~インドネシアの若いエンジニア発 ”動く義足” が前進させる、共生社会の実現~
2020年は、新型コロナウィルス感染症の流行を境に、在宅勤務などが広がり、物理的、心理的に会社と従業員の距離が遠くなった年でした。一人で作業をすることが多くなったニューノーマルな働き方の中で、「自分は、何のために働いているのか?」「仕事をつうじて何を実現したいのか?」など、改めて自問した人は多いのではないでしょうか。これからの時代の組織は、リモートワーク等が普及することで、従来の対面での細やかなサポートを行いづらくなったりします。そんな中では、一人ひとりが、働く目的を持ち、自ら考え行動していくことが、今まで以上に求められるようになるでしょう。
今回は、インドネシアにあるオムロンの生産工場で働く若いエンジニアたちが、「下肢切断者の同僚の力になりたい」という動機から自発的に取り組み、事業にまで発展させた「動く義足」開発の事例を紹介します。
オムロン マニュファクチャリング オブ インドネシア(OMI)は、インドネシアの首都 ジャカルタから約44km離れた場所にあり、家電などに使用される電子部品や産業機器を生産しています。OMIでは、2006年から障がい者雇用を積極的に進めており、現在、従業員2,541名のうち35名の障がい者が生産現場で働いています。障がい者の社会進出を支えた創業者・立石一真の理念を受け継ぎ、オムロンが企業理念の大切な価値観の1つとして掲げる「人間性の尊重」を自らも実践しています。
ファシアン・ハフェス・アウリアは、OMIで生産技術者として働くエンジニアです。彼は普段から、共に働く障がいを持つ社員の日常生活の大変さ、そして熱心に仕事に取り組む姿を目にしてきました。
特に、なんらかの理由で、足を切断した下肢切断という障がいを持つ社員にとっては、生産設備を整備する際に立ったり屈んだりすることや、異なる生産設備間を移動することは、非常に大変です。またイスラム教徒が多いインドネシアにおいて、一日5回のお祈りは欠かすことのできない大切な時間ですが、彼らにとって膝を床に付ける動作や正座は大きな負荷になっています。ファシアンは当時の心境をこのように語ります。「彼らと一緒に働いていて、情熱と誇りを持って自分たちの仕事に取り組んでいることをよく知っていました。彼らの生活の質が向上し、より一層個性を発揮しながら活き活きと働くことができるように支援したいと自然と考えるようになりました。」 ―――何としても足を切断した同僚の力になりたい。ファシアンは、その方法を模索し始めました。
ファシアンが最初に行ったのは、自分の想いを周りに伝え、仲間を作ることでした。はじめは、相談しても誰も賛同してくれなかったらどうしようと不安に思っていたファシアンでしたが、勇気を出して、周囲に自分のアイデアを話したところ、偶然にも大学で義足の研究をしていた同僚がいることがわかりました。さらに同じ部で働く下肢切断者の同僚や、経験豊富な先輩も協力を名乗り出てくれました。こうして同じ想いを持っていた5人の仲間が集まりました。
集まった5人は、ファシアンの仲間を助けたいという想いを形にするための議論を日々重ねました。そして、5人が出した結論は、誰でも手に入れやすい動く義足を開発するというものでした。なぜなら、インドネシアの義足事情には、大きな課題があったからです。
インドネシアには300万人もの下肢切断者がいますが、その多くは、細かい機能を持たない、外観重視の簡易的な義足を使用しています。しかし、この義足は装着時に痛みや疲れを伴う、柔軟性がなく歩きにくいなど、実使用においての課題が多くありました。一方、インドネシアで売られている、電動モーターを搭載した動く義足は、柔軟性があり付け心地は快適ではあるものの、価格帯は7万ドルと、インドネシアの障がい者の平均賃金の約600倍という、とても高価なものであり、誰でも手に届くものではありませんでした。
そこで、ファシアンたち5人は、この課題を解決するために、自社の電動モーターやトランスミッション、スプリングといった部品を使って、低コストの「動く義足」を制作することを決断しました。ファシアンは、当時を振り返り、「私たちは自社工場の生産設備を製造しています。同じように現場でものづくりを支える彼らをサポートする機械も、一つ作ってはどうかと考え始めました。どうしても共に働く仲間の力になりたいと思いました。」と想いを口にします。こうして、2018年、5人の動く義足開発はスタートしたのでした。
しかし、ファシアンたち5人の活動は、それほど順調には進みませんでした。
まず試作品を作ってみたものの、なかなかうまくいきません。OMIはあくまでも生産設備の部品を製造する生産工場。例えば、人の動きに合わせて快適に動く義足を作るためには、シミュレーションを繰り返すことが欠かせませんが、人間の歩行サイクルをシミュレーションでどのように再現するのか、知見がありません。また、誰でも求めやすい価格を実現するには、自社で部品を調達するだけでは不十分であることがわかりました。品質を担保しながらコストを抑えるために何ができるのか、日々悩み続けたとファシアンは語ります。「本来の業務と並行してこの難しいプロジェクトを進めていけるのか。私たち5人だけでの活動は、明らかに限界が見えていました」
ファシアンは、この解決に向け、動く義足の開発を支援してもらうための行動に出ました。OMIのマネジメントメンバーに対して、このプロジェクトを会社公認のプロジェクトにしてほしいと直訴したのです。このプロジェクトが、オムロンの企業理念である、『われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう』という使命と、OMIの『障がい者が最大限に能力や個性を発揮できる社会を実現する』というビジョンに合致すること、そして「OMIで働く障がい者だけでなく、インドネシアに300万人以上いる下肢切断の障がいを持つ人々のためになりたい」と訴えました。「その実現には、OMIの力、そして社外のパートナーの力がどうしても必要だったのです。マネジメントが快諾してくれた時は、本当にうれしかった。その後は、全社の協力の下、総力をあげて様々な課題に挑戦できました。」(ファシアン)
一緒に働く障がいを持つ仲間を助けたい。そして、インドネシアの社会で暮らす障がい者を幸せにしたい。そんな5人とOMIのマネジメントメンバーの想いが込められた動く義足は、「Bionic Leg to Empower and Support Society(B.L.E.S.S.(ブレス))」という名前が付けられ、本格的な開発が進んでいきました。
会社公認のプロジェクトとなったことで、さまざまな人たちの協力が得られるようになり、それまでの課題がどんどん解決していきました。例えば技術面では、自社のサーボモーターやモータードライバー、生産現場で設備の制御に使うPLCやスイッチなどを使ってウォーキングマシンを開発し、何度も歩行テストを繰り返せるようになったことで、課題であった人間の歩行サイクルを再現するシミュレーションソフトを開発できました。またコスト面では、インドネシアの部品メーカーの協力が得られたことで流通コストを50%削減することができ、さらに地元の財団やNGO、保険会社がスポンサーとなって量産化を支援してくれたのです。彼らは、これまでのビジネスを通じてOMIとの信頼関係があり、OMIが過去から障がい者雇用に積極的に取り組んでいることを知っていたこともあり、プロジェクトに共感して積極的に支援してくれました。
そして、「B.L.E.S.S.」の試作1号機が、プロジェクト開始から1年経った2019年、ついに完成しました。ファシアンたちが作り上げた「B.L.E.S.S.」の試作品を試した障がい者からは「B.L.E.S.S.は柔軟性があり可動域が広いので、これまで装着してきたどの義足よりも付け心地が快適」と、評価は上々でした。
そして、ファシアンたちの活動は、現在も広がりを見せています。ファシアンたちの活動を知ったオムロン全社の新規ビジネス創出を牽引する部門やインドネシアの大学など、社内外の様々なステークホルダーが協力を申し出てきたのです。
最後に、ファシアンは5人の若者の夢が事業化に向けて発展していったターニングポイントや自分自身の成長について、この3年を回想しながら語ります。「オムロンは企業理念を軸に、事業を通じた社会の発展への貢献を目指しています。会社の風土として現場にも根付いています。そこに私たち若いエンジニアのピュアな想いが重なり、自信をもってその想いを表出したことで、様々なステークホルダーの共感を得ながらプロジェクトは加速していきました。当初は下肢切断者の同僚の力になりたいという一心でスタートしましたが、進めていくうちに義足の機能性だけでなく、自尊心の向上や平等な雇用機会の創出といった解決すべき社会的課題の大きさを実感し、プロジェクトに対する想いや責任感がより一層強くなりました。」
オムロンでは、企業理念を軸として、事業を通じて社会的課題を解決することを存在意義としています。
社員一人ひとりの中に企業理念が深く根付き、社会的課題の解決を「自分ごと」として社員が自律的にアクションを起こし、挑戦していく。
その中で、生まれた共感、共鳴の輪は社外へも拡大し、より大きな価値創造につながっていきます。
オムロンはこれからも、企業理念の実践を通して社会的課題の解決にチャレンジし続けていきます。