近年、生成AIの技術進歩が大きな注目を集めています。
オムロンは、生成AIの効果的な活用を企業成長の1つの鍵と捉え、2023年に全社横断型の生成AI活用推進プロジェクト「AIZAQ※1(アイザック)」を立ち上げました。
AIZAQは、社員の自発的な参加を基盤としたプロジェクトです。社員は自らのWILL(意志)に基づき手を挙げ、上司の理解と後押しのもと、業務の一環としてAIZAQに参画します。手を挙げた社員は、チームを組み、個々のスキルを発揮しながら、生成AIの業務活用の可能性を探求します。
※1 プロジェクト名「AIZAQ」は、"AI with Zest, Accelerate and Quest(活力、加速、探求を持ったAI)"の頭文字を取ったもの。科学者サー・アイザック・ニュートン、および、その知恵と知性を連想させることを意図しています。
今まさに進化を続けている生成AIですが、企業における活用事例はまだ多くありません。帝国データバンクが2024年6-7月に実施した「生成AIの活用に関する日本企業の最新トレンド分析※2」では、生成AIを「活用している」と答えた企業が、回答企業の17.3%に留まりました。
生成AIがもたらす可能性に期待が高まる一方で、社内の守秘情報が生成AIツールから漏洩する、AIが生成した誤情報を社外へ拡散してしまうといった、企業としての信頼を脅かすリスクが存在します。また、これらのリスクがある中で、生成AIの活用が社内に効果的に浸透しないことも、企業が抱える課題の1つです。
これらのリスク・課題に対応しながら、企業が新たな技術の活用に踏み出すためには、「経営の理解」、そして「社員の知識・スキル習得」が重要です。しかし、日進月歩で進化し続けている生成AIを、経営と社員が理解し、安全に活用できる環境を作ることは、技術の難しさやリスクの複雑さを考慮すると決して容易ではありません。
今回は、これらのハードルと向き合いながら、生成AIを使った業務効率化や付加価値創出にチャレンジするAIZAQの取り組みを紹介します。
※2 株式会社帝国データバンク.「生成AIの活用に関する日本企業の最新トレンド分析」. https://www.tdb-college.com/column/up_img/1726019984-411430_p1.pdf (参照 2024-10-22)
生成AI活用に向けたハードルの1つが、経営の理解獲得の難しさです。
AIZAQは、社員の「スマートな働き方を実現したい」、「顧客への提供価値を最大化したい」という想いを基に走り出しました。議論開始からわずか3カ月という短期間でAIZAQが始動できた理由は、社員の熱意と「5年、10年先を見据え、自分たちの働き方を変えないと進化できない」という経営の強い想いが合致したからです。
その背景には、生成AIに関する研修を、経営メンバーが早期に受講し、その重要性を実感していたことがあります。経営メンバーはIT部門へ働きかけ、プロジェクト発足と同時に社内の基幹システムと連携した安心安全な生成AIツールの開発に着手しました。
また、IT・法務などの関連部門が連携しながら、生成AIに関するガイドラインやFAQを策定しました。さらには、生成AI活用におけるリスクや判断に悩んだ際の問い合わせ先として、「AIガバナンス委員会」という社内組織を立ち上げ、生成AI活用に不可欠なガバナンスと体制を社員と経営が一体となって整備しました。
社員と共にAIZAQを推進する 石原 英貴 執行役員常務
生成AI活用に向けた2つ目のハードルは、社員の知識・スキル不足です。特に、知識・スキルのある社員とそうではない社員で大きな差があり、技術の活用が全社に広がらない課題があります。
AIZAQでは、検証を進めるユースケースを「テーマ」と呼び、テーマごとにチームを組みます。具体的には、業務に対する課題感、そして、実現したい姿を持ってエントリーするテーマリーダー・メンバーと、生成AIに関する専門知識や知見を持つ支援者(テクニカルアドバイザー・サポーター)でチームを構成します。その際、部署や職位をまたいで、全社横断型でチームを構成するのがAIZAQの特徴の1つです。
テーマリーダー・メンバーは、所属組織から与えられたテーマではなく、自ら「組織の課題を解決したい」というWILLを持って、AIZAQに参画します。テーマリーダー・メンバーのWILLを原動力としてテーマが動き出し、検証を進める際には、技術的観点で支援者からアドバイスを受けられる体制をつくることで、生成AIに触れたことがない社員も、学びながらユースケースの検証に取り組むことができます。
AIZAQのチーム構成
プロジェクトが走り出すと、想定通りに検証が進むテーマもあれば、技術的要因で行き詰まるテーマもあり、進捗にばらつきが生じることがわかりました。そこで、AIZAQでは、検証結果やその過程で得られた学びを社内で横展開するナレッジシェアの機能を立ち上げました。1つのテーマでの活用事例を、社内サイトを通じて公開することで、他のテーマ検証を進めるヒントとなります。
また、AIZAQのこだわりは、参加者同士がオープンであること。各テーマの取り組み状況や、ちょっとした気づき、検証に役立つ豆知識などをAIZAQのチャットグループで気軽に発信し合うことで、部門を越えた学びの連鎖が広がっています。
AIZAQは、1シーズンの活動期間を6カ月間としています。
2023年9月にスタートしたAIZAQシーズン1にエントリーされた24テーマのうち、90%以上のテーマで、「生成AIは業務の課題解決に有効である」という結論が得られました。特に、要約、分類、抽出、生成、添削といった、従来、工数がかかり効率化が難しかった定型業務で大幅な工数削減が期待できることが立証できました。
検証を通じて、課題解決につながるテーマには、共通する2つのポイントがあることがわかりました。1つ目は、業務プロセスの全体を可視化し、課題の所在とその原因を明確に特定できていること。2つ目は、生成AIの得意なこと・不得意なことをしっかりと理解していること。つまり、生成AIを使った業務の課題解決のためには、業務プロセスの中で、生成AIが得意とする工程に正しく技術を適用することが重要なのです。
2024年4月に始動したAIZAQシーズン2では、前シーズンからの継続テーマと新規テーマを合わせた25のテーマが立ち上がりました。参加を表明した有志の数は全社で253名にのぼりました。
AIZAQの取り組みテーマの1つが、「Voice of Customers Analysis Project(顧客アンケートの分析プロジェクト)」。オムロンのヘルスケア製品やアプリケーションに寄せられるお客様からの膨大なコメントを、生成AIを使って分析することで、お客様のニーズを迅速に製品やサービスへ反映していくことを狙いとしています。これまでの検証を通じて、「顧客の声を自動で分類するプロセス」と「顧客の要望を対話式で掘り下げるプロセス」に生成AIを活用することで、実業務に本格導入した際により短時間で質の高い分析ができるという期待効果が得られました。社内・社外問わず、「膨大なデータを効果的に製品やサービスに活かしたい」というニーズは多いため、本テーマの検証結果があらゆるビジネスにおけるサービス改善や、顧客ニーズに合った商品開発に役立つ可能性が見えてきました。
他にも、「問合せ業務の効率化」、「意思決定プロセスの効率化」、「ドキュメント作成の自動化」など、多様なテーマで業務効率化や付加価値創出に向けた検証を進めています。
AIZAQ エントリーテーマ(一部抜粋)
ここまでのAIZAQの取り組みを通じて、生成AIを活用した業務効率化により、スマートな働き方を実現する道筋が見えてきました。しかし、私たちの挑戦はまだ始まったばかりです。
オムロンの創業者・立石一真が唱えた企業哲学に「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」という言葉があります。オムロンが生成AI活用推進プロジェクト「AIZAQ」を通じて目指すのは、単なる業務効率化に留まりません。業務効率化で生まれたリソースを社員のアイデアを起点としたイノベーティブな業務に投じることで、より楽しく創造的で、持続可能な社会の実現に貢献し続けます。