両利きの知財活動を戦略目標に ~オムロン知財戦略の現在地点~

近年、企業価値に占める知財・無形資産の割合が増加し、競争力の源泉としてますます重要な経営資源となる中、自社が保有する知的財産の有効活用に注目する企業が増えている。知的財産はいまや、新規事業やイノベーションを創出する構想段階で他社に対する参入障壁を構築する起点となる、重要な経営アイテムになり得るからだ。

オムロンは知財に関してどう考え取り組んでいるのか。オムロン技術・知財本部 知的財産センタ(以下、知財センタ)の改善・改革活動を長年サポートしてきたケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ社がレポートする。

 

他社に先駆けて知財経営を進められた理由

日本では知財の有効活用がなかなか進まないと言われる。日本の企業価値における知財・無形資産の割合は米国に比べて著しく低いという調査結果もある*1。こうした状況を打破すべく、金融庁は、コーポレートガバナンス・コード(上場企業が行う企業統治においてガイドラインとして参照すべき原則・指針)の2021年改訂版で「知財への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべき」と規定した。2022年秋には、政府機関、大手企業約30社や機関投資家、教育機関など50以上の組織・団体の経営トップや有識者から成る「知財・無形資産 経営者フォーラム」が立ち上がり、オムロンもその立上げメンバーとして名を連ねた。

オムロンは2015年から「ROIC(投下資本利益率)経営」を推進し、その状況を積極的に社外へ開示している。ROICとは事業に投下した資本に対してどれだけ効率的に利益をあげることができたかを測定する財務指標であり、現時点での企業の稼ぐ力を示すものである。ROICの観点からすると、知財・無形資産活動は将来への成長に向けた投資であり、事業において有効活用し続けることで将来のROICに反映される。オムロンでは、知財センタがオムロンのすべての知財・無形資産に関するガバナンスを統括しており、技術開発、新規事業創出、既存事業に対して知財戦略の策定・実行・監督を担っている。そして、知財・無形資産活動を企業価値向上のためのバリュードライバとして捉え、従来の特許を中心とした知財活動から技術・ノウハウや人財能力などにもスコープを広げた知財・無形資産活動に取り組んでいる。こうした活動が評価され、オムロンは、クラリベイト社が選出する「世界で最も革新的な企業・研究機関100社(Top 100グローバル・イノベーター)」に2016年度から7年連続でランクインしている。

*1 日経ビジネス2023年7月17日号「知財経営ランキング」29頁

 

両利きの知財活動を戦略目標に掲げる

知財センタは、オムロンの掲げる長期ビジョン「Shaping the Future 2030」(以下、SF2030)の実現に向けて知財・無形資産の活用と連結する価値創造ストーリーとしてビジネスモデルの具体化を進め、「独占排他型」と「共有共鳴型」を最適なバランスで組み合わせ、"両利きの知財活動"を実行することを設定。

独占排他型の知財活動とは、その名の通り、自社製品の売上やシェアを伸ばすために知財を他者と共有せず独占することを原則とする知財活動である。技術や商品開発の現場から生まれた知財の特許化、特許の侵害や不正使用の排除などを行う。コーポレートブランドの侵害や不正使用への対応も重要だ。近年、事業環境や社会環境が変化していく中で、「OMRON」商標の使用範囲はますます広がっている。知財センタは、米国、欧州、中国、アジアパシフィックの知財部門や現地子会社と連携しながら、グローバル各国で「OMRON」商標を出願登録すると共に、第三者による「OMRON」ブランド侵害のモニタリングを行い、侵害案件を早期に発見し各国の状況や法律・制度もふまえた対策を行っている。対応すべき案件は、社名の無断使用、SNS上での偽アカウントなど多岐に渡るが、特に、インターネットを通じた模倣品の販売増加が著しく、Eコマースサイトや各国の税関とも連携し、対策にあたっている。共有共鳴型の知財活動は、各事業の価値創造ストーリー実現に向け、パートナーとのアライアンスを重視しながら、必要な知財を相互にシェアすることで、ビジネスエコシステムを広げて市場の成長を促進する活動である。ビジネスエコシステムの中でのオムロンの位置づけを高めることも重要となる。共有共鳴型の知財活動を推進するためには、社内外のさまざまなステークホルダーとのコラボレーションの現場に積極的に参画し、知財の目利きをすることが必要になる。例えば、顧客・パートナーの保有する知財情報も活用しながら、想定顧客のニーズ分析や技術課題を構造化し、事業仮説の具体化、開発テーマの設定などで、仮説検証のサイクルを効率的に回していく。そして、知財の新たな用途やビジネスの展開可能性の検証につなげながら、パートナー戦略の観点も加えたエコシステム全体の知財戦略を作り込んでいく。そこからさらに踏み込み、双方のノウハウを開示し合いながら議論を重ねていくケースもある。そのために、特許共有契約の締結や出願計画の共同検討なども欠かせない。

こうした活動は、冒頭に述べたような新規事業やイノベーションを創出する構想段階で他社に対する参入障壁を構築するための重要な起点となると言える。事業に対して、その特性や価値創造ストーリーを踏まえつつ2つの型を最適なバランスで組み合わせて知財活動を推進することが極めて重要となる。

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メンバーの自律性の基盤となる「知財ミッション&ビジョン」

知財センタでは、知財で新たな価値を創り届け、オムロンを持続的な成長に導けるよう、2018年に独自のミッション・ビジョンを定めメンバーの活動方針として5年間変わらずに維持し続けてきた。メンバーはミッション・ビジョンが書かれた特製のカードを常に携帯しており、日々の業務で迷いが生じた際に立ち返り、こんな場合はどうすべきか、を考え行動する。ミッション・ビジョンの策定にあたっては、マネジメントが決めたものをメンバーに共有するのではなく、メンバー全員でその中身と実践方法を議論するための「みらい会議」*2という場が設けられた。「みらい会議」ではメンバーが自主的・継続的に議論に参加できるよう様々な仕掛けを設け、約3か月間に渡り議論が行われた。あるメンバーの「こうやってみんなが考えて出した結論はもちろんだが、それ以上にみんなで考えるというプロセスが大事だったと気づいた」という感想からも、ミッション・ビジョンの策定がいかにメンバーの自律性を育んだかがお分かりいただけるだろう。

「私たちは、多様な知財専門能力を集結させ、イノベーションを巻き起こす集団であり続けます」や「競合に攻守両面で存在感を知らしめます」といった意思表明の中に、すでに「両利きの知財活動」の成功へ向けた原動力となる言霊が隠されているのだ。

*2 「みらい会議」に至る経緯や内容については、支援パートナーであるケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ様のページをご参照ください。

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~ INTERVIEW「未来へ紡ぐ志」~

知財活動を通じて企業価値の向上や事業の成功に資するためには、事業部門と技術部門と知財部門の連携、いわゆる三位一体の活動を推進することが極めて重要です。オムロンでは、事業、技術、知財の各部門がそれぞれの戦略を構築しつつ、三者で十分に連携しています。三者の連携によって策定されるハイレベルな知財戦略が事業の成功を左右する鍵となります。

近年、これまでよりも事業が複雑化し、技術が大きく進化することに伴って、より高度な戦略策定が求められています。しかし、どれだけ高度な知財戦略を策定したとしても、それを実行しなければ意味はなく、それは策定していないのと同義です。そして、戦略を実行するのは、もちろん知財センタのメンバー、「人」なのです。その実行する「人」に、心の底から成し遂げたい、新たな未来を紡ぎたい、という志がなければ、事業の成功までたどり着くことなく戦略は頓挫し、そのまま霧散してしまいます。ここにミッション・ビジョンの存在意義があります。このミッション・ビジョンは、お仕着せではなく、「これなら実現したい」と思える手触り感のある「わたしたちのミッション・ビジョン」でなければなりません。こうしたミッション・ビジョンをメンバー全員で策定する、という取組は当時のメンバーにとってハードルの高いチャレンジでした。しかし、この取組自体が、知財センタの存在意義を議論する中で出てきた、「ミッション・ビジョンを策定すべき」というメンバーの声から始まったものであったため、メンバー全員で作り上げることができました。つまり、このミッション・ビジョンは我々知財センタ自身であるといっても過言ではありません。

オムロンの知的財産センタはこれからも、我々自身であるミッション・ビジョンを胸に知財活動に取り組んでいきます。

697_4.jpg技術・知財本部 知的財産センタ長 奥田 武夫