流れあるところに、ビジネスチャンスあり! 流れあるところに、ビジネスチャンスあり!

流れあるところに、ビジネスチャンスあり!

Summary
~試行錯誤とピボットを繰り返し、事業創造の苦しみを乗り越える~

オムロンでは、2012年からデータ活用による事業創造を目指し、近未来のデータ流通の姿を描きその実現に向けた検証を進めてきました。業界/企業を越えてデータを自由に活用することで誰もが社会的課題を解決できる世界を提唱し、試行錯誤とピボットを繰り返しながらデータ活用支援事業を構築しているイノベーション推進本部の竹林 一と、SDTM事業推進部の河野 智樹が語ります。

Profile
竹林 一
イノベーション推進本部 シニアアドバイザー 竹林 一
1981年 オムロン株式会社 入社
2007年 オムロンソフトウェア株式会社 代表取締役社長
2009年 オムロン直方株式会社 代表取締役社長
2011年 オムロンヘルスケア株式会社 サービスビジネス事業部長・執行役員
2012年 ドコモ・ヘルスケア株式会社 代表取締役社長
2015年 オムロン株式会社 技術知財本部 IoTプロジェクト・SDTM推進室長
2019年 オムロン株式会社 イノベーション推進本部 インキュベーションセンタ長
2022年 オムロン株式会社 イノベーション推進本部 シニアアドバイザー
河野 智樹
SDTM事業推進部 戦略統括担当 河野 智樹
1985年 立石ソフトウェア株式会社(現オムロンソフトウェア株式会社)入社
2012年4月 オムロンソフトウェア株式会社 インダストリアルシステム事業部 事業部長
2014年4月 オムロンソフトウェア株式会社 企画本部マーケティング部 部長
2017年4月 オムロン株式会社 技術・知財本部SDTM事業推進室へ出向
2018年4月 オムロン株式会社 イノベーション推進本部へ転籍
2022年4月 オムロン株式会社 イノベーション推進本部SDTM事業推進部 戦略統括担当

流れあるところにビジネスチャンスあり

流れあるところにビジネスチャンスあり

竹林 データ活用支援事業(SDTM)の構想は、いまから10年ほど前にオムロンのコーポレート R&D 組織である技術・知財本部が中心となり、次の時代の新しいビジネスアイデアをディスカッションしたことから始まりました。
元来、オムロンには「流れがあるところに、ビジネスチャンスあり!」という事業アーキテクチャの基本的な考え方があります。工場でモノの流れに着目したのがFA(ファクトリーオートメーション)、駅で人の流れに着目したのが自動改札機、車の流れが信号機、血液の流れが血圧計になりました。
そのような経験をもとに、いよいよデータの流れが世界を変えていくと考えたのがSDTMのはじまりです。2012年にはデータが流通するような仕組みの特許“SENSEEK*1”を申請し、ビジネスにつなげようとしましたが、社会の潮流にはまだ早すぎたのか、なかなか手ごたえがつかめませんでした。

*1:SENSEEK(センシーク):個別の用途や目的で存在するセンサ/ネットワーク/システムをシームレスにつなぎ、情報やデータを連携・流通させることにより相互活用を促進する為のオムロンのデータマッチング技術や仮想センサ技術の総称。

その頃、私は、当時ヘルスケア領域の新規サービスビジネスを企画していました。例えば血圧計のデータを活用しておばあちゃん、おじいちゃんを見守るサービス等です。血圧計に温度計を入れて、血圧データと共に温度のデータを医師に伝える仕組みなどもつくりました。そこで見えてきたものが、室温と血圧の相関関係です。
朝起きた時、室温が低いと血管が収縮して血圧が上がるのです。このデータを見た医師は、薬の量を増やすのではなく、患者さんにエアコンのタイマーを設定して起床前に部屋を暖めておくように指示してあげることで、血圧の上昇を抑えることができます。このように血圧データと気温などの環境データ、服薬情報を組み合わせることで、エアコンの温度を自動調節することや、薬剤量を調整するなど、個人に最適なサービスや便利で新たな仕組みをつくっていけるのではないかと考えたのです。
ただ、これらは1社だけでできるものではなく、みんなが協力してエコシステムを創っていく必要性を感じるとともに、データの重要性をより認識するようになりました。そしてヘルスケアサービスを立ち上げた後、技術・知財本部へ異動、データが流通し、誰もがデータを自由に活用し社会的課題を解決できる世界の実現を目指すSDTMの構想に出会うことになります。

“現場”でデータが活用されることが最優先

“現場”でデータが活用されることが最優先

竹林 さまざまなデータを組み合わせたり、掛け合わせたりすると、社会の役に立つデータが生み出せるのではないかと検討している中で、製造系のデータ活用のソリューション開発をされてきた河野さんが検討チームに加わり、共に具体的な取り組みを模索し始めました。
ところが、そのままのデータを流通させることはできません。データを流通させる前に、データが活用され互いに連携できるようになるというフェーズが必要です。さらにその前には、“現場”で必要なデータが作られ、抽出され、集めて整理されていないといけません。

河野 データ流通の前にデータ活用、さらにデータ活用の前にデータの前処理が必要であるという事業仮説を立て、検証を進めることにしました。仮説を検証していくと、現場のデータは、改善活動や生産性向上などに自部門のデータですらうまく活用できておらず、他部門で活用するにはほど遠く、多くの工場が困っている大きな課題でした。そして、我々オムロンの工場でも膨大なデータの活用に課題を抱えていることがわかりました。

竹林 そのような経緯を経て、工場で現場データが活用されることを目標に、ビジネス構想を立て直し始めました。

バックキャストで思考する大切さ

竹林 データが流通する社会を実現するためには、まずはデータが連携され、データが活用されることが必要です。データが活用されるためには、“現場”で必要なデータが作られ、抽出され、集めるなどの、データ整理が必要になってきます。データが流通する社会という未来のあるべき姿を起点として考えるバックキャスト視点で考え始めました。しかし、データ連携やデータの整理に関して、我々の考え方は現在の延長で考えるフォアキャスト視点であるモノ中心のビジネスモデルから抜け出せないままでした。

河野 我々のチームは製造業の技術者ばかりで構成されていたこともあり、「こんなセンサやソフトが売れそうだ」というモノ中心のビジネスモデルから抜け出せていなかったのですね。事業ベースのない中で、フォアキャストで試行錯誤を繰り返し、この技術“SENSEEK”をどうやって使うのか、どのようなシステムにするのか、どんなアプリケーションが望ましいのか、モノ視点の開発ばかりを考えていたのです。毎日が問答の繰り返しで、自分の価値を問いただすくらい追い込まれていたことを思い出します。本来はモノ視点ではなく、近未来の課題が何かというところを想像するバックキャストの思考が大事なのですが、あの頃は、データを活用して何かつくりたいという先走りの状態で、社会的課題を解決する思考が抜けていました。

竹林 そんな状況の中でも皆が予感していたのは、何か切り口があるはずだし、データの流れるところに大きなビジネスがあるはずだということです。あの苦渋の日々を乗り越えたからこそ、お客さま視点に気づくことができ、本当の意味でのバックキャストの思考ができるようになったと感じています。

河野 振り返ると、あの頃は会議室を占拠して、たこ部屋みたいな状態で議論ばかり行い、みんなと悶々とした日々を送っていました。もしも一人であの状態が続いていればおかしくなっていたでしょう。しかし、悶々とした中でも、“データが流通する社会”を信じ、何か事業のネタがありそうだと思えていたからこそ、徹底的に話し合うことで、会議室にいたメンバー全員の解決したい社会的課題が一致し、支え合い連帯感が生まれ、乗り越えられたのだと思います。 

社会の大波に翻弄された日々

竹林 いずれデータが流通する時代が必ず来ると未来を予測し、コンセプトを作成しました。そのコンセプトを持って、IoT・ビッグデータなど企業・業種の枠を超えて産官学で利活用を促進することを目的として、2015年に設立されたIoT推進コンソーシアムや、アジア最大級の規模を誇るIT技術とエレクトロニクスの国際展示会であるCEATECなどを通じて世界観を提案し、さらに経済産業省に働きかけ、2017年にデータ流通推進協議会を設立しました。データ売買などを通した流通を推進するため、データ流通事業者間で相互連携するためのルールや、ユーザーが安心してデータをやり取りするための事業者の認定制度をつくる組織で、設立時点で10社が発起人として名を連ねています。これでビジネス化に向けて前進すると思っていたのですが、当時は第3次AIブームの真っ只中。AIというキーワードが社会にあふれていたのです。「データサイエンティスト」や「インダストリー4.0」というキーワードも出てきた頃で、世の中が解決を期待する課題と我々の考えた具体的なソリューションがマッチせず、事業を具体化できずにいました。

河野 AIが広まり、皆がデータの重要性を語り始めた頃、実際の工場の現場ではデータ処理に困っていたのです。要は、データには価値があり必要なもの、不必要なものが混在しており、混在した状態のデータをAIで解析させても、必要な効果が得られるはずはありません。だから当時は、データを前処理する作業に時間がかかり、AIで分析するとか、データを活用するとか、遠い話だったと思います。

竹林 センサデータをはじめとするヒトとモノの活動に伴って生み出される多様なデータが蓄積され、活用が期待されていることは明らかです。業界/企業を越えてデータを自由に活用でき、誰もが社会的課題を解決できるデータ流通の技術は2025年から2030年頃には世界で確立される技術だと感じていました。そのため、オムロンとして、日本として、布石を打つ必要からセンサメーカーとして培ったデータ整理のノウハウを入れ、日本が世界に負けないようにしたい。でも、漠然とした期待に対するビジネスの構想では、顧客が解決を期待する課題と提供できる価値にアンバランスが生じるし、経営側からの投資も何年も続けてもらえないこともわかっていました。

データの前処理に光を見る

河野 それでも、試行錯誤を繰り返し、バックキャストの視点で考えることで、近未来の課題が少しずつ見えてきました。

竹林 結論から言えば、データの前処理に大きな課題がありました。AIエンジニアやデータサイエンティストに話を聞いてみると、彼らはデータウェアハウスやデータベースなどのアプリケーションへのデータ活用にフォーカスを当てています。そこで共通していたのは、データを活用するためのアプリケーションがないことではなく、アプリケーションに入力するためのデータの前処理という泥臭い作業に時間がかかっているという課題でした。

河野 データの前処理は、データを活用する上でとても大切な作業です。まず多くのデータの中から、不要なデータを外します。単に外しただけでは意味のないデータの集まりですから、他のデータと紐づけるなど何らかの意味を持たせることで、情報としての価値を見出します。
例えば、商品コードに対して、その価格や数量を紐づけることで、売上データという情報になります。しかし、多くの場合はデータ活用を想定しないまま運用されていました。価格は千円単位、万円単位などデータのばらつきがあり、数量は個数やグラム表記、整数、小数点表記など、入力データの単位などもバラバラです。必要なデータであってもAIを活用するためのアプリケーションに入力するために整形する必要があり、その前処理に時間がかかっていたのです。

サプライチェーンの現場の課題解決に活路を見出し、経営改善につなげる

竹林 データの前処理に課題があることが見えてきたので、次はビジネスの大きさ、顧客は誰か、誰が使うデータなのか、を明らかにすることです。
最初はAIなどを活用するビジネスとして大きな話で検討を進めました。ビジネスを想定した時にボリューム感を求めていたからで、課題を解決する量がどれだけ大きいか、たくさんの人にも役に立つビジネスになるのか、を考えました。

河野 そこで社内で検証した時に、データの前処理の課題は、エンジニアだけでなく、総務、経理などにもエクセルのデータを扱う場面も多くあり、実に身近な現場に存在している課題なのだと気づかされました。そこで、我々は顧客の立場もわかるプロシューマ*2として、アプローチが可能で日系企業に多いディスクリート*3の製造領域で、データ活用に課題を抱える中堅・中小企業をターゲットに定めたのです。

*2:生産者(プロデューサー)と消費者(コンシューマ)を組み合わせた造語。お客様が欲しいと思った商品を自ら開発し提供する存在。
*3:ディスクリート製造とは、自動車、家電、消費財など、個別製品の製造および組み立てのこと。

竹林 まず、ターゲットのエンジニアリングチェーンに目をつけました。エンジニアリングチェーンは、製造業特有のビジネスプロセスですが、エンジニア(開発者や生産技術者)をサポートするようなデータの前処理から取り組み始めました。ところが、エンジニアは、品質改善や新商品開発が仕事で、常にトライ&ラーンで高速にPDCAを実行します。そのため、データを取得しても、数式の追加や変更が頻繁に行われ、データそのものやデータの持つ意味がどんどん変化してしまいます。データの変化に追従するのはまだ難しいという判断をしました。次に目をつけたのがサプライチェーンです。

河野 サプライチェーンの場合、売上拡大、コスト削減、稼働向上を目的に、一定のデータを活用して統計的に一定周期の定型作業で集計、分析し意思決定を行っています。サプライチェーンの自動化は、データの前処理部分での定型作業において改善効果が大きく、分析、意思決定の高速化や現場の保全など成果につながると考え、社内検証を進め、課題を把握しました。

竹林 サプライチェーンをデジタル化し改善することは、現場の小さな課題の解決を積み重ねることです。それが、近年では働き方改革による作業効率や労働生産性の向上、さらには人財確保や生産計画の見直しにつながり、経営改善に役立つ大きな成果を生み出し始めています。
我々オムロンのデータ活用支援事業は、現場の声に耳を傾け、現場の方々が自らSierに頼ることなく、データに着目して自律的に現場課題の改善を行える、世の中で言われているDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進する人材をどんどん育成していく仕組みを提供していきます。

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