FaaSによるファクトリートランスフォーメーション(FX)
産業革命当初、Factory Automation(FA)は、人間の作業の置き換えからスタートした。その後、エレクトロニクスの進展により、FAは人よりも高速でかつ高品質になる。近年はもはやFAなしには製品は作れない。
ただし、数多くのエンジニアリングがひとつの生産ラインに投入されるため、一般にFAは高価である。生産ラインを立ち上げた後も、高速で高品質を維持するためのエンジニアリングは欠かせない。旧来はこの問題を、ボリュームで解決した。数多く作ることで一個当たりの費用を抑える。しかしVUCA時代といわれる不確実性の高まりの中で、こうした方法にも限界がでてきた。
デバイス、自動機、そして生産ラインという階層で考えた場合、一般に生産ラインは、生産するモノが分からなければ設計できない。ならば、生産するモノが分かってから、設計し設置し安定稼働するまでの期間を短縮し、同時に費用を抑えればよい。さまざまなエンジニアリングをユニット化しパッケージ化しておき、必要に応じてブロックのように組み替えるというアプローチである。
ここで、人と機械の共生、共進化がクローズアップされる。なぜなら、変化が見通せない環境においては、結局のところ“人”が、現場目線で総合的に状況を判断し、その都度それぞれの状況に対応してブロックを組み替える必要があるからである。
ただし、こうした汎用化、フレキシブル化とは異なるアプローチ、すなわち逆に専門に特化し密結合した生産技術のアプローチも同じくらい重要である。前者はマーケットに生産ラインを適合させるのに対して、後者は生産ラインにマーケットを同期させる。
これは、いわゆるプロダクトアウトの発想ではなく、シェアリングの発想として位置付けることができる。すなわち、生産ラインをひとつの企業が占有するのではなく、複数の企業がもつマーケットの変動に応じて時分割的に共同利用するという考え方である。今風に言えば、工場をサービスとして提供するFaaS(Factory as a Service)となろうか。
もちろん、生産技術の専門家からは、そんな生易しい問題ではない、とお叱りを受けるだろう。また、都合よく次の借主が現れる保証はなく、グローバル規模のファクトリーマーケットの整備も必要となるだろう。しかし、視点を30年後に移せば、そのようなハードルはなくなっているはずだ。製造業のサービス化といわれる流れの中で、むしろFaaSになっていない理由をさがすことのほうが難しい。
200社以上の企業が所属するインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)では、“つながるものづくり”を基本コンセプトとして、FA技術の新たな展開について議論するとともに、毎年15~20件の実証実験を、企業の垣根を越えたメンバーによって実施している。そこであらためて感じるのは、競争と協調のバランスの大きなトレンド変化である。
いうまでもなく、競争は技術を進歩させ人々の暮らしを豊かにしてきた。しかし近年、格差の拡大やカーボンニュートラルへの対応など、競争という軸だけでは解決できない課題が増えている。国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)は、競争によって解決するテーマもあるが、むしろ過度な競争による弊害を喚起する内容でもある。
FaaSの前提となっているシェアリングの発想は、こうした観点からも、あらたな時代の流れであるといってもよい。そこでは競争と協調のバランスを保ちつつ、健全で持続可能な成長と進化を可能とする具体的な方法論や行動指針が求められる。FAはこうした新たな時代の要請にどう向き合うべきなのか。
まずは、FAを必要とする地域は地球上にあらゆるところに存在するという現実からスタートしたい。そうした地域のさまざまなニーズに答えるインクルーシブでユニバーサルなデザインとする必要がある。そして、さまざまな国や地域のFAの現場が自律的に機能するために、あらゆるステークホルダーを巻き込んだプラットフォームが必要となる。そして、そうした事業がしっかりとした収益につながるようなビジネスモデルとエコシステムのデザインが欠かせない。
シェアリング可能なFAは、必然的に継続的なモニタリングが必要となり、世代を超えたハードウェア、ソフトウェアのデリバリー体制が求められる。これを社会インフラとして協調的なしくみのなかで構築し、FA企業がシェアリングサービスとしてFXを仕掛けるというのが、まずは2030年へ向けたひとつのシナリオだろう。
すでに自動車では、CASEすなわちコネクテッド(つながる化)、オートノマス(自律化)、シェアリング(共有化)、そしてエレクトリック(電動化)が猛烈な勢いで現実のものとなっている。電動化を、カーボンニュートラルに置き換えれば、そのまま自動車を“工場”に置き換えることができるのだ。FAを起点とするファクトリートランスフォーメーション(FX)によるわくわくする未来の始まりである。
一般社団法人 インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ 理事長
兼 法政大学デザイン工学部 教授
西岡 靖之