工場の自動化とエネルギーマネジメントの連携に向けて
技術は、「あんなことを実現したい」という願望を特定の機能として現実化する「機械」を創りエネルギーを注ぐことで、特定の機能を人が実行するのではなく外部化し、容量・能力を拡張することが可能になる。独立した一つの要素だけでは実現出来ない機能であっても、複数の要素が協調することで実現できる。独立した要素同士がコミュニケーションを取ることでシステムとして大きな効能を発揮する仕組みを、ホモサピエンスは既に「社会システム」として取り込んでいると観ることも出来よう。人工システム同士が通信する場合には慎重にデータ定義する必要がある。ところが人同士であれば、五感を通じて互いに相手の「心」を推測し合いながらセマンティクス上の不一致を補正し、意思疎通を図る事が可能だ。しかし、このような機能を実装した人工システム同士理解しあうシステムの実装はまだない。面白そうだ。
Buckminster Fullerは、食料として体内に摂取するエネルギー量を基準に、1人あたりのエネルギー消費量をenergy slaveという単位で表現した。日本や欧州の平均は、40~50 energy slaveであり、米国は、80 energy slave以上になる。他の生物はすべて1 energy slaveで生きているが、人はその数十倍のエネルギー資源を消費する存在なのである。この社会を持続可能にするためには、持続性の高いエネルギー資源の利用が前提となる。いつか枯渇すると騒がれた化石資源を掘り尽くす前に、大気中の温室効果ガス(GHG)濃度の上昇による気候変動がもたらす負のインパクトがあまりに大きいことが認知され、GHG管理の必要性が前面に出てきた。
エネルギーマネジメントの仕組みを脱炭素化に結びつけるためにはどうすれば良いのだろうか?国際標準ISO50001シリーズでは、エネルギーパフォーマンスを継続的に改善する組織の活動として、エネルギーマネジメント(EnMS)活動を規定している。この継続的に改善する活動は、よく知られたPDCAサイクルとして説明されている。それぞれの活動はPDCAの順にPlanning、Support andoperation、Performance evaluation、Improvementである。工場であれば、工場内でのエネルギーパフォーマンスを継続的に改善するための活動が対象であり、工場から出荷された製品をエンドユーザがどのように使用するかはスコープ外としている。しかし、GHGプロトコルのScope 3のひとつであるエンドユーザの製品利用にともなうGHG排出量を重視する生産最適化の考え方もあろう。そうなれば、工場内の部分的な狭い領域を評価すべき境界領域とするのではなく、製品のライフサイクル全体にわたるGHG排出量の総計を重視する生産最適化も視野に入る。EnPI(EnergyPerformance Indicator)とは、エネルギーパフォーマンスの変化を識別するためのKPI(Key Performance Indicator)であり、この変化を検知し、何らかの改善を実行することで、継続的にシステム全体のエネルギーパフォーマンスを維持、向上させる。この変化の基準を、エネルギーベースライン(EnB)と呼び、一般的には初期状態におけるEnPIの値とする。エネルギーパフォーマンスの結果は、例えばエネルギー消費原単位、使用量、ピーク使用量、無次元化した比あるいは効率で示すことが多い。ところで、「効率」の概念には、異なる2つの考え方があることをご存じであろうか。ひとつは、熱効率に代表されるように、系に投入したエネルギーに対して、出力された有用な形態のエネルギーとの比とするもの。出力を得るのに、どの程度のコストを掛けたのかが重要な場合がこれである。もう一つは、エクセルギー効率や、タービンの断熱効率に代表されるように、理想的なエネルギー変化過程(断熱過程、生成エントロピーがゼロとなる等エントロピー過程)を基準にして、実際の変化の比をとるもの。これは、理想的な過程が容易に定義でき定量化できる場合には有効で、現実と理想とのギャップを示してくれるので、その効率を上げる余地がどの程度かを示す意味で、より本質的ともいえる。
産業用設備のエネルギーマネジメントシステムとして日本が提案し成立した国際標準規格として、筆者も提案作業に関わったIEC 63376:2023がある。これはいわゆるFEMSと略記され、工場用エネルギーマネジメントシステムの基本要件と情報モデルを規定したものであり、実装されている機能要件によってレベル分けができるよう工夫されている。工場用エネルギーマネジメントシステムの基本的な要求事項を定義しており、基本機能を4つのカテゴリーに区分している。Monitoring、Analysis、Optimization、そして、Instructionである。これらは、外界をセンシングし、分析することで現状を認識し、次の一手を決めるべく最適解を導出し、外部にある他のシステムにその結果を出力する手続きであり、継続的に実行することで、目的であるエネルギーマネジメントを実現する。FEMSはIEC/ISO 62264に規定されているISA-95モデルのレベル3に配置される。すなわち、レベル4のビジネスロジックを扱うERP(EnterpriseResource Planning)の下位に設置され、工場内のエネルギーマネジメントの機能を自動化するシステムを対象としている。現在、最適化目的をエネルギーパフォーマンスの向上だけではなく、GHG発生量の最小化とする場合にも適用できるような仕組みへの拡張が要請されている。また、より広い境界領域へと最適化対象領域を拡張するために、複数のFEMSが連携するための基本要件を定義する活動は、オムロンと早稲田大学とが協力して、内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)における第3期課題「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」研究の一つとして実施している。
エネルギー利用に伴い発生するGHG排出量を最適化しようと考える場合に立ちはだかる本質的な問題の一つが、対象を物理的に計測するだけではわからない履歴情報の扱いである。例えば系統の電力も刻一刻と電源種の寄与率が変化しているため、厳密に言えば時刻毎にCO2排出係数が変化する。しかし、電力メータで物理量としての電力を計測するだけではその時刻におけるCO2排出係数、Scope2としてのGHG排出量がわからない。受入時の計測とは別にデータを共有する仕組みで履歴情報を取得しなければならない。しかも、異なる履歴をもつエネルギー資源を一箇所に貯蔵し、これを再度出力する場合、一旦混ざったモノはどの程度の時間的・空間的粒度まで区分すべきなのであろうか?これは、各種の燃料のCO2排出係数においても同様である。化学的に全く同じ組成の燃料であっても、製造プロセスでどの程度のGHGが排出されてきたのかによって、「色分け」される。いろいろな「色」の燃料を混ぜたとき、どんな「色」になると合意できるのであろうか?このような情報と、エネルギー資源(実体)との対応付けの仕組みは、社会システムとして構築されなければ、個々の努力だけでは、理想的なカーボンニュートラル社会に向けた行動指針が立てられない。エネルギーが生成端から、輸送され、利用の現場に至るまで、適切な時間・空間粒度でデータと対応づけできるシステムを構築し、共有することが、この脱炭素社会構築というグローバル課題解決の必要条件であろう。
コモンセンスを共有することで、社会は成り立っている。複数のFEMSが協調するためのコモンセンスは何だろうか?新しいエネルギーシステムを本質的に歪んだシステムとしないために、自然界、そして人と社会の現在の有り様をよく観察し、人を含む自然界と人工システムの親和性を意識した協調的な仕組みを構築したい。
早稲田大学 理工学術院 教授
天野 嘉春