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機械学習を活用した経路計画技術

谷合 竜典TANIAI Tatsunori
オムロン サイニックエックス株式会社
リサーチアドミニストレイティブディビジョン
専門:コンピュータビジョン、3次元計測、密対応点推定
所属学会:情報処理学会、IEEE
博士(情報理工学)
米谷 竜YONETANI Ryo
オムロン サイニックエックス株式会社
リサーチアドミニストレイティブディビジョン
専門:コンピュータビジョン、機械学習
所属学会:情報処理学会、電子情報通信学会、IEEE
博士(情報学)

経路計画は、環境中において与えられたスタートからゴールまでの障害物と衝突しない経路を出力する問題であり、モバイルロボットの自律移動におけるグローバルプラニングやマニピュレータの動作計画など、様々な分野において広く取り組まれている。このような経路計画問題に対して、機械学習を活用することで性能の向上を図る取り組みが近年多く報告されている。本稿では機械学習ベースの経路計画技術についていくつかの代表的アプローチを紹介するとともに、著者らの最近の取り組みである深層学習ベースのA*探索技術(Neural A*)について詳細に解説する。

1. まえがき

経路計画(path planning, pathfinding)は人工知能分野やロボティクス分野において古くより取り組まれる基本的問題である。いま、図1aのように障害物のある環境を考える。経路計画は、この環境において与えられたスタート地点からゴール地点に至るまでの、障害物に衝突しない最短の移動経路(path)を出力する問題である。たとえばモバイルロボットや自動運転車両の自律移動といったシナリオでは、環境としてSLAM等で獲得された障害物の地図、スタート・ゴール地点としてはその地図上における自律移動体の現在・目的地を考えることになる。あるいはロボットマニピュレーションの分野では、環境としてロボットの関節の状態等で定義されるコンフィギュレーション空間、スタート・ゴール地点としてロボットの開始・目標状態が与えられることになる(このような問題はしばしば動作計画、motion planningと呼ばれ経路計画と区別される)。いずれの状況においても、経路問題を解くことによって、我々はロボットを安全かつ短時間で所望の状態に移動させることが可能となる。

図1 経路計画の例
図1 経路計画の例

経路計画技術は、環境をどのように表現するか、またその表現された環境において経路をどのように探索するかという観点で、いくつかの種類に分類することができる。たとえばモバイルロボットの経路計画においては、図1bのように環境を格子地図に離散化したうえで4近傍や8近傍のグラフとして表現し、A*探索や最良優先探索といったグラフ探索アルゴリズムによってスタート地点からゴール地点への最短経路を探索することが一例として挙げられる。ロボットの移動する環境が非常に広域である場合、あるいはロボットマニピュレーションのように環境が高次元空間である場合は、図1cのように環境中でランダムに選択された地点をつないだグラフ(ロードマップ)を構築したうえで経路計画をすることや、スタート地点からゴール地点に向かって逐次的に次の移動候補地点を選択しつつ経路計画をすることがある。いずれの場合も、環境を細かい格子地図や多数地点から構成されるロードマップで表現することによって経路計画の成功率や得られる経路長を改善することができるが、それにともなって経路計画の計算コストも増大する。すなわち、経路計画の性能とその計算コストはトレードオフの関係にある。

これに対して近年、機械学習技術を活用することによってこのトレードオフを改善する研究が活発に進められている。直感的には、経路計画の問題インスタンス(環境、スタート、ゴールの組合せ)とその解(スタートからゴールまでの経路)の組を学習データとして用意し、その関係を何らかの機械学習モデルにより学習する。これにより、新たな問題インスタンスに対して学習済みモデルを適用することで、解となる経路を効率的に計画するための手がかりを得ることができる。あるいは、典型的な経路計画技術では環境中における障害物の位置は既知である必要があるが、未知の環境に対して機械学習モデルを適用することで障害物の配置を推定し、それに基づいて経路計画を実行することもできる。本稿ではこのような機械学習を活用した経路計画に関していくつかの代表的な技術を紹介するとともに、著者らの近年の成果である深層学習ベースのA*探索について詳しく解説する。

2. 機械学習を活用した経路計画技術

前節で述べた通り、経路計画技術を分類する一つの基準として環境の表現方法がある。以下では、環境を格子地図に離散化した探索ベースの経路計画およびランダムに選択された地点をつないだロードマップを用いるサンプリングベースの経路計画について、機械学習を活用した事例を紹介する。

2.1 機械学習を活用した探索ベース経路計画

格子地図上での経路計画は、しばしばA*探索や最良優先探索が利用される。いずれのアプローチも、格子地図を4近傍や8近傍のグラフとして表現し、スタート地点からゴール地点まで最短経路を逐次的に探索する。いま、グラフをと表す。V は格子地図上の各地点を表すノードの集合であり、E は地点間で移動可能な経路を表すエッジの集合である。また、あるノードv に対して接続された近傍ノードの集合をという関数で表現する。各ノードに対しては、そのノードに移動する際に発生する非負のコストが与えられる。このような条件下でスタート地点とゴール地点がそれぞれノードとして与えられたとき、それらを結ぶ経路をと表し、コストの総和が最小となる経路を探索することを目指す。

上記の問題に対して、探索ベース経路計画は一般に以下のアルゴリズムに基づいて行われる。

Algorithm 1: Search(G , c , ,

 1:
Initialize
 2:
While do
 3:
 Select based on the criterion
 4:
 Update
 5:
 Extract
 6:
 Update
 7:
 Foreach do
 8:
      Update
 9:
 Endfor
10:
Endwhile
11:
Compute P ← Backtrack(Parent, )
12:
Return P

ここで、探索の進捗はオープンリストO とクローズドリストC と呼ばれる二種類のリストによって管理される。オープンリストには解経路の候補となるノードが蓄積され、そこからある評価値が最小となるノードが選択され(3行目)、クローズドリストに移動される(4行目)。は手法によって異なるが、たとえばA*では以下の形式で与えられる。

f(v)=g(v)+h(v)
(1)

ただし、はスタートノードからまでのコスト総和、からゴールまでのコスト総和の予測値を与えるヒューリスティック関数である。具体的には、スタートからまでの経路がとして与えられたとき、である。一方、最良優先探索では = となり、が与えるスタートノードからまでどのような経路がとられてきたかという情報を利用することなく、に基づいて貪欲にゴールまでの経路が探索されることになる。5行目では選択されたノードの周辺ノードが展開され、6行目においてオープンリストに追加される。また、この追加にともなって、探索で発見された経路の接続関係をParent関数に記憶させる(7~9行目)。その結果11行目では、ゴールノードからスタートノードまでParentが示すノードを辿る(backtrack)ことによって、最終的な経路が構築されることになる。

このような探索ベースの経路計画において、機械学習を用いたアプローチは主にヒューリスティック関数h の学習とコスト関数c の学習という2種類に大別される。たとえばChoudhuryらの手法1)では、探索時に選択されたノードについてゴールへの最短経路長を実際に計算し、からゴールまでのユークリッド距離や周囲の障害物への距離といった特徴量からを回帰するモデルを学習する。このとき、学習データとしては異なる障害物の配置からなる経路計画問題インスタンスと、その問題に対して最短経路を計算可能な経路計画アルゴリズム(たとえばダイクストラ法やA*探索)が与えられる。いったん学習が行われると、新たな問題インスタンスにおいてモデルから回帰されたヒューリスティック関数の値を利用しつつ最良優先探索をすることで、従来手法と比較してより少ない探索数で経路を発見することができる。Takahashiら2)はこの手法をさらに発展させ、手動で設計されていた特徴量の代わりに畳み込みニューラルネット(具体的にはU-Net3))を用いての回帰を行なっている。一般にこのような深層学習ベースの手法は、手動での特徴量設計と比較して性能向上につながる良い特徴量表現をデータから獲得できる利点があるが、経路計画に関する本問題に関しては、学習データの生成にあたって各問題インスタンスの全ノードについてゴールへの最短距離を計算する必要があり、計算コスト面で課題がある。

一方Vlastelicaら4)は、障害物配置が未知の環境画像からコストマップを推定するアプローチを提案している。具体的には畳み込みニューラルネットを用いて環境画像のピクセルごとにコストを出力する。そして、その出力されたコストに基づくダイクストラ法により、スタートからゴールへの最短経路を算出する。このとき学習データとして、同環境画像には人手等により真の経路が与えられている状況を考えると、モデルの出力した経路と真の経路の間で損失(ここではハミング損失)を計算することが可能になる。この損失を最小化するようにニューラルネットをブラックボックス最適化することにより、「学習データにおいて与えられた真の経路を計画するために必要なコスト関数」をニューラルネットが学習できる。このようなアプローチは経路探索にかかる計算・時間的コストを直接的に短縮するものではないが、「経路計画を実行するために必要なコストマップの獲得」というプロセスを単一のニューラルネットワークに置き換えられる点で、モバイルロボットの自律移動のような経路計画を含むパイプライン処理の一部を効率化しているとみることもできる。

Vlastelicaらのアプローチは経路計画アルゴリズムをブラックボックス関数とみなすことで、ブラックボックス最適化によるコスト関数の学習を実現している。これに対して、我々は経路計画を微分可能な形で陽に書き直すことにより、通常の誤差逆伝播を用いたコスト関数の学習を実現している。このことにより、探索の最終結果のみ活用できるVlastelicaらの手法と異なり、我々の手法は探索の各ステップにおけるノード選択結果に基づいてコスト関数を学習できる。3節ではその詳細について解説する。

2.2 機械学習を活用したサンプリングベース経路計画

サンプリングベース経路計画においては、ロードマップの構築がしばしば手続き全体を律速する。これは、より良い経路を探索するためには環境全体に対して密にサンプルをまく必要がある点、そのサンプル集合からロードマップを構築するために大量の衝突判定が必要である点に起因する。これに対して、もし与えられた問題インスタンスに対して、実際にロードマップ構築をする前に最終的な解経路を予測できれば、その経路周辺を重点的にサンプリングすることにより、より少数のサンプルを用いた効率的なロードマップ構築と経路計画が可能となる。

このような着想のもと、いくつかの研究ではロードマップ構築のためのサンプリングモデル(サンプラー)の学習法が提案されている。たとえば文献5)では条件付き変分オートエンコーダを用いて、環境の障害物レイアウトおよび経路のスタート・ゴール地点を入力として解経路周辺の地点をサンプリング可能なモデルを学習している。このとき、学習されたモデルから得られるサンプルとランダムに抽出されたサンプルを混合してロードマップを構築することで、学習データと異なる環境でモデルからのサンプリングが実際の解経路から外れる場合であっても経路計画が可能となる。ほかにも文献6)では、環境中において多様な経路が共通して通りうる地点を重要な(critical)点と定め、周囲の障害物配置から地点の重要さを推定するモデルを学習している。このようなモデルはいったん学習されると新たな環境の各地点に対する重要度を推定可能であり、推定された重要度に比例した確率で同地点をサンプリングすることで、より少数のサンプルから効率的なロードマップ構築が可能となる。

なお、上記のアプローチでは経路探索に先立ってロードマップの構築が行われるが、環境を逐次的に探索するサンプリングベース経路計画に機械学習を活用する取り組みもある。たとえばMotion Planning Networkと呼ばれる手法7)では、移動エージェントの現在位置とスタート・ゴール地点、障害物の情報を入力として、次ステップで移動すべき地点を直接出力するニューラルネットワークを学習する。そして現在位置からその地点への移動が可能であるか判定し、移動不可能であったときには既存のリプラニングアルゴリズムを用いることで経路を生成する。このようなアプローチは環境全体をカバーするロードマップを構築しないためしばしば効率的に経路計画が可能であるが、得られた経路が最適(あるいは準最適)である保証はない。これに対してNeuralEXTと呼ばれる手法8)では、次ステップでの移動先に加えて、各地点におけるゴールまでの予測経路長(2.2節におけるに対応する値)を予測するネットワークを学習する。これにより、2.2節で紹介した評価値に基づいて実際の移動先を決定し、より良い経路を探索することが可能となる。

3. Neural A*による経路計画

ここでは、著者らの近年の成果であるNeural A*9)について解説する。Neural A*は2.2節で紹介した探索ベースの経路計画に機械学習を活用するものである。先に紹介した通り、近年の機械学習を活用した経路計画の研究においては、いくつかの関心の高い問題があるが、本研究ではとくに、1)最短経路問題における探索の効率性と最適性のトレードオフの向上、および、2)障害物配置が未知の環境画像(生画像)に対する経路計画、という2つの問題に対して統一的なアプローチを提案する。

以下では、これら2種類の問題に対する提案アプローチの基本的な考え方、Neural A*の学習方法の概要、そしてNeural A*の中核となる微分可能A*の詳細について、順々に説明する。なお、2.2節で紹介した手法と同様、Neural A*は主に格子地図上での経路計画を対象とする。

3.1 ガイドマップを介した経路計画

1つ目の問題である最短経路探索について、実例を用いながらより詳しく説明したい。Neural A*はA*探索アルゴリズムをベースにその探索性能を向上させる手法であるため、まずは通常のA*探索にどのような問題があるのかを見てみる。図2aに示す経路計画の問題インスタンス(即ち、環境マップおよび開始・目標点の組)の例に対して、A*による実際の経路探索の様子を図2bに示す。図2aを人間がみれば、開始・目標点を結ぶ最短経路はおよそ一瞬で見当がつきそうである。しかし、A*探索では手前にあるポケット状の行き止まりで探索が大きく滞留していることがわかる。

図2 最短経路問題におけるA*とNeural A*の動作比較 (a)経路計画の問題インスタンスについて、(b)通常のA*探索の動作過程および、(d)Neural A*の動作過程を示す。各マップにおいて、黒は障害物、赤は開始・目標点や探索点、または探索結果を示し、緑は探索済みの領域を表す。Neural A* は問題インスタンスを(d)ガイドマップに変換して探索を行う。ガイドマップ中の白と緑は、優先的に探索すべき低コスト領域および回避すべき高コスト領域を表す。
図2 最短経路問題におけるA*とNeural A*の動作比較
(a)経路計画の問題インスタンスについて、(b)通常のA*探索の動作過程および、(d)Neural A*の動作過程を示す。各マップにおいて、黒は障害物、赤は開始・目標点や探索点、または探索結果を示し、緑は探索済みの領域を表す。Neural A* は問題インスタンスを(d)ガイドマップに変換して探索を行う。ガイドマップ中の白と緑は、優先的に探索すべき低コスト領域および回避すべき高コスト領域を表す。

2つ目の問題である生画像に対する経路計画についても、通常のA*探索が有する問題点と見ることができる。例として、図3aに示すような屋外シーン画像を環境マップとし、マップ中の2点間を結ぶ移動可能な経路の計画問題を考える。図3aの画像を人間が見れば、これが円形状の交差点であり、交差点中心部の領域は通行不可に見えるのでそこを避けた経路を思いつくだろう。実際に、ある歩行者の経路は図3bのようなものであった。しかし、通常のA*探索では、どこにそのような障害物が存在するかのラベル付けがない生画像に対して、このような経路計画を遂行することはできない。

図3 生画像に対する経路計画
図3 生画像に対する経路計画

これら2つの問題は一見異なるようであるが、本質的には、環境マップ中の行き止まりや障害物などの視覚的手がかりを探索アルゴリズムが認識・利用できていないという問題として、両者をひと括りに捉えることができる。そこでNeural A*では、それぞれの形式の問題インスタンス(図2aおよび図3a)を畳み込みニューラルネットワーク(以下、エンコーダと呼ぶ)を介してガイドマップ(guidance map)と呼ぶ中間表現(図2cおよび図3c)に変換することで、これら2つの問題に対して統一的なアプローチを可能にする。

ガイドマップは、環境マップ中の各地点v に対してガイドコストと呼ぶ移動コストを割り当てるもので、ここではノードからコストへのマッピング関数で表す。Neural A*は、このガイドマップ上でA*探索を行い、ガイドコストの総和が最小となる経路を探索する。ガイドマップの役割は、その名の通り、経路探索を各問題の目的に応じて適切に誘導することである。具体的には、障害物位置を既知とした環境マップ上での最短経路問題では、ガイドマップはマップ中の“行き止まり”や“通行路”などの視覚的手がかりを反映し、探索中どのノードを優先して探索すべきか、あるいは避けるべきかの優先順位をノードに与え、探索効率と最適性のトレードオフの改善を図る。一方、障害物位置を未知とした生画像上での経路計画問題では、ガイドマップは、通行可能な領域とそうでない領域を入力画像中の色や模様から認識し、それらを低コストおよび高コスト・ノードとして探索アルゴリズムに伝える。一度このようなガイドマップが学習されれば、どちらの問題もガイドマップ上での最短コスト経路計画問題としてA*探索によって解くことができる。

3.2 微分可能A*探索によるガイドマップのEnd-to-end学習

上述のアプローチの課題は、問題インスタンスが適切なガイドマップに変換されるように、どのようにしてエンコーダを学習するかという点である。エンコーダからのガイドマップ出力に対して直接損失を与えて学習する方法も考えられるが、どのような損失を定義すれば経路計画に対して効果的なのかは自明ではない。

この問題に対し我々は、図4に示すような、ガイドマップ変換からA*探索の実行までを包括的に扱うEnd-to-end学習アプローチをとる。即ち、A*アルゴリズムを微分可能な手続きとしてニューラルネットワーク内に組み込むことで、探索結果に対する正解経路との差(損失)の勾配が、誤差逆伝播法により、A*アルゴリズムの一連の探索ステップを介してガイドマップ、そしてエンコーダへと逆伝播可能にする。したがって学習の際には、問題インスタンスと正解経路例の組の集合からなる学習データセットを作成し、この正解経路に探索結果が近づくようエンコーダを学習する。

図4 Neural A*のネットワーク構成
図4 Neural A*のネットワーク構成

なお、学習の際の損失関数として、以下のような探索履歴マップC と正解経路マップの間の平均L1損失(図4の“Loss”参照)を用い、これを確率的勾配法により最小化する。

L=||C-P||1/|V|
(2)

ここで、探索履歴マップはA*アルゴリズムのクローズドリスト(2.2節)をマップV と同じサイズの2値行列で表現したもので、正解経路マップは正解経路上のノードを1、それ以外を0で表した正解経路行列、|V | はマップサイズを表す。正解経路として、障害物位置が既知の最短経路問題においてはダイクストラ法などにより求めた最短経路を、生画像上の経路計画問題においては人間が与えた経路例などを用いる。

この損失は、次の2種類のノード選択誤りに対してペナルティを与える。1)false-negativeエラー:本来を見つけるためにはC に含まれなければいけなかったノード。2)false-positiveエラー:と比べてC の中で余計に選択されたノード。言い換えれば、この損失は探索アルゴリズムに対し、1)なるべく得られる経路を正解のものへと近づける一方、2)より少ないノード探索で実現するよう働きかける。とくに最短経路問題の場合では、正解経路は最短経路であるため、1)なるべく最短経路に近い解を、2)より少ないノード探索で見つけるよう学習を促すことになる。これによりNeural A*は、単に探索効率のみを改善するのではなく、探索の最適性とのトレードオフを改善するように学習する。

3.3 微分可能A*の詳細

Neural A*の中核となる微分可能A*の詳細を解説する。微分可能A*は、順伝搬時においては、2.2節で述べたA*探索の手続き(即ち、Algorithm 1において評価関数にを用いたもの)を基本的に1対1の対応でそのままニューラルネットワーク上で実行し、逆伝搬時においては、一部の微分不可能な手続きの勾配を近似値で置き換えながら誤差逆伝播法を適用する。

微分可能A*では、Algorithm 1中の各変数や関数をマップと同じサイズの行列で表し、各演算を行列に対する基本的な演算の組み合わせで表現する。具体的には、開始点や目標点などの単一ノードの位置は、該当ノードで1、それ以外で0をとる2値のone-hot行列で表す。ガイドマップや累積コスト、ヒューリスティック関数などの環境ノードに対するマッピング関数は、実数行列で表す。また、クローズドリストCと同様に、オープンリストも2値行列で表す。また、入力マップは変数X で表し、最短経路問題では、は通行可ノードで1、障害物ノードで0をとる2値行列、生画像上の経路探索問題では、は実数値のカラー画像とする。各問題インスタンスは、マップX と開始点および目標点の組で表される。

Algorithm 1を微分可能な手続きとして書き直すにあたり、最も重要なステップはノード選択(Algorithm 1の3行目)である。これは評価関数f に対する離散的操作、argminを含むため微分可能ではない。この操作に対して適切な近似勾配を与えるため、評価関数=+を行列変数F = G + H で表し、ノード選択を以下の式で行う。

V*=Imax[exp(-F/τ)⦿O/<exp(-F/τ),O>]
(3)

ここで関数は、順伝搬時では行列Aの最大値要素argmax(A )を2値のone-hot行列として返し、逆伝搬時には恒等写像として振る舞うよう定義する。上式での行列A に相当する部分は、基本的に、負のコスト(-F )に対するsoftmax関数を温度パラメータτ 付きで計算するもので、オープンリスト行列O は、ノードがオープンリストから選ばれるように制限するための2値マスクとして機能する。言い換えれば、式(3)は順伝搬時には負のコストに対するマスク付きのhardmax関数として動作し、逆伝搬時には、hardmax関数があたかもsoftmax関数であったかのように動作する。これは、本来勾配が常に零になってしまう離散化された活性化関数に対して、離散関数を“ソフト化”して擬似的な勾配を与えるというHubara et al.10)によるアイディアに基づく。

選択ノードV *が求まれば、オープンリストO およびクローズドリストC の更新(4行目)は、単純な行列同士の加減算およびにより行える。なお、V *は常にone-hot行列で、1回の探索中に同じノードが複数回選択されることはないため、O およびC はアルゴリズムの実行中は常に2値行列として保たれる。

選択ノードV *の近傍を抽出する工程(5行目)も、一般的な微分可能操作の組み合わせにより、以下のような2値行列で表現できる。

Vnbr=(V*★K)⦿(1-O)⦿(1-C)⦿X
(4)

ここで、は選択ノード行列V *と固定カーネルとの2次元畳み込み演算で、その後の2値行列およびとの積は抽出ノードを限定するマスク処理とみなせる。なお、障害物位置が既知で2値行列X により表されるとき、ノード選択を通行可能領域に限定するためX をさらに乗じる。この処理は、X が生画像である場合は省略する。

その後の近傍ノードのオープンリストへの追加(6行目)も、で行える。なお、7~9行目の親子関係の記録は、損失計算に関わるC の更新には影響しないため、微分可能にする必要はない。

これらの処理を目標点が選択されるまで繰り返すと、探索完了となり、それまでに選択されたノードの履歴が2値行列C に蓄積される。C に対して3.3節で述べた損失を計算することで、その勾配を微分可能A*の入力変数であるガイドマップに逆伝搬し、エンコーダを学習することが可能になる。推論時には、通常のA*探索同様に親子関係のツリーを辿る(11行目)ことで発見された経路を出力する。

3.4 その他の実装の詳細

以上が単一問題インスタンスに対する微分可能A*の基本動作である。実際には、上記内容に加え、学習の効率化や安定化などのための実装上の工夫や詳細があるので、最後にこれらについて軽く補足する。より完全な情報については論文9)を参照されたい。

累積コストの更新 2.2節の説明およびAlgorithm 1では詳細を割愛したが、ノード選択の評価関数f が累積コストg を含む場合、g も探索中に逐次更新する必要がある。これは、基本的には毎回のノード選択後に、その近傍ノードに対する累積コストの値を、選択ノードまでの累積コストと選択ノードから近傍ノードまでの移動コストの和で更新することになる。ただし厳密には、ここでのの近傍は、初めて開かれる近傍ノードVnbr とすでにオープンリストに存在する近傍ノードに場合分けされ、後者については前回計算された累積コストと新たな経路による累積コストを比べて小さい方を選ぶといった処理が必要になる。このような処理も基本的な行列操作の組み合わせで表現可能であるが、式がやや煩雑になるのでここでは割愛する。

バッチ学習 ニューラルネットワークの学習においては、複数の入力サンプル{(,,)}に対するバッチ平均勾配を用いて学習を効率化・安定化させることが大事である。しかし、経路探索は各問題インスタンスによって探索が終了するタイミングが異なるため、このようなバッチ処理には工夫が必要である。バッチ処理版の微分可能A*では、ノード選択後の各リスト更新(4行目)において、バッチ中の各問題インスタンスに対する終了フラグ変数 = 1-を計算し、およびを以下のように更新する。

O(i)←O(i)-η(i)V*(i),C(i)←C(i)+η(i)V*(i)
(5)

これは直感的には、ゴールが選択された問題インスタンスについては、それ以降、およびの更新を停止するように機能する。これにより、各探索の進捗状況に関係なく、全てのバッチインスタンスについて同じ行列演算を同時に実行でき、全てのバッチインスタンスで目標点が発見された時点で探索ループ終了とすることができる。

エンコーダ設計 エンコーダとなるニューラルネットワークには、セマンティックセグメンテーションなどで用いられるU-Net3)を用い、ガイドマップの出力解像度が入力マップの解像度と同じになるようにした。エンコーダの入力には、Xを連結した2次元画像を用いた。ガイドマップの変換を開始・目標点により条件付けることで、行き止まり内に目標点がある場合などでも適切なガイドマップの学習ができるようになる。

一部勾配の無効化 実際の学習では、式(3)のOG の計算内での一部の変数を計算グラフから切り離して定数として扱うことで、再帰的な逆伝搬の計算チェーンを簡単化し、学習の安定化や消費メモリの削減を行った。

4. 評価実験

本節では、経路探索問題におけるNeural A*の探索性能の評価実験について述べる。

4.1 ベースライン手法

Neural A*の性能評価のため、以下の2つの経路探索手法と比較した。これらはいずれも機械学習を活用した手法で、かつ、内部でNeural A*と同様のA*探索を用いた探索ベースの手法である。

  • SAIL1): ヒューリスティック関数を事例データから学習することで高い探索効率を達成した最良優先探索手法。本実験では、学習サンプルを学習したヒューリスティック関数から導く場合(SAIL)と、理想的なオラクルから導く場合(SAIL-SL)の2手法を試した。
  • BB-A*4): A*などの組合せ最適化アルゴリズムに対して、ブラックボックス微分と呼ばれる汎用的な近似勾配計算法を適用して学習。この手法は提案手法と似ている面があるが、A*探索を完全なブラックボックスとして扱う点で異なる。

また、非学習型の一般的な探索手法として、最良優先探索(BF)と重み付きA*(WA*)とも比較した。さらに提案手法の変形として、式(3)で累積コストを無視して常にを用いることで、最良優先探索のような挙動をするNeural BFとも比較した。

4.2 評価指標

探索性能の定量的な評価指標として、以下の3つを用いた。

  • Opt:手法がどれくらいの頻度で最適(最短)な経路を見つけられたかを0-100(%)の値で表す。
  • Exp:通常のA*探索と比べて削減できた探索ステップ数を0-100(%)の値で表す。
  • Hmean:OptとExpの調和平均。これは探索の効率と最適性のトレードオフがどれだけ改善したかを示すもので、本研究の主たる評価指標として用いる。

4.3 最短経路問題における性能評価

評価実験では、Motion Planning(MP)11)、Tiled MP、City/Street Map(CSM)12)の3つのデータセットを用いた。MPは32×32サイズの人工的なマップによる経路探索データセットで、Tiled MPではMPのマップをランダムに2×2枚並べて64×64サイズに拡張した。CSMは実際の都市の2値画像マップを64×64サイズに切り出したものである。それぞれ1,000個以上のマップデータを学習用、検証用、テスト用として80%、10%、10%に分割して用いた。

各データセットにおけるOpt、Exp、Hmeanスコアの比較を表1に示す。Neural A*が最も高いHmeanスコアを達成し、探索の効率と最適性のトレードオフ改善効果が最も大きかったことがわかる。MPデータセット中のマップに対する実際の探索結果の例を図5に示す。

表1 最短経路問題における定量評価
各評価手法に対して、経路最適性(Opt)とノード探索の削減率(Exp)、そしてそれらの調和平均(Hmean)に対するブートストラップ平均および95%信頼区間。
MP Dataset
Opt Exp Hmean
BF 65.8 (63.8, 68.0) 44.1 (42.8, 45.5) 44.8 (43.4, 46.3)
WA* 68.4 (66.5, 70.4) 35.8 (34.5, 37.1) 40.4 (39.0, 41.8)
SAIL 34.6 (32.1, 37.0) 48.6 (47.2, 50.2) 26.3 (24.6, 28.0)
SAIL-SL 37.2 (34.8, 39.5) 46.3 (44.8, 47.8) 28.3 (26.6, 29.9)
BB-A* 62.7 (60.6, 64.9) 42.0 (40.6, 43.4) 42.1 (40.5, 43.6)
Neural BF 75.5 (73.8, 77.1) 45.9 (44.6, 47.2) 52.0 (50.7, 53.4)
Neural A* 87.7 (86.6, 88.9) 40.1 (38.9, 41.3) 52.0 (50.7, 53.3)
Tile MP Dataset
Opt Exp Hmean
BF 32.3 (30.0, 34.6) 58.9 (57.1, 60.8) 34.0 (32.1, 36.0)
WA* 35.3 (32.9, 37.7) 52.6 (50.8, 54.5) 34.3 (32.5, 36.1)
SAIL 5.3 (4.3, 6.1) 58.4 (56.6, 60.3) 7.5 (6.3, 8.6)
SAIL-SL 6.6 (5.6, 7.6) 54.6 (52.7, 56.5) 9.1 (7.9, 10.3)
BB-A* 31.2 (28.8, 33.5) 52.0 (50.2, 53.9) 31.1 (29.2, 33.0)
Neural BF 43.7 (41.4, 46.1) 61.5 (59.7, 63.3) 44.4 (42.5, 46.2)
Neural A* 63.0 (60.7, 65.2) 55.8 (54.1, 57.5) 54.2 (52.6, 55.8)
CSM Dataset
Opt Exp Hmean
BF 54.4 (51.8, 57.0) 39.9 (37.6, 42.2) 35.7 (33.9, 37.6)
WA* 55.7 (53.1, 58.3) 37.1 (34.8, 39.3) 34.4 (32.6, 36.3)
SAIL 20.6 (18.6, 22.6) 41.0 (38.8, 43.3) 18.3 (16.7, 19.9)
SAIL-SL 21.4 (19.4, 23.3) 39.3 (37.1, 41.6) 17.6 (16.1, 19.1)
BB-A* 54.4 (51.8, 57.1) 40.0 (37.7, 42.3) 35.6 (33.8, 37.4)
Neural BF 60.9 (58.5, 63.3) 42.1 (39.8, 44.3) 40.6 (38.7, 42.6)
Neural A* 73.5 (71.5, 75.5) 37.6 (35.5, 39.7) 43.6 (41.7, 45.5)
図5 経路探索結果例の比較
図5 経路探索結果例の比較

5. 生画像マップに対する経路計画

障害物位置のラベル付けがない生画像マップに対する経路計画問題について、Neural A*とBB-A*の性能比較実験を行った。実験では、Stanford Drone(SD)データセット13)に含まれる屋外シーンの歩行者軌跡データを用いて、歩行者の経路予測問題のデータセットを作成した。そして、シーン画像と開始・目標点が与えられた際に、各手法がどれだけ正確に実際の歩行者経路を予測できるか評価した。

表2では予測経路と正解経路の間のchamfer距離を比較している。Intra-scenesでは、学習データとテストデータに同じ撮影場所の画像を用いることで、未知の歩行者に対する予測精度を測る。Inter-scenesでは、学習データとテストデータで異なる撮影場所の画像を用いるleave-one-out交差検定を行い、未知の場所に対する汎化性能を測る。どちらの場合においてもNeural A*が、より正解に近い経路を予測していることがわかる。

表2 SDデータセットにおける定量評価
予測された経路と正解経路の間のchamfer距離に対するブートストラップ平均と95%信頼区間。
Intra-scenes Inter-scenes
BB-A* 152.2(144.9, 159.1) 134.3(132.1, 136.4)
Neural A* 16.1( 13.2, 18.8) 37.4( 35.8, 39.0)

実際の結果の例を図6に示す。最初2つの例では、Neural A*が定性的にも正解に近い経路を予測していることがわかる。一方、3つ目の例では、開始・目標点の間に複数の妥当な経路があるため、予測に失敗している。このような場合に対する拡張として、複数の経路例を確率的にサンプリングできるようにする生成的アプローチ14)などが考えられる。

図6 SSDデータセットにおける経路計画結果の例
図6 SSDデータセットにおける経路計画結果の例

6. むすび

本論文では、「機械学習を活用した経路計画手法」と題して、この分野における最新の研究動向および、我々の研究成果であるNeural A*について解説した。同分野は様々な問題意識のもと研究がされているが、そのなかでも、経路探索の最適性と効率性のトレードオフ向上と、障害物位置を未知とした生画像マップに対する経路計画という2つの問題に対して、Neural A*は統一的な解決アプローチを提案した。評価実験では、従来の機械学習を用いない経路探索アルゴリズムと比べ、Neural A*は探索の最適性を大きく損なうことなく効率性を飛躍的に向上できることが確かめられた。また、固定カメラ画像に対する歩行者の経路予測問題では、実際の歩行者の移動経路を従来手法より正確に予測できることが確かめられた。同技術は、ロボットマニピュレータの高次元状態空間における動作計画をはじめ、様々なシーンへの適用が期待される。

参考文献

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