小型熱式フローセンサによる3成分ガス中の酸素濃度測定技術の開発

中川 慎也 NAKAGAWA Shinya
事業開発本部 MEMS 開発生産センタ
技術開発部
専門:電気電子工学
所属学会:電気学会

慢性閉塞性肺疾患(COPD)による死亡者数が年々増加しており,この症状で低下した呼吸機能をサポートするための医療機器として酸素濃縮器の需要が今後増えてくると予想される。これは,空気中の酸素を濃縮して患者に供給するというもので,安定供給のため濃縮ガスの酸素濃度をモニターする必要がある。そこで弊社の開発したMEMS の熱式フローセンサを酸素濃度の測定に応用するための開発を進めている。一般的に,熱式センサはガスの熱伝導率から組成を判別するもので,小型で低コストという利点がある。ただし,酸素濃縮ガスは酸素,窒素,アルゴンの3成分からなるため従来の熱式センサの原理では酸素濃度を測定できない。そこで,2つの異なる温度でのガスの熱伝導率2 値から3 成分ガス中の酸素濃度を算出する独自のアルゴリズムを開発したので当論文で報告する。

1.まえがき

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は,肺が長期間有害物質に晒され,持続的な炎症を起こして呼吸機能が低下した症状で,ほとんどが喫煙により引き起こされるものである。喫煙率は年々低下しているが50年前の喫煙率は男性で80%程度であり,その世代が高齢化している現在,COPDによる死亡者数は増加している1)。ガイドライン記載のCOPDへの対処は呼吸機能の低下を補うための高濃度酸素の吸引が有効であり2),この目的で大気から酸素を濃縮して供給する酸素濃縮器が用いられている。これまでの大型で室内に設置するタイプのものは,患者の行動範囲が制限されてしまうという問題があったが,近年の患者の QOL(Quality Of Life)の向上が重視される背景から,今後は小型で軽いポータブルタイプの酸素濃縮器の需要が増えてくると予想される2)。そこで,サイズ要求の厳しい,これら製品のガス流量と酸素濃度を管理するためのセンサとして小型化が可能なMEMS(Micro Electro Mechanical Systems) チップを使った熱式フローセンサを応用することを提案している。技術の新規性としては,センサのガス種判別機能を応用して酸素,窒素,アルゴンの3成分ガス中の酸素濃度を測定するという点があり,当論文ではこの手法について説明する。

2. MEMS 熱式フローセンサの動作原理

2.1 センサチップ構造と原理

図1はMEMSフローセンサチップの外観で,サイズは1.55×1.55×厚さ0.4mmである。これについて先ずは構造と原理について説明する。

図1 センサチップ外観
図1 センサチップ外観

図2は図1破線での断面構造及び気流による熱分布の変化を示したものである。チップの構成要素は,断熱のための薄膜メンブレンと支持部,中央のヒータ及び,ヒータと支持部との温度差を検知するサーモパイルである。

図2 センサチップ断面図と気流による熱分布変化
図2 センサチップ断面図と気流による熱分布変化

図2に示すようにセンサチップ表面でサーモパイルに平行な気流が生じるとヒータ熱がこれにより風下側にシフトし,風上側と風下側のサーモパイルの温度差が変化し,起電力差が生じる。この起電力差は気流の強さに応じて変化するためガスの流量を捉えることが可能となる。

2.2 ガス種判別による流量補正原理

ガス種の判別はガスの熱的性質を利用するものなので,ここではフローセンサの原理を熱設計の視点から説明する。図3は図2の構造の熱等価回路を示したものである。

図3 センサの熱等価回路
図3 センサの熱等価回路

各記号は以下のように対応している(括弧内は単位)。

  • : ヒータの発熱量
  • : 気流による熱抵抗変動係数(0≦f<1)
  • : ヒータとサーモパイル間の熱抵抗
  • : サーモパイルの熱抵抗
  • : ガスの熱抵抗
  • : サーモパイル両端温度差(風下)
  • : サーモパイル両端温度差(風上)

図3の気流により変化する係数fRsのみに掛かるのは熱のシフトする範囲がヒータとサーモパイル間に留まるためである。熱等価回路は電気回路と同様に扱えるので,キルヒホッフの法則を用いればfとサーモパイル出力Ta, Tbとの関係が得られる。先ずヒータの風下側(図3 の右半分)の熱経路の総熱抵抗をRa,風上側(図3の左半分)のそれをRbとするとそれぞれ以下の式が成立する。

Ra=Rg+Rt/RgRt+(1-f)Rs
(1)
Rb=Rg+Rt/RgRt+(1-f)Rs
(2)

風下側経路を流れる熱流束Qaは式(3)で,Taは式(4)で表される。

Qa=Ra+Rb/RbQ
(3)
Ta=Rg+Rt/RgRtQa
(4)

式(1)式(2)式(3)を式(4)に代入し整理すると風下サーモパイル出力Tafの関係式(5)が,同様に風上側についても式(6)が導出できる。

風下サーモパイルの式

Ta=QRt+Rg/RtRg(2/1+Rs(Rt+Rg)/2RtRg+2/f)
(5)

風上サーモパイルの式

Tb=QRt+Rg/RtRg(2/1-Rs(Rt+Rg)/2RtRg+2/f)
(6)

実際のサーモパイル出力Ta, Tbには温度オフセットノイズが含まれており誤差要因となる。これを取り除くために以下のように風下出力と風上出力を差し引いて精度を向上させている。

Ta-Tb=Rs/1+Rg/1+Rt/1/fQ
(7)

ここで,Rgはガス種が不変の場合は定数として扱うことができるが,ガス種が変わってRgが変化する場合は別途これを求める必要がある。このため,フローセンサでは図4のように気流の方向に対してサーモパイルが垂直の向きになるように90°回転して実装された2個目のセンサチップを設けており,これをガス種の判別に使っている。

図4 流量検知チップとガス種判別チップ
図4 流量検知チップとガス種判別チップ

ガス種判別チップは式(5)のfが常に0であるため,これを変形した式(8)を使って,出力Ta′からRgを求めることができる。

Rg=QRt-2Ta'/2Ta'Rt
(8)

これを式(7)に入れて得られた式(9)によりfを求めることができる。

f=(Ta-Tb)(QRs/1+2Ta'/1)
(9)

fと流量の関係をキャリブレーションであらかじめ把握しておけば流量を求めることができる。以上がフローセンサで流量を求める原理である。酸素濃縮器用フローセンサはガス種判別チップの,ガスの熱抵抗を求める仕組みを酸素濃度の測定に応用するものである。

3.MEMS熱式フローセンサの優位性

熱式センサの利点として比較的安価で特にMEMS式は小型化ができる。また,流量測定の機能も持っているため非常に付加価値が高いと言える。表1に代表的な酸素濃度センサの比較を示す。目標精度についてはジルコニア式に劣るが,酸素濃縮器用としては規格を満足している。

表1 酸素濃度センサ比較

図5の(a)は試作した,筐体込みの酸素濃縮器用フローセンサの外観であり,サイズはL=50mm/W=18 mm/H=20mmである(継ぎ手除く)。この中にセンサチップが2つ内蔵されている。(b)は超音波方式の酸素濃度センサのイメージで原理上長さは約倍となっている。

図5 試作のO2 フローセンサと超音波式センサ概略図
図5 試作のO2フローセンサと超音波式センサ概略図

4.熱式センサの酸素濃度測定への応用

4.1 酸素濃縮器の仕組み

酸素濃縮器のブロックダイアグラムを図6に示す。仕組みは空気をコンプレッサーで加圧し,窒素を選択的に吸着するフィルターであるSieve bedに送り込むことで,後段から酸素濃縮ガスを患者に供給するようになっている。

図6 酸素濃縮器ブロックダイアグラム
図6 酸素濃縮器ブロックダイアグラム

Sieve bedは継時的に窒素吸着率が低下するため長期間使い続けると窒素の混入割合が増えることで濃縮ガス中の酸素濃度が下がり,あるタイミングで交換が必要となる。酸素濃度センサは濃縮ガス中の酸素濃度の変化を捉え,適切なタイミングでのSieve bed交換を促す役割で使用される。

4.2 熱式センサによる2成分ガスの濃度測定原理

ここで,ガスの熱伝導率を測定することで,2成分ガスの濃度を測定する仕組みについて説明する。酸素濃縮器では酸素に対して窒素の混入割合が増えていくことが想定されている。23℃雰囲気の場合,酸素の熱伝導率は0.0265W/(mK)で窒素は0.026W/(mK)であり両者は異なる。従ってある割合でN2 が混入したガスの熱伝導率と酸素濃度は対応関係があり,これによりガスの熱伝導率が測定できれば,酸素濃度を求めることが可能である。しかし,実際の濃縮ガスは酸素,窒素の2成分では無く,微量のアルゴンを含む3成分である。3成分のガスの割合がそれぞれ変化する場合はこの手法では酸素濃度を測定できない。そこで,これを可能にするアルゴリズムを新たに考案した。先ずは酸素濃縮ガスにアルゴンが混入する影響について説明する。

5.酸素濃縮ガスへのアルゴン混入の影響

一般に空気の成分は窒素78%,酸素21%,アルゴン1%とされている。酸素濃縮器はSieve bed内の吸着剤で,ここから窒素を選択的に吸着して酸素を濃縮する。吸着剤としては主にゼオライトが使用されており,ゼオライト格子のイオン極性とガスの4重極子モーメントの相互作用が窒素と酸素で異なることを利用して窒素を吸着している3)。この原理ではアルゴンは吸着されずほぼそのまま濃縮ガスに混入するため図7のように濃縮後のアルゴンは4.11%となる。

図7 濃縮前後のガスの組成変化
図7 濃縮前後のガスの組成変化

窒素のみが除去される場合は酸素に対するアルゴンの割合は濃縮前後で変わらず4.29%であるが,酸素もいくらかは吸着されるためこの割合は変動することがわかっている。また,空気中の水分などによりゼオライトの吸着能力が劣化することで4)窒素も混入するため濃縮ガスは3成分となる。図8は各ガスの熱伝導率で,酸素との差は窒素と比較してアルゴンは非常に大きいことがわかる。

図8 各ガスの熱伝導率
図8 各ガスの熱伝導率

従ってアルゴン割合は酸素に対して約4%と小さくともその影響を無視できない。そこで熱式センサでも3成分中の酸素濃度を算出できるアルゴリズムを開発した。

6.熱式センサの3成分ガス中酸素濃度測定技術

6.1 測定原理

3成分からなるガスの組成比と熱伝導率の関係を図9に示す。ここでxは酸素濃度であり,zは“酸素に対するアルゴンの割合”(以後単にアルゴン割合と表記する),残りの1-x(1+z)が窒素濃度である。酸素濃度と熱伝導率の相関カーブはアルゴン割合に依存して変化するので,ある組成比のガスに対して熱式センサによって熱伝導率が得られても酸素濃度を求めることはできない。図9の例として熱伝導率y1に対してアルゴン割合の候補がz1, z2, z3の三種類であれば,酸素濃度もx1, x2, x3が候補となり,一つに定まらない。

図9 3成分ガスの組成比と熱伝導率の関係
図9 3成分ガスの組成比と熱伝導率の関係

そこで,y1を取得した温度T1とは異なる温度T2で熱伝導率y2を得る。図10は両条件で取得した熱伝導率カーブの概念図である。

図10 2温度での3成分ガスの組成比と熱伝導率の関係
図10 2温度での3成分ガスの組成比と熱伝導率の関係

熱伝導率はガス組成に固有の温度特性を持つため,温度T1で得られたカーブと温度T2で得られたカーブは組成比に応じて変化が異なる。従ってy1y2で共通の酸素濃度を求めるとx2であると特定できる。因みにアルゴン割合もz2と特定されるためアルゴン濃度はx2×z2となり残りが窒素濃度になるため原理的には3成分の組成比がわかる。

6.2 算出アルゴリズム

実際にはアルゴン割合zはランダムな値を取りうるため,これを求めるアルゴリズムについて説明する。混合ガスの酸素濃度をx,熱伝導率をyとする。温度T1で熱伝導率y1が,温度T2y2が得られたとする。酸素濃度と熱伝導率の関係は2次式で表されるので,係数の異なる2式が得られる。

y1=a1x2+b1x+c1
(10)
y2=a2x2+b2x+c2
(11)

ここで,c1c2は,酸素0%のとき即ち純窒素の温度T1及びT2の時の熱伝導率であり既知である。従って式(10)と式(11)で未知数はx, a1, b1, a2, b2の5 個となる。ここで,anbnはアルゴン割合zの関数fan(z), fbn(z)でありキャリブレーションであらかじめこれを求めておけば未知数はxzの2個となるので上記2式の連立からこれらを求めることができる。因みに酸素,窒素,アルゴンの3成分系において,anzに依存しない定数で,fbn(z)zの1次関数となった。実際の使い方としてはキャリブレーションで求めた関数のパラメータをマイコン等に記憶させておき,ヒータ出力を変えることで温度を変更して熱伝導率2値を取得すれば良い。現時点でのセンサ感度では関数のパラメータの必要有効桁数は4桁であり,マイコンの記憶容量に対して問題は無い。図11に算出フローチャートを示す。

図11 組成比算出フローチャート
図11 組成比算出フローチャート

6.3 3成分ガス中の酸素濃度測定実験

以上のアルゴリズムにより実際に3成分ガス中の酸素濃度が測定できるかを実験で確認した。図12は評価装置のブロックダイアグラムである。

図12 評価系ブロックダイアグラム
図12 評価系ブロックダイアグラム

酸素,窒素,アルゴンの配管を結合し,マスフローコントローラ(MFC)で各ガスの流量比を変えることで3成分ガスの組成比を変化させた。このガスをセンサチップを入れたデシケータに導入し,後段の酸素濃度計をリファレンスとして測定結果と比較した。以下に実験プロトコルを示す。

サンプル:セラミックパッケージ実装センサチップ
サンプル測定個数:1
環境温度:25℃
測定ガス組成:酸素,窒素,アルゴンの3ガスで,酸素に対するアルゴン割合を4%,5%,6%,7%の4水準とし,各水準において酸素濃度を最大値~0%まで振った。表2はアルゴン割合4%の例で,アルゴン濃度は酸素濃度に応じて変化するがアルゴン割合は4%で一定である。

表2 アルゴン割合4%の測定ガス組成
No. O2% Ar% N2%
1 96.15% 3.85% 0%
2 94% 3.76% 2.24%
3 92% 3.68% 4.32%
4 90% 3.6% 6.4%
5 85% 3.4% 11.6%
6 82% 3.28% 14.72%
7 80% 3.2% 16.8%
8 78% 3.12% 18.88%
9 75% 3% 22%
10 70% 2.8% 27.2%
11 50% 2% 48%
12 0% 0% 100%

ガス流量:10 l/min
ガス濃度安定時間:2 分
ヒータ発熱温度 : 135℃ ,78℃
出力取得回数:1 条件50 ポイント
リファレンス酸素濃度計精度:±0.1%

6.4 評価結果

図13はアルゴン割合を4%~7%まで変化させて取得したデータに対して,先ずは従来の2成分方式で算出した酸素濃度の誤差である。具体的にはアルゴン割合4%の”アルゴン酸素”と“窒素”の2成分ガスとみなして算出した。

図13 2成分ガスと仮定した酸素濃度算出誤差
図13 2成分ガスと仮定した酸素濃度算出誤差

この方法ではアルゴン割合が1%異なると酸素濃度は最大20%近いずれを生じ,アルゴン割合7%では誤差が50%程度にもなる。これは“アルゴン酸素”の成分は不変でガスの熱伝導率は専ら窒素との混合比によって変化するという2成分系の前提に反して,アルゴン割合の変化により“アルゴン酸素”自体の熱伝導率も変化してしまっているためである。対して,3成分ガス中酸素濃度算出アルゴリズムにより求めた酸素濃度の誤差を図14 に示す。

図14 3成分ガス中の酸素濃度算出誤差
図14 3成分ガス中の酸素濃度算出誤差

このアルゴリズムを適用すると誤差は+2%/-3%に留まる。以上のように評価系にて作り出した3成分ガスに対する実際のセンサ出力からアルゴリズムを使って+2%/-3%の精度で酸素濃度を算出することができた。
なお,当技術は特許出願中である(特願2019-152361)

7. むすび

酸素濃縮器の酸素濃度モニターにおいて,サイズやコストで優位な熱式センサを使えばユーザビリティの向上に大きく貢献できるが,測定するガスが3 成分であるためこれまで実現されていなかった。今回考案したアルゴリズムはこれを可能とする技術であり,これに加えてMEMS技術を使うことにより従来のセンサの約半分のサイズを低コストで達成できる見込みができた。酸素濃縮器の小型化はCOPD患者のQOLの向上につながり,センサの小型化はこれに貢献するものである。現在開発中のセンサは感度に課題があるため,実用化に向けて高感度化に取り組み中である。

参考文献

1)
一般社団法人GOLD 日本委員会.“COPD 情報サイト”.http://www.gold-jac.jp/copd_facts_in_japan/,(参照2019-01-17).
2)
小松茂.在宅酸素療法の現状と将来.Medical Gases.2012,Vol.14, No.1, p.99-103.
3)
吉田智,平野茂,中野雅雄.イオン交換LSX型ゼオライトの窒素及び酸素吸着特性.化学工学論文集.2004, Vol.30, No.4,p.461-467.
4)
高坂彬夫,松田良弘.板谷産ゼオライトの窒素選択吸着による富酸素空気の製造.材料.Vol.28, No.312, p.12-15.

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