁面のうちアークが接触する部分をアーク当接面と呼ぶ。また、アークが樹脂に当たることによるアーク長とアーク電圧の関係性への影響を確認するため、端子と壁との距離(以下、壁間距離と呼ぶ)を変更できる構造とした。

アーク長は高速度カメラを用いて撮影した負荷遮断時の実際のアーク画像から求めた。図2に負荷遮断時の高速度カメラ画像の例を示す。

図2 負荷遮断時の高速度カメラ画像
図2 負荷遮断時の高速度カメラ画像

画像上のアーク発光部の中心の経路長をアーク長とした。また、同時に接点間電圧の経時変化を電圧波形として記録した。図3に負荷遮断時のアーク電圧経時変化例を示す。

図3 負荷遮断時のアーク電圧経時変化例
図3 負荷遮断時のアーク電圧経時変化例

画像を撮影した時点(TimeA)のアーク電圧は図3に示すようにアーク電圧波形より求めた。式(1)は負荷電圧・電流と負荷遮断時のアーク長との関係性を示しているが、本実験では負荷遮断の過渡現象中におけるアーク長とアーク電圧の関係を測定した。

本実験は図4に示した直流抵抗回路にて実施し、負荷電流は供試リレーに通電される電流を、アーク電圧は供試リレー端子間の電圧を測定した。

図4 直流抵抗回路
図4 直流抵抗回路

3.実験結果

3.1 過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係

同一負荷電流においてアークに外部磁界を加えない状態で負荷電圧を変更した際の過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係を図5に示す。

図5 過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係
図5 過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係

負荷電圧は3条件とし、それぞれ同アーク電圧時におけるアーク長を測定した。実験結果から過渡現象中のアーク挙動は負荷電圧に寄らず一定であった。また、アーク電圧で求まるアーク長と負荷電圧で求まるアーク長がほぼ同じであることが確認された。従って負荷電圧の代わりに過渡現象中のアーク長とアーク電圧の関係を確認することで、負荷電流及びアーク長と負荷電圧に関する実験式を見出すことができる。次節以降では過渡現象中のアーク長とアーク電圧を測定することで高電圧領域への拡張性について確認し外部磁界印加の影響及び閉空間内でのアーク駆動の影響について対応した新たな関係式の構築を図る。

3.2 高電圧領域拡張時のアーク長とアーク電圧の関係

高電圧化に伴う負荷電流とアーク長、アーク電圧との関係を検討する。実験は図1に示したリレーを用いて永久磁石による外部磁界を加えない条件で行い、負荷電流を大小の2水準で変えて100V超の電圧遮断時のアーク過渡現象を計測した。実験結果より得られたアーク長とアーク電圧との関係を図6に示す。図6中の点線は式(1)の計算値である。

図6 100V超の電圧遮断におけるアーク長とアーク電圧との関係
図6 100V超の電圧遮断におけるアーク長とアーク電圧との関係

図6よりアーク電圧が100Vを上回ると式(1)によるアーク長の算出結果と実測値の乖離することが確認され、式(1)は100Vを超える範囲では適用できないことが今回の実験からも示された。一方で、式(1)と同様に電流が大きくなると遮断に必要なアーク長が長くなることが確認された。今回の実測結果のアーク長とアーク電圧の関係は負荷電流が一定であれば式(2)で表すことができる。

L=βEarcα
(2)

L:アーク長(mm) Earc:アーク電圧(V) α,β:係数

また、負荷電流を変化させた際の係数αβの関係を図7に示す。図7は実験時の負荷電流最小値を1、その時の各係数値を1として正規化したグラフとなる。図7に示したように係数αは負荷電流の変化に寄らず一定、係数βは負荷電流の増加と共に上昇していることから負荷電流の関数であると考えることができる。

図7 負荷電流を変化させた際の係数α、βの関係
図7 負荷電流を変化させた際の係数αβの関係

ここで係数βを式(1)と同様に式(3)に示す負荷電流の関数と定義した。

β=KIb
(3)

式(2)に式(3)を代入することで負荷電流の変化を考慮した式(4)が導出される。

L=KEarcαIb
(4)

I:負荷電流(A) K, α,b:係数

式(4)に示したように高電圧領域まで拡張した場合においても式(1)と同様の形で表すことができるが、係数値が異なっていることが確認された。次節以降は式(4)を基準とし、アークに外部磁界を作用させた際の影響及びアークを壁に当接させた際の各係数に与える影響を確認し定式化を行う。

3.3 外部磁界を加えた際のアーク長とアーク電圧の関係

負荷電圧・電流を一定とし、永久磁石を外部に配置した時に発生する磁界によりアークを引き延ばして遮断した際のアーク過渡現象を計測した。外部磁界を加えた際のアーク長とアーク電圧との関係を図8に示す。

図8 外部磁界を加えた際のアーク長とアーク電圧との関係
図8 外部磁界を加えた際のアーク長とアーク電圧との関係

外部磁界有は供試リレーでの実験結果、外部磁界無は式(4)の計算結果をプロットしている。なお、印加した外部磁界と負荷電流は一定とした。図8に示したように外部磁界を加えることで磁界を加えない条件よりも同アーク電圧時におけるアーク長が短くなることが確認された。

また、外部磁界を変化させた際の係数Kαの傾向を図9に示す。図9は実験時の磁束密度最大値を1、外部磁界無時の各係数値を1として正規化したグラフとなる。

図9 外部磁界を変化させた際の係数K、αの傾向
図9 外部磁界を変化させた際の係数Kαの傾向

図9に示したように、磁束密度が大きくなると係数Kは減少、係数αは増加することから、それぞれ式(5)、式(6)で表すことができる。

K=eBf+K0
(5)
a=gBh+α0
(6)

B:磁束密度(mT) e,f,g,h:係数
K0, a0B=0時の初期値

式(5)及び式(6)を式(4)に代入すると式(7)となり、負荷電流の変化に加えて磁束密度の影響を考慮したアーク長とアーク電圧との関係式が導出される。

L=(eBf+K0)Earc(gBh+a0) ib
(7)

3.4 樹脂を利用した際のアーク長とアーク電圧の関係

負荷電圧・電流を一定とし、永久磁石を外部に配置することで発生する外部磁界によりアークを引き延ばし壁に当接させた際の遮断時のアーク長とアーク電圧との関係を検討する。実験は壁間距離を3条件で変化させた時のアーク過渡現象を計測した。アークを壁に当接させた際のアーク長とアーク電圧の関係を図10に示す。壁なしの測定結果は各壁間距離の設定においてアークが壁に当接されるまでのアーク長とアーク電圧を測定した際の実験結果となる。図10に示したようにアークを壁に当接させることで、壁なし時に比べて短いアーク長でアーク電圧を確保できることが確認された。また、壁間距離を小さくしていくことで、より短いアーク長でアーク電圧を確保できることが確認された。

図10 アークを壁に当接させた際のアーク長とアーク電圧の関係
図10 アークを壁に当接させた際のアーク長とアーク電圧の関係

図11に壁間距離を変化させた際の係数geの傾向を示す。図11は実験時の壁間距離最小値を1、その時の各係数値を1として正規化したグラフとなる。

図11 壁間距離を変化させた際の係数g、eの傾向
図11 壁間距離を変化させた際の係数g、eの傾向

図11に示したように、壁間距離が大きくなるにつれて係数eは減少、係数gは増大していくことから、係数egはそれぞれ式(8)、式(9)で表すことができる。

e=jd2+md+n※d>0
(8)
g=od2+pd+q※d>0
(9)

d:壁間距離(mm) j,k, m, n, o, p:係数 

式(8)及び式(9)を式(5)、式(6)に代入するとそれぞれ式(10)、式(11)で表される。外部磁界を加えアークを壁に当接させた際のアーク長とアーク電圧との関係は式(4)、式(10)及び式(11)により算出される。

K=(jd2+md+n)Bf+K0
(10)
α=(od2+pd+q)Bh+α0
(11)

また、表1に各係数の意味合いを示す。

表1 各係数の意味合い
係数 意味
K 負荷電流がアーク長に与える感度を示す係数
j 係数Kを構成する係数
壁間距離(d)及び磁束密度(B)の感度を表す
m
n
f
α 負荷電圧がアーク長に与える影響を示す係数
o 係数αを構成する係数
壁間距離(d)及び磁束密度(B)の感度を表す
p
q
h
b 負荷電流がアーク長に与える影響を示す係数

同一負荷時において、式(4)、式(10)及び式(11)の磁束密度を一定とし、壁間距離を変更した際の係数Kαの例を表2に示す。

表2 壁間距離を変更させた際の係数Kαの例
磁束密度 一定値
壁間距離
※1
壁なし
K 0.9 0.6 0.3 1.4×10-3
α 0.2 0.3 0.5 1.6

※1壁間距離の大きさは、①<②<③である。

表2に示したように壁を使用することで、係数Kは壁なし時の値より大きくなり、係数αは小さくなっている。

これは、閉空間においてアークが壁に当接される際の遮断に必要なアーク長は、アーク電圧の影響が小さくなり負荷電流の影響度が大きくなることを示している。

図10にも示したように、壁間距離を近づけると同アーク長に対するアーク電圧が上昇していることからも、閉空間においてアークを樹脂壁に当接させる状態においては、壁間距離の設計が重要であることが確認された。

4. むすび

近年システム高電圧化に伴い負荷電圧110Vまでの実験結果より算出された実験式(1)を用いて遮断に必要なアーク長を算出することが難しくなっていた。そこで本検討では直流電圧を対象に実験式(1)を①高電圧領域まで拡張し、②外部磁界を作用させた際の影響を考慮し③閉空間においてアークを壁に当接させた際のアーク長とアーク電圧との関係式構築を試みた。追加したパラメータは、アークを駆動させる磁束密度とアークを樹脂に当接させる際の壁間距離となる。負荷電圧の適用範囲はアークを壁に当接させない際は200V、壁に当接させる際は800Vまでとなる。今回導出した式を用いることで、閉空間におけるアーク遮断に必要なアーク長の算出ができ、適切なアーク長での遮断性能設計を実現することが可能となった。

本稿では、アークが当接される壁材料を1種類に限定して検討を行ったが、アークが当接させる壁材料により消弧性能が変わることは参考文献でも示されている4,5)ことから、今後は壁材料を変更した際のアーク長とアーク電圧との関係性についても定式化を進め、リレーサイズの最適化まで含めた設計を行えるように取り組んでいく。

これらの取り組みを進めていき、高電圧領域におけるアークを安全かつ安定して遮断するために最適化されたリレー商品開発を行えるようすることで、再生可能エネルギー社会の実現に向けて貢献していく所存である。

参考文献

1)
森地高大,濱開,井戸田修一,田代真一,田中学,Anthony Bruce MURPHY. アーク遮断現象を定量化するシミュレーション技術.OMRON TECHNICS. 2019, Vol. 52, p.99-104.
2)
森口裕亮、榎本英樹、山本律、福田純久、尾崎良介、池田陽司.EV・HEV 用大電流メインリレーの小型化技.Panasonic Technical Journal. May 2015, Vol.61, No.1, p.72-76.
3)
佐藤充典,土方政行,森本一郎.電気接点の大気中における開離アークについて.日本金属学会誌.1972,Vol.36, p.238-247.
4)
恩地俊行,田中康規,上杉喜彦. 高分子材料から発生するアブレーションガスが電流減衰過程のアーク特性に与える影響.電気学会論文誌B.Vol.131, No.7, p.609-620.
5)
岡崎大甫,野田将之.アーク磁気吹き消し機構における消弧性樹脂材料の性能評価.信学技報.2017, Vol.116, p.59-63.

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