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ニューロダイバーシティ人財活躍を社会全体に広げていくために【後編】

発達障がい者の雇用で、働き方や組織は本当に変わるのか?

オムロングループは、2021年から「異能人財採用プロジェクト」を開始した。このプロジェクトは、発達障がいゆえにコミュニケーションなど不得意な部分がある人を対象に、AIや機械学習などの分野で尖った能力を持つ方を積極的に採用するためのプログラムである。異能人財採用プロジェクトについて、フリージャーナリストの長谷川がレポートする。

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ジャーナリスト

長谷川 祐子 氏

神戸市外国語大学を卒業後、首都圏において官庁での調査業務、外資系通信社でのニュース翻訳者を経て、フリーのライター・翻訳者・ジャーナリスト。働き方や障害者問題に関してリサーチ・発信し、2020年にビジネスSNSのリンクトインで「最も人を惹きつけるクリエイター10人」に選ばれる。ビジネスとダイバーシティを軸に、取材執筆・翻訳・オウンドメディア制作支援・キャンペーン・登壇と水平展開し、人を惹きつけ影響を与えていくオピニオンリーダーを目指す。

 

脳や神経の違いを「社会モデル」で

1972年、オムロンの創業者 立石一真と社会福祉法人太陽の家の創設者 中村裕医学博士の理念の共鳴により、日本で初めて身体に障がいのある方を雇用する福祉工場「オムロン太陽株式会社」が誕生した。以降、オムロングループは障がい者雇用に先駆的に取り組んできた。設立して50年以上が経過し、日本の障がい者雇用状況は大きく変わった。障がいのある人を企業が雇用することは、もはや当たり前の時代になった。一方で、現在、精神・発達障がいのある人の雇用など障がい特性によるハードルが、社会的課題として浮き彫りになっている。

2021年、オムロングループは、異能人財採用プロジェクトを立ち上げた。理工系に強みのある「異能人財」に、新製品の開発・研究領域で力を発揮してもらうことを目的とする採用プロジェクトだ。

世界では、発達障がいを含む脳や神経の違いを優劣ではなく多様性として尊重し、「障がいの社会モデル」の観点から捉える「ニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)」の雇用が広がっている。「障がいの社会モデル」とは、障がいは個人の心身機能の制約と社会的障壁の相互作用によって創り出されているもので、社会的障壁を取り除くのは社会の責務という考え方を意味する。オムロンの異能人財採用プロジェクトは、まさにニューロダイバーシティの考えに沿った雇用だ。

 

近い将来に向けて、変わる組織

オムロンは、事業を通じて社会的課題を解決することで、よりよい社会をつくるという企業理念の実践に取り組む。2017 年、障がい者雇用に関する長期ビジョンを策定した際の課題の一つは、特例子会社に頼らず雇用していくということだった。今まで以上に、営業やスタッフ職といった幅広い職種において障がいのあるメンバーを増やすと共に、社会的課題である精神、発達障がいのある人の雇用を加速させた。この二つの課題を解決していく方策の一つが異能人財の発掘だ。こうした人を採用していくため、「面接は最小限に、インターンシップでの技術力を問う課題を最大限に重視する」という試みを実施することにした。

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オムロンの障がい者雇用に関する今後の方向性

オムロンの主力事業であるインダストリアルオートメーションビジネスカンパニーの技術開発本部で3週間実施されたインターンシップは、「映像からその人の動作を分析したり、仮想空間上に動作を映像化する」という課題を解くものだった。このインターンシップに、発達障がい者の就労移行支援事業所に通っていた候補者が参加した。彼は、大学院で先端情報学を専攻し、大学院生としてトップレベルのプログラミング技術を持っていたが、面接での自己PRが難しく、新卒で就職が叶わずにいた。

彼の出した課題の結果に、チームマネージャーは「ぜひ期待したい」と、その技術力の高さに驚きを見せた。しかし、彼は面接でほとんど話すことができなかった。「コミュニケーションが取りにくいので同僚とうまくやっていけないのでは...」と心配する声も社内にあったが、社内は変化しようという方向に進んでいった。チームマネージャーは当時の思いをこのように語った。「インターンシップを通じて、風土もマネジメントも変わってきている。採用をきっかけに、我々のチームがインクルーシブな組織に変わって、それを周囲に広げていきたいと決意した」。

そして20224月、オムロンは彼を迎え入れた。

人事部ダイバーシティ&インクルージョン担当者は、「チーム内では、継続してコミュニケーションの工夫を続けている。例えば、上司や産業医、所属事業所の生活相談員、人事担当者と定期的な面談を行っている。また、発達障がい者の就労移行支援事業所 Kaienにも入ってもらい、通院などの生活面でのサポートをしたり、事前に変化を察知して共有するような仕組みを整備している」と日頃の職場の様子を語った。

彼は、聴覚過敏ゆえに周囲の雑音が気になりやすく、雑音を除去して集中するために、イヤホンを使用している。また、口頭での会話を困難とする。ある時には、「何かモヤモヤすることがあるが、その原因が何なのかは分からない」という言葉が出てきたことがあった。また、ある時には、マネージャーの質問に対して答えが出てくるのに数分待つ、ということもあった。しかし今では、こういったことも「日常」と受け入れての体制ができてきている。アナログ的な質問には答えにくいが、技術者同士の技術的な会話には何不自由なく対応できる。彼は飲み込みが早く、仕事は想像をはるかに超えて早い。また、その品質も非常に高い。言語化に時間はかかりながらも、毎週のミーティングに参加し、プレゼン資料を作って説明する。周りとコミュニケーションを取れるように自ら努力もしている。自分で仲間を作り、何かをやっていこうとする道を考えている。

699_01.jpg職場での様子

異能人財採用プロジェクトを進めていくうえでは、苦労もあった。しかし、それでも進めてこられたのは、苦労を上回るものがあったからだ。それは、「障がい特性に応じた配慮があれば、特定分野での高い技術力で貢献してもらえる」という期待に対して、期待以上の成果を出してくれているということ、またマネジメントの見直しや職場全体の働きやすさにもつながっているという。オムロングループは長期ビジョン「Shaping the Future 2030 (SF2030)」において、人財戦略に「会社と社員が、"よりよい社会をつくる"という企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける」と掲げ、ダイバーシティ&インクルージョンの加速によって、多様な人財をひきつけ、個々人の能力発揮を促す人財施策をグローバルで実行している。異能人財採用プロジェクトは長期ビジョンに紐づく人財戦略の一つであり、人的資本経営そのものだと言える。

 

Interview

698_tomita.pngオムロングループ ダイバーシティ&インクルージョン推進担当

宮地 功

オムロングループは、会社と社員の新たな関係構築を見据えた人財戦略「Shaping the Future 2030 (SF2030) 」で、初めて非財務目標を設定し、目標の一つに、「海外28拠点での障がい者雇用の実現と、日本国内の障がい者雇用率3%を継続する」ことを掲げた。現在、グループの障がい者雇用率は3.45%と法定雇用率を大きく上回り、製造業ではトップ水準にあります。一方で、私たちは異能人財採用プロジェクトを「障がい者雇用の施策」ということだけでは捉えていません。この取り組みは、多様な個性を生かす組織風土や働き方の調整をすることで、オムロンがより多様な人財が活躍する企業へと変革するきっかけになると確信しています。次の優秀な人財採用に向けて、今年度も「異能人財採用プロジェクト」のインターンシップを実施しています。今回は、オムロン株式会社 技術・知財本部、オムロンソフトウェア株式会社の2社で、画像・センシング技術の研究開発職やソフトウェア開発などIT開発職の計7つの職種で募集しました。オムロングループ内でもこの取り組みは拡がりをみせています。また、我々が発起人になり、異能人財の採用を地域の企業が連携して広げていくことを目的に他社にも呼びかけを行い、そこに行政、支援事業者、大学も参加しての地域連携会議を立ち上げました。現在京都企業6社が参加しています。この雇用事例はまだ小さな波でしかありません。少し時間がかかったとしても、雇用事例を1件ずつ増やし、大きな波にしていきたいと思っています。

698_hayashi.png株式会社Kaien 共同創業者・代表取締役

鈴木 慶太 氏

ニューロダイバーシティや発達障害は決して異能とイコールではありません。しかし高学歴やハイスキル者の中に、コミュニケーションや実行機能(目標達成のための計画・実行力)に障害を抱える人がいることが明らかになっています。「異能人財採用プロジェクト」は、本人の努力不足とされて、せっかくの能力を活かしきれていないこれら人たちに、光を当てる試みと言えるでしょう。重要なのはこれらの異能を受け入れる力は決して障害者雇用という面にとどまらないということです。凸凹の多いスペシャリストを受け入れるのは、一つ一つ違う石を積み重ねるようなものです。レンガで壁を作るようには簡単ではありません。しかし本来、人間は一人一人カタチの違う石のようなものですので、石の個性を活かした組織づくりは社員に優しいだけではなく、安定した石垣になるでしょう。一方で人をあたかもレンガのように同じカタチとして積み上げる組織は積み上げるのは簡単ですが人に辛く、これからの時代に強い組織に向いた考えかと言われるとそうではなさそうです。オムロングループには新しい時代を切り開く組織づくりの一つの要素として、一人一人の脳機能の違いを活かした個別最適な採用や育成を期待したいと思います。

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