人生100年時代の健康を支える介護予防サービスの普及を通じて高齢者の自立を支援 大分県との連携協定で目指すソーシャルイノベーション

人生100年時代のQoL(Quality of Life=生活の質)を考えるとき、健康寿命は重要な指標です。健康寿命とは、日常生活が健康問題によって制限されることなく、自立して暮らせる期間を表します。この健康寿命を延ばす鍵となるのがケアマネジャー(介護支援専門員)をはじめとした介護の専門家ですが、支援が必要な人は増える一方、高い専門性をもった人材の育成が追い付かず、慢性的な人手不足となっています。この社会的課題を解決するため、「健康寿命日本一」を掲げる大分県とオムロンが取り組んでいるのが、ICTを活用した介護予防サービスです。超高齢社会におけるQoLの向上を実現する本プロジェクトは、どのようなものなのか、その概要と今後の展望について見ていきます。

求められる「健康寿命延伸の仕組み」

日本は世界でも有数の長寿国ですが、健康寿命と平均寿命との差は約9~12年程度あるのが実情です。つまりその期間は、身体活動が低下したり、生活に不自由が発生したりし、日常的に医療や介護に頼って生活をしている期間となります。

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出所:42回厚生科学審議会 地域保健健康増進栄養部会、"健康寿命延伸プランの概要"、2019529

健康寿命を延ばし、自立した高齢者を増やすには、生活機能の低下を早期に発見して進行を防止するために、要介護となる前に介入することが大切です。機能低下の予兆を捉え、その真因を特定し、それを排除・低減するための対処を行って生活機能を回復させること、そして、日常生活や社会参加への自信と意欲を取り戻してもらう。このプロセス全体が高齢者の自立を支援する介護予防ケアマネジメントです。
しかし、こうした介護サービスを支えていく人材は、2025年には245万人の需要に対して供給が190万人と、55万人も不足すると考えられています(*1)。

*1 出典:厚生労働省 福祉人材確保対策室〝福祉・介護人材確保対策について(2019年9月)"

この不足を埋めていくには、自立して生活できる高齢者を増やし、要介護・要支援認定者数を低減すると同時に、介護現場に従事する方々が働きやすい環境を整えることが重要といえます。

今回の事業連携の舞台となる大分県では、この介護予防の領域に着目し、介護・医療の専門職などが短期間かつ集中的に関わることで、運動機能や栄養状態などの改善・向上を目指す短期集中予防サービス事業を高齢者へ提供することで、QoLが向上する仕組みの実現を目指しています。

大分県はこれまでにも様々な職種が連携し、地域ケア会議を中心に高齢者一人ひとりの生活事情に応じた最適なサービス提供をおこない、生活機能改善を目指すプログラムを短期に集中して提供する介護予防サービスや、住民主体で介護予防を推進する地域の受け皿作りなど、健康寿命延伸のための取り組みを行ってきました。

これらの取り組みをさらに加速させるためには、介護現場の効率化や環境改善をおこなっていく必要があります。オムロン創業者の立石一真の「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」という哲学の通り、介護領域に「人が活きるオートメーション」を導入していくことによって実現できるのではないかとオムロンは考えました。

こうして、大分県の活動にオムロンが持つ技術やノウハウを組み合わせることで、高齢者の自立を支援し、地域でいきいきと日常生活を営むことができる、効率的かつ効果的な仕組みづくりを目指すプロジェクトがスタートしました。

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2020716日に執り行なわれた大分県との連携協定締結式
中央:大分県知事 広瀬氏、右:オムロンイノベーション推進本部長 宮田、左:連携事業アドバイザー 株式会社ライフリー 代表取締役 佐藤氏

高齢者の自立に有効な介護予防

高齢者の自立を支援する介護予防サービスは、高齢者の生活課題や改善の希望・可能性を本人や家族から聞き取って分析する「アセスメント」から始まり、それを元にした目標設定とプラン策定、運用に伴うリスク管理、実際の生活機能訓練の実施と進んでいきます。
これを、必要に応じてサイクル化し、全体を3〜6ヶ月の短期集中予防サービスとして提供するわけですが、サービスを卒業して終わりではなく、その後の社会参加までの連動性を確保しなければ、本当の意味で自立を支援したとはいえません。
その実現には、サービス従事者に対して高い専門性が求められるだけでなく十分にコミュニケーションをおこなう時間の確保が不可欠でした。今後の人材確保への不安もあり、介護予防を広めていくには現場の負担を解消していかなければなりません。

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生活不活発により、床上動作・歩行が不安定
    
ボランティアへ参加できるように

ICTの活用によるオムロンのアプローチ

オムロンでは、課題解決のために人と機械それぞれが得意とすることを担い、融合するアプローチを採りました。アセスメントやプラン策定、リスク管理、生活機能訓練などの専門スキルが必要とされる場面をソフトウェアで支援。一方で、高齢者とのコミュニケーションを通じた感情の察知や、情報・指示伝達の適切な頻度やタイミングの判断といった対人スキルについては、人の能力を活用するという、ハイブリッドなやり方によって、業務負担を軽減しながら介護従事者が本来の力を発揮できる環境を作り出そうとしています。
その第一歩となるのが、介護スペシャリストのアセスメント手順や思考プロセスを再現し、判断の支援を行う「アセスメント支援」ソフトウェアです。独自のデータベースから特許出願中のアルゴリズムを利用して、考えられる機能低下の要因案を提示することができます。
2020年9月からスタートする実証事業では、大分県および市町村、地域包括支援センター/介護事業所の協力を得て、タブレットを活用しソフトウェアによる支援領域を拡大しながら、その効果を検証していきます。また、システムを介して得られた種々のデータを用いて短期集中予防サービスの介護予防効果や、有効な介入プログラムなどの分析/検証も行っていく予定です。

今回、オムロンでプロジェクトリーダーを務めるイノベーション推進本部の加藤は今後の展望をこう語ります。
「私の所属するイノベーション推進本部(IXI)とは、イノベーション創出を実現するための全社プラットフォームで、志ある社員が新規事業を立ち上げることのできる仕組みです。大学で生体医工学を学び、『予防医療の分野で多くの方々を疾病から予防することに貢献したい」という思いでオムロンヘルスケアに入社しました。大分県の活動を知り、健康で長生きなお年寄りを増やすために、平均寿命と健康寿命のGAPを縮めるプロジェクトを推進しようと、IXIへ手を挙げました。」

223-05.jpg写真左から:プロジェクトリーダーの加藤、プロジェクトマネジャーの金岡

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「まずはタブレットを導入することで忙しいケアマネジャーの作業負荷軽減につなげていきます。しかし、人手不足や、それぞれのケアマネジャーに経験や知識に差があるなど、まだまだ課題が多くあります。そのため、次の段階としては、今回蓄積された情報を分析し、適切なケアプラン作成を支援する機能を追加していく予定です。こうすれば『匠ケアマネジャー』の知見をみんなで共有できます。システムがケアマネジャーの潜在能力を引き出し、持続可能な自立支援型のケアマネジメントの仕組みを目指します。まずは大分県のお年寄りたちを元気にしたいです。そしてそれを日本全国に広げていきます」

IXIでは、こうしたソーシャルニーズに対するイノベーション創出に熱意を持って取り組んでおり、このプロジェクトをより多くの市町村への展開を目指してチャレンジを続けています。