PRINT

人とロボットが近づく未来を目指して

ロボットは、人々の暮らしを支える製品製造の裏方から、人々に直接サービスを提供する領域にも進展する時代になってきたので目にする機会も増えましたが、まだまだ身近にその姿を多く見かける状態ではありません。

ロボットの歴史には諸説ありますが、古くは12世紀頃のフランスのパリを中心に「オートマタ」という機械仕掛けで動く人形が作られた時期までさかのぼり、800年以上の歴史になります。産業用ロボットは、1961年に開発されたアメリカのユニメーション社の「ユニメート」、同じくアメリカのAMF社の「バーサトラン」が世界で初めて実用化された産業ロボットとされており、その歴史は半世紀以上になります(1)

誕生から、既に多くの時間が経過した過程で、様々な研究によってロボットを構成する機構、アクチュエータ、制御装置、安全の為のセンシング、音声認識、画像認識、自己位置推定などの技術は進化を続け、性能や機能面は大きく進化したと言えます。

ロボットが作業する際の“人とロボットの距離”に着目してみますと、黎明期のロボットは柵によって隔てられた位置に存在し、意思疎通、すなわち相互関係の成り立ちが無いところで稼働する存在でしたが、近年はロボットとの距離を縮める研究が盛んになされており、人と共存(coexistence)する、人と協調(collaborate)する事を目指す多くの技術が開発されています。共存は、ロボットと人が同じモノを作るために作業を分担で行うイメージで、モノには別々に触れる距離感になります。協調は、同じモノに一緒に触れて互いに協力し合って何かを作るイメージで、既に協調ロボットと言われる、人に対する安全性を高めたロボットが製造現場で稼働する事例が見られるようになりました。

しかし、まだ人と人の間に入り込んで活用されている度合いは限られており、活用したいと望むところに気軽に入り込めていない状況と言えます。オムロンの企業哲学である、『機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである』の状態にはなっておらず、ロボットをもっと人に近づけるためにはロボットを受け入れるための敷居を下げなければなりません。

我々、オムロンのロボット開発チームは、より理想に踏み込んで「人とロボットがお互いに共進化(coevolution)することを実現する」という目標を追っています。

共進化の意味は、生物が他の生物に適応していく過程で、両方の生物がお互いに進化しあうことです。お互いに進化し合うには、相互作用が必要で、人とロボットの間においては、ロボットは人の役に立つ機能・性能だけでなく、人との心理的距離を近づけ、ロボットを異物と感じさせないエモーションの繋がりが必須になると思います。

そのために世の中の進化が著しい技術で知られる人工知能(AI)、高速データ処理、高速通信(5Gなど)の技術に、我々の蓄積したセンシング(人を観察する)技術とコントロール(動くモノを制御する)技術を掛け合わせ、機能・性能向上はもちろん、エモーションも相互理解し合う状態の実現を目指します。

いろいろな電子機器の性能が向上し、AIが発達して人に取って代わる仕事が増えてくると言われますが、人の心を動かしたり心を整えたりする事に関係する仕事、例えばソーシャルワーカー、訓練士(視覚など)、医師、看護師、振付師、小学校の教師、心理カウンセラー、聖職者、経営者などはロボットや機械で置き換わる事が難しいと言われています。人の気持ちや心に繋がる仕事を担うには、“心”が必要です。ロボットに心を持たせるのは高いハードルですが、人の心に接する心遣いが出来るロボットを創造するチャレンジをしたいと考えています。効率重視で稼働する、無骨で脅威を受ける姿や、何をしようとしているかわからない状態のロボットと働くより、気の置けない心遣いが出来るロボットの方が、人に受け入れてもらえるはずだと思うからです。

「心遣い」には「思いやり」と「配慮」のニュアンスが含まれます。心遣いが出来るためには相手となる人を良く見て理解(センシング×AI)する事が基本で、その情報から行動(Control)するためには人の意図にシンクロし、やわらかく動く必要があります。単に法制上の安全担保だけではなく、人が恐怖を感じないロボットにしなければなりません。

世界的に、日本人の心遣いやおもてなしは非常に有名です。茶道に由来する「一期一会」の考えに基づくおもてなしのエピソードは多数あります。身近なちょっとした心遣いの例ですが、狭い通路で雨傘を差して人とすれ違う時には相手を見て傘を傾げ、それを見た相手も反対に傘を傾げスムースに通れるようにする仕草を自然に見かけます。モノの運搬などで自ら移動するロボットには、このような心遣いの動作を導入したいと考えています。

もう一つロボットに重要なエッセンスとして、ロボットへの動作教示方法の研究を重視しています。パーソナルコンピュータの言語やロボット専用言語で動作するプログラムを作る事から脱却し、友達に用事を頼む感覚で、特別な変換の必要ない教示方法をとることができるようにすることが、気軽に接するには必須と考えるからです。

我々は、オムロンの持つ「Sensing & Control + Think」技術を生かして、「人が中心」をコンセプトに気の置けないロボットを開発して世の中にもっとロボットが受け入れられ、人と共進化する状態を実現したいと望んで研究を加速していきます。

(1)
出典:産業用ロボット技術発展の系統化調査 - kahaku.go.jp

関根淳一写真
オムロン株式会社 技術・知財本部 副本部長
兼 ロボティクスR&D センタ長
関根 淳一