オープンイノベーションで、未来の農業を描き出す ~決めてから進むのではなく、進みながら考える~

社会は、従来とは異なる次元で変化している。そして、世界各地で数々の新しいニーズが生まれている。

オムロンは、そうしたニーズを新たな社会課題として捉えている。そのために利用するのが、オープンイノベーションのメソッドだ。

 

技術による農業の革新へ

技術による農業の革新へ

新たな社会課題の解決には、新たなイノベーションによる新規事業の創出が不可欠になる。オムロンにおける新規事業創出のキーパーソンは、小澤 尚志。事業開発本部 新事業創出センタ長としてさまざまな社会課題に向き合うと共に、オムロンベンチャーズ株式会社の代表取締役を兼務し、ベンチャー企業との連携を図ってきた。小澤は、次のように話す。

「オムロンは、これからもFA(ファクトリーオートメーション)、ヘルスケア、モビリティ、エネルギーマネジメントの4分野に注力し続けます。一方、これら4分野で蓄積してきた技術とノウハウを生かして、新たな社会課題の解決を目指そうという方向性も打ち出しています。その際に議論を重ね、『オムロンなりのやり方を確立すれば、イノベーションを起こせる』と結論付けたのが、農業でした」。

農業は、数多くの課題を抱えている。人口の増加による食糧需要の増大。農業の担い手の高齢化。気候などの不確定要素によるリスク、そして食の安全性。

農業は、数多くの課題を抱えている

現在、世界的な人口増による食糧需要が拡大する中、農業従事者の安定確保と生産性向上のニーズが高まっている。

また環境負荷の低減を実現するため、高付加価値の生産物の栽培や適切な流通・販売による収益確保も求められており、生産から販売・流通に至る過程において、異業種からの参入による農業の工業化や省略化に大きな期待が寄せられている。

オムロンでは、強みであるコア技術「センシング&コントロール+Think」を使って、農業の制御システム市場への参入を計画。センサーによるデータの取得と蓄積、蓄積したデータのAIによる解析、解析に基づいたフィードバックサービスの提供までを見据えている。

その契機として、「株式会社プラントライフシステムズ(以下PLS)」および「株式会社オーガニックnico」に出資を行い、これら農業ベンチャー2社との取り組みでスピーディに事業化のめどを立てた。さらに事業化を加速するために、「ベジタリア株式会社」への出資も決めた。ベジタリアがすでに成熟したスマート農業ソリューションを提供していたためだ。オープンイノベーションを、単なる外部との連携ではなく、出資による密な協業によって進めたことになる。

「社会課題の解決を図るという視点からすると、日本だけを見るのではなく、グローバルで戦えるビジネスモデルを展開することになります。そして、それを早期に立ち上げなければ、ライバルに先を越されてしまうかもしれません。新規事業の立ち上げにオープンイノベーションというメソッドを使う価値は高いと考えています」。

小澤が描く未来の農業の姿は、「安全・安心で健康によい農業」。人の勘や経験をAI技術が、作業をロボティクス技術が置き換え、さらに人の能力も超えて今まで難しかった有機栽培をだれもができるものにする。農薬や化学肥料に頼らず安全で土壌や環境も汚さず、さらに工業化が進むことで作物の品質の向上、安定化、収穫タイミングのコントロールが可能な未来だという。

このような未来を実現するために、オムロンのセンシング技術を土台に、農業作業者の目の代わりになる専用センサーを開発。農業作業者の経験的感覚に頼っていた判断を、機械に任せることができるようにする。また、AI技術を活用することで気候や土壌の違い、変動を学習し、常に最適に進化し続ける栽培環境管理技術も確立しつつある。

「農業を、若者が敬遠する産業ではなく、だれもが普通に働きたくなる産業にする」ことが小澤の夢だ。

長期的協業関係を目指して

 

長期的協業関係を目指して

「オムロンベンチャーズは、投資とリターンの考え方が一般的なベンチャーキャピタルと異なります。一緒にやれそうなところと濃い密度で協業することが出資目的。ゴールは、長期にわたって協業することで、キャピタルゲインは求めません。始めに組んだ2社は創業したばかりで、『自分たちで社会課題を解決したい』という志を持っていました」。

PLSは水耕栽培が中心、オーガニックnicoは土壌の無農薬栽培というカラーの違いもあった。2社と個別に農業に取り組んだことで、複数のやり方を一度に経験。農場に設置したセンサーからは、数多くの情報を得た。蓄積されたデータはAI技術を使って解析し、翌年のリアルタイムなビッグデータ解析に役立てることができる。さらには、実際に作った安心・安全でおいしい農産物を、サプライチェーンを経て最終的に消費者へと届けるビジネスモデルにも一定の目処が立った。

無農薬栽培

「シード期(設立初期の種まき時期)のベンチャー企業との協業は刺激的で、一緒にトライ&エラーをすることでさまざまな知見を得ることができました。一方で、事業として利益を生むことに対する課題も出てきました。それら課題の一部を解決できる技術とノウハウを得るために、新たに出資したのがベジタリアです」。

 

確立した技術を社外から得る

ベジタリアは、気象や栽培管理など農業に重要なデータの収集・解析や、病害虫が発生するメカニズムの把握など、スマート農業ソリューションに強みを持つ。これまで農作物を生産してきた現場のノウハウと、オムロンのセンシング技術およびAI技術、実際に販売までやって得たサプライチェーンのノウハウに加え、農業特化のデータ解析技術を得たことになる。

栽培管理

今回はシード期の企業2社と、確かな技術を確立している1社との協業だった。大学など研究機関との共同研究には向かないと判断したことになるが、その理由はシンプルだ。研究機関の役割は主に"要素技術そのものの研究"であり、"それを社会でどう使うか"という命題との距離が遠いのだ。

 

両社にメリットのある協業で立ち上げを加速

現在、新たな協業先として検討しているのが種苗メーカーだ。すでに、最適な栽培制御をするためのアルゴリズムのベースは出来上がっており、対応する農産物も増えてきた。種苗メーカーと協業することで、「品種ごとのクセ」をアルゴリズムに学ばせることができる。そしてアルゴリズムに品種の詳細な情報を組み込むことなどで、新品種の開発に役立つ情報をフィードバックすることも期待できる。

「早期にグローバル展開も進めますから、今後海外企業との協業も出てくるはずです。オートメーション技術とセンシング技術、AI技術、ロボティクス技術など、農業を変革できる技術は数多くあります。そして、最終的にはサプライチェーンのノウハウも含めたシステムとして提案したいと考えています。私たちの持っていない部分や、より洗練させたい部分などには社外の力を借りながら、オムロンの事業として一本立ちできるビジネスモデルの確立に向けて努力していきます」

 

技術と事業アイデアの橋渡し

技術と事業アイデアの橋渡し

小澤自身、研究者だった。大学卒業後に材料開発の専門職に就き、その後大学に戻って助教を務めた。そのころに芽生えたのが、「自分の研究を世の中に役立てたい」という思い。オムロンに就職したのは、「自分たちの技術で社会課題を解決する」という企業理念にシンパシーを感じたからだという。

「次の時代の社会課題と現時点の社会課題を解決するために、実現できる技術と技術課題を結びつけて考え、事業アイデアと橋渡しできる存在になりたかったのです。多くのベンチャーを見てきましたが、うまくいっているベンチャーには必ずそういう人財が居ます。そして、そんな希望を持った人なら、オムロンで活躍するチャンスは大いにあると思います」。

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