人に寄り添うロボットで人の創造性を引き出す社会をつくろう オムロン執行役員 諏訪正樹 技術・知財本部長

センシング&コントロール+Think(S&C+Think)技術を通じてよりよい社会の実現に貢献してきたオムロン。事業を通じた社会的課題の解決を目指して人と機械のあるべき関係について追求を続け、長期ビジョン「SF(Shaping the Future)2030」では「人が活きるオートメーション」の実現を掲げました。機械の役割が、人の代わりに作業をすることから人の創造性や可能性を引き出す"パートナー"に進化・拡張すれば、社会の様々な課題の解決につながる活力をもたらすと考えるからです。オムロン技術・知財本部はそのために必要な革新技術を生み出すR&D(研究開発)部門です。同社執行役員で組織トップの諏訪正樹氏は近未来からのバックキャスト(逆算)思考で開発テーマを社員と共に生み出し、「人に寄り添うロボット」開発に邁進しています。

近未来からのバックキャストで取り組むテクノロジー

製品開発の歴史 根底に社会的課題解決への意思

諏訪 オムロンは、技術で社会の光景を変えながら成長してきたユニークな企業です。レントゲン写真撮影用のタイマーから始まり、これまでにないスイッチやコネクターの開発・提供によって事業を拡大してきたのですが、1960年代半ば以降に自動改札機や車両感応式信号機、現金自動支払機、電子血圧計などを次々と世に送り出しました。それまでの当たり前の光景を変化させたこれらの製品は、一見バラバラに思えるのですが、底流では「ソーシャルニーズの創造」という価値観でつながっています。例えば、駅の人流が急増する高度成長期を迎えて、5年後、10年後にどのような社会的課題が生まれるかを先読みして、それまでにない製品を開発したのです。

オムロンは多様な領域で事業を展開しています。各領域内での製品やサービスを「枝」とすると、今日までその「枝」は大きく広がっています。しかし、社会的課題の解決に向けてセンシング&コントロール+Thinkというオムロン独自の技術で「ソーシャルニーズを創造する」という「幹」は、太くしっかりしています。私が率いる技術・知財本部はこの幹の部分を担う、オムロングループ全体のR&D部門です。社会的課題が解決された近未来を具体的に描き、そこからのバックキャスト思考で事業や必要となるシステムのアーキテクチャーを描き、それを実現するためのテクノロジーを紐解いてつくり上げることが使命です。現在の顧客ニーズや現場の課題を捉えて今ある技術や製品を進化させ、お客様の満足度を高めるフォーキャストの視点はとても大切です。ただし、それだけでは、潜在的なニーズを捉え、ソーシャルニーズを創造し、今の当たり前の光景を変えるような価値を生み出していくことは難しいです。近未来社会からのバックキャストで設定したテクノロジーを実装可能な状態に仕上げて、事業を通じた社会的課題の解決につなげていくのです。

676_2.jpg「『今』に縛られない発想や着眼で技術革新に挑みます」(諏訪執行役員)

昨年本格始動した長期ビジョン「SF2030」では、「人が活きるオートメーション」の実現を掲げました。これは創業者・立石一真が唱えた企業哲学の「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」に根ざしており、オムロンが考える「機械の本質」です。機械は人に代わって作業しますが、果たして作業をすべからく置き換えることを目的に誕生したのでしょうか。人がやりがいを感じる作業には踏み込まず、危険や苦痛、苦手な分野から人を解放する。または、人では実現できない高速高精度な作業を行う。その結果、人が創造的な分野に能力や時間を注げたり意欲を高めたりできるようにすることが真の目的だと思うのです。

そうなると機械には単なる「代替」にとどまらず、人と機械が共に働く「協働」や機械が人の創造性や可能性を引き出す「融和」という、もっと大きな役割がみえてきます。オムロンは「機械と人の関係性」に着目して機械によるオートメーションの概念を拡張し、人をフォローしたり寄り添って成長に導いたりするためのテクノロジー開発に挑んでいます。

人と機械の融和を象徴する卓球ロボット

進化を支えるコア技術

 オムロンは人と機械の協働や融和を表現するひとつの方法として、2013年から卓球ロボット「フォルフェウス」を開発しています。私は入社直後から4年間ほど開発に携わったのですが、人の実力に合わせて返球し、ラリーを継続するというタスクを「協働」して行うことから出発して、年々進化を遂げています。私が開発に携わった第6世代は人のモチベーションを高めることで成長に導くように返球の場所や速度を選択することが可能になり、最新の第7世代は2人のダブルスプレーヤーを相手にラリーをしながら、2人の表情や心拍数などを読み取って連携度を高め、チームのパフォーマンスを引き出したりするパートナーに近づいています。

フォルフェウスにはオムロンのコア技術「センシング&コントロール+Think」が詰め込まれています。ロボットが様々なセンサーで人が打った球の軌道や速度、人の表情や動きなどのデータを集め(Sensing)、返球を実現するため瞬時にラケットの動きを制御(Control)するだけでなく、人工知能(AI)が人の意欲を高めるように返球計画を考えて(+Think)返球の速度や位置を決定しているのです。

676_3.jpg「ロボットを単体ではなく、人や環境とセットで捉えています」(劉さん)

ティボ ロボットが人と共生するために「+Think」の部分はとても重要で、私は大きく2つの研究課題に取り組んでいます。ひとつはロボットが無駄なく滑らかな動作を行うためのパスプランニング。例えば机の上にペンがあって、それを取ってほしいと指示を受けた場合。人にとっては無意識にできる動作でも、ロボットはペンを右からつかむのか左からつかむのか、あるいは上からつかむのかなど様々な動作経路を検討し、その中から経路を決定して動き始めるというように動きが遅くなります。そこで、目的に対してすべての可能性から動作を選択するのではなく、自然な動きを実現させることに取り組んでいます。

もうひとつはロボットによる状況判断です。例えば、ペンは字を書く道具なので、ロボットがそれを理解すればペンの柄ではなくキャップ側をつかんで人に渡せるようになるでしょう。また、人と一緒に作業している場面で人が機械にぶつかりそうになったら、瞬時にとまったり、動く方向をかえたりすることができるようになるでしょう。ロボットが人に寄り添うためには、ロボットが臨機応変に対応することも必要になってきます。

 フォルフェウス開発で学んだことは、ロボットを単体ではなく人や環境とセットで捉える視点の大切さです。工場にある多くの産業用ロボットは決められた場所に置かれ、決められた手順に従い決められた通りに動きます。人が操作方法を習得し、ロボットと接触しないように距離を置いて作業するのが主流です。すぐそばの人の安全や作業状況などに配慮するシステムは実はまだ世の中に少なくて、あったとしても判断や動作がゆっくりで効率がよくありません。その意味で、私たちはハードもシステムもゼロから考え直す必要があるとの仮説に立って取り組んでいます。

諏訪 オムロンが描くロボットの世界観は、街や家庭、職場にすっと入ってきて、すぐに動いてくれるというものです。わざわざ新たなインフラに改良したり、仕組みやルールをつくったりしなくても導入できるのが理想です。また、機械には強靱な鉄の塊というイメージがありますが、人とぶつかったら衝撃を吸収してくれるぐらい柔らかいものがあってもいい。それはまさに現在と非連続な光景です。実現するには、今あるロボットのフレームワークの延長だと難しく、大きな挑戦となります。

ティボ 子どもの頃に見たアニメに登場するロボットと人間の友好的な関係がとても印象的で、いまでも記憶に残っています。子どものころには2020年ぐらいにはドラえもんのようなロボットが実現すると思っていました。しかし、今はまだその世界の実現に向けて大きなギャップがあります。ひとつずつ課題をクリアしながら、人のそばにいることが自然なロボットを実現させたいと思いながら仕事をしています。

676_4.jpg「人と共生するため、ロボットの頭脳と動きを柔らかくします」(ティボさん)

革新のカギは人財の多様性と「花とミツバチ」

ラボ新設でオープンイノベーションを加速

諏訪 技術・知財本部が取り組む人に寄り添うロボットの開発は、まさに近未来に視点を置いたソーシャルニーズの創造です。社会実装までにはいくつものハードルがあるでしょう。そのため、それを乗り越えるためにエネルギーに満ちた組織づくりが欠かせません。ロボットに対する考え方ひとつとっても、私のような50代と劉さんやティボさんのような世代とでは異なります。意見や知識が交わりながら高みを目指すために、社員の年齢性別や国籍を含めた人財の多様性、オープンな組織、個々人がスキルアップできる環境整備を大切にしています。

このほど始めたのは、それぞれの社員の取り組み課題の可視化です。機密性とのバランスを取りながら、開発の着手や終了といった意思決定に関連する会議は、テーマメンバーや関係者だけに閉じることなく基本的にオープンに開催し、ほかの社員の気づきや着想につなげたり、奮起を促したりすることを狙っています。また、社員が興味関心を深掘りするための技術トライアルという制度もあります。希望者は誰でも手を上げることができる、意思のある人を応援する制度です。エントリーするテーマは、各自の業務と無関係で構いません。一定額の資金を支援し、試してみることで一定の成果として実りそうであれば、本格的に予算をつけてテーマ化する道が開けます。

ティボ 私は技術トライアル制度にこれまで2度応募しました。最初はひとりで手を上げましたが、2度目は、技術に共感したメンバーが増えて3人でチームを組んで応募し、次の開発のネタになるような先進的な研究の検証をしています。

ほかにも、社員が互いの専門性や知識を生かして学び合う仕組みもあります。私は有志を集めて、プログラム言語の勉強会を開いています。

 私は入社後に大学院で博士号を取得しました。その際、上司や同僚が応援を惜しまず、業務と学業の両立についても配慮してくれました。より優れた技術者となるために成長できる職場環境に感謝しています。

諏訪 社会的課題に一緒に立ち向かうためには、共創するメンバーをつくることも大切です。夢や魅力のあるチャレンジを発信し、あたかも花にミツバチが集まるように仲間を増やしたいと考えます。卓球ロボットはその一例で、ロボット開発に対するオムロンの本気度の証しです。京阪奈イノベーションセンター内に昨年開設した「ROBOBASE」はオープンイノベーションを促進するための開発スペースです。

2018年には、グローバルでオープンイノベーションを加速する研究開発体制をつくりあげるため、近未来デザインから革新技術を生み出す研究開発子会社としてオムロン サイニックエックス(OSX)を設立しました。メンバーはオムロン内での異動ではなく、大学や企業の若手研究者を採用するなど、多様性の実現と社会に対してオープンな組織とすることにこだわりました。OSXでは、技術・知財本部よりもさらに遠い未来を見ながら非連続な技術進化について研究しています。政府のムーンショット型研究開発制度に採択されたプログラム「人と融和して知の創造・越境をするAIロボット」はその代表例で、2050年に人がAIのパートナーロボットと協働してノーベル賞級の研究成果を生み出すというビジョンのもとで研究開発を行っています。このロボットは、研究者が立てた実験計画に従い、人の代わりに24時間無休で実験し、世界中の文献データを探索・解析して研究者と対話して新たな知見や示唆をくれるのです。
このように、技術・知財本部だけではなくOSXでもこれまでにない、新たなロボットの研究開発が進んでいます。両組織間の共創も進んでおり、私自身も今後の新たな価値の誕生を楽しみにしています。

テクノロジーが進化すると、人は弱体化する面があります。スマートフォンを持ったことで手軽に検索して知識を増やせる半面、友人の電話番号が覚えにくくなったと感じる人は多いはずです。そのことの良し悪しも含めて、何を機械に任せ、人は何をしていくべきなのかを改めて考える必要があるのです。だからこそSF2030では「人が活きるオートメーション」を掲げました。人が主役であり、より創造的であるためにも積極的に機械の役割と価値を進化・拡張させていきたいというメッセージが「人が活きる」に込められています。技術・知財本部は人に寄り添い、創造性や能力を引き出すロボットというソーシャルニーズの創造へ挑み続けます。この取り組みへの共感・共鳴の輪を社内外に広げ、若い世代にもつないでいきたいと願っています。

676_5.jpg座談会出席者 プロフィル(左から)

劉暁俊(りゅう・ぎょうしゅん)氏
技術・知財本部 ロボティクスR&Dセンタ
Voyager Project部 博士(工学)
中国・上海出身。入社後、卓球ロボット「フォルフェウス」プロジェクトに4年間携わる。2020年に上海で開かれた「中国国際輸入博覧会」では、人とロボットがダブルスを組み、フォルフェウス相手にラリーを続けるシステムを開発し、オムロンの技術力の高さと人と機械の新たな関係性を発信。現在はアーム型ロボットと移動ロボットを組み合わせたロボットの開発に取り組んでいる。

バルビエ・ティボ(ばるびえ・てぃぼ)氏
技術・知財本部 ロボティクスR&Dセンタ
Voyager Project部 博士(工学)
フランス出身。母国の大学でロボットと人工知能(AI)を研究。卒業後に日本の大学の博士課程に通い、インターン先のオムロンの企業理念に共感して入社。ロボットの柔軟な動きに関するアルゴリズムを調査し、プログラムを実装して最適な動きになるようテストを繰り返す日々。アニメ鑑賞が趣味で、人の傍で活躍するロボットの姿を描いた作品の世界に憧れ、その世界観を実現させようと開発に取り組んでいる。

※2023年2月17日~2023年3月31日に日経電子版広告特集にて掲載。掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます

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