エンジニアとしての価値を高める「特許」 ~自分の「知」を資産にする~

"特許を取ることは難しい"
"ノルマになるとつらい"

特許について、一般的な技術者からよく聞こえてくる声だ。では、なぜ特許を書かないといけないのだろうか。

それは特許とは、開発の成果だからだ。開発の成果といえば、もちろん製品という有形資産もあるが、特許や論文といった無形資産もある。

これらの資産を積み重ねることで、技術者としての成長を実感するという人は多いだろう。他社の技術を採用したり、協業したりしようとするとき、特許や論文を確認するのではないだろうか。特許があるからこそ競争や協業を有利に進めることができる。

日本、そして世界に通用する技術者として成長するために、自らの技術を形にする「特許を書く」というプロセスは外せないといえる。

そして特許は企業にとっても重要だ。世界の特許出願件数は、10年前の180万件から2015年には280万件を超えている。

製品単体にユニークな技術を搭載し、それを特許として競争力を強化していた時代から、IoTの進展により機器と機器を組み合わせたシステム全体を特許とする動きも出ている。そのため様々な業界の企業が、自らの専門領域を超えた特許を取得している。

特許は開発の成果物の一つという役割に加え、事業の競争力の源泉として、そして他社と協創していくために、戦略的に生み出すものになっているといえる。

技術経営を実践するオムロンでも古くから特許を重要視している。実は創業者の立石一真は500件以上の特許を出願している。技術者の「知」を資産にし、活用することは今も昔も経営課題のひとつなのだ。

しかし、特許といえば、新原理や難しい技術でなければならないと思っているものも多いのではないだろうか。

「偉大な発明でも高度な技術でなくても、特許は取れるんです。技術者が当たり前のことのように思い込み、見過ごしてしまいそうな技術が、意外にも特許となり、むしろそれが事業上重要となることも多いのです。」

こう話すのは、知的財産センターに所属し、知財専門職として弁理士資格を有する宇野徹也。

偉大な発明でも高度な技術でなくても、特許は取れる。では、特許を取得するプロセスで重要なのは、何なのか。それは、何が資産になりうるかを見抜く目線を持つことだという。

では、技術者は特許とどのように向き合えばいいのだろうか。

 

自身の気づきから生まれた社内研修会

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知的財産センター 知財専門職 弁理士 宇野徹也

現在は知的財産センターでオムロンの特許戦略の一翼を担う宇野だが、長年、自身も技術者として活躍してきた。当時は例に漏れず、特許出願を苦手としていた。何を、どのように申請してよいのかさえもわからない。出願の際に発明内容を記載する発明説明書を書いては上司から突き返される。そんな苦労を重ねながらも特許を取得するプロセスを通して、彼はあることに気づいた。

「目線を変えて技術を見れば、特許を取ることは決して難しくはない。技術のどの部分が特許になりえるのかをピンポイントで掴むことで、技術をどう価値ある特許に翻訳するか考えることができるようになるのです」

特許取得のプロセスが、結果的に自分たちの技術の強みを改めて認識し、研究の視野を広げることができる。最終的には更なる事業への貢献につながっていく。

宇野は当時得た気づきを伝えるために、まずは特許に対する見識を深めてもらおうと、技術者を対象にした社内研修会を開催している。それが、2016年6月に始まった「特許道場」だ。

 

やるからには、オムロンらしいカリキュラムを!

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特許道場の様子

特許道場は、技術者の"発明を書く力"を高め、自分の「知」を資産にできるようにという想いからはじまり、すでに1,100名ほどの技術者がその門を叩いている。

特許道場は当初、外部から知財専門のコンサルタントを招へいして研修内容の検討を開始したが、結果、それとは異なったものになった経緯がある。なぜなら、知的財産センターのなかで「より自分のことに置き換えながら理解し実践できるようにするために、オムロンの領域に特化した特許を学べる場にしたい」という想いが日に日に高まっていたからだ。

「例えば、オムロンの発明事例を類型化してどんな技術がどう特許になるかを伝えています。また、書きやすくするための発明の整理の仕方も取り入れています。」

「オムロンらしい道場を創る」

こう舵を切った知的財産センターは、宇野を含めた5人のメンバーが中心となり、使用する教材はもちろん、発明説明書を書くスキルを適切に図る実技演習までオムロン独自にプログラムを開発していった。

 

覆された"難しい"という先入観

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要素技術部 谷口晴香

特許道場ではテクニカルな内容に終始せず、技術者たちが目線を変えることを促し、特許取得への意欲も喚起している。ソフトウェア技術者の谷口晴香も特許道場に参加して当時の宇野と似たような感触を得たようだ。

「特許を巡り、技術者と知的財産センターの間でアプローチ方法が違っているのは驚きでしたし、とても勉強になりました。技術者は"今後は、この技術が社会的に伸びていく"と予測して発明説明書を書こうとするのに対して、知財メンバーは"この技術のうち何を資産にできるのか。特許として示せるポイントは何なのか"という観点で発明を見ている。特許の視点を得たことで、新しいアイデアを出すときもどこが優れているのかを整理できるようになりました」

現在、複数の天井カメラの情報を連結する技術を特許出願中の彼女は、新しいアイデアを出すときも技術の強みを明確に定義することができ、例えば、商品開発でも自分のアイデアのどの部分が優れているかを社内で説得力のあるプレゼンテーションができるようになり関係者の協力も引き出しやすくなったという。

受講者のなかで"特許は難しい"という先入観が覆されているのは、宇野をはじめとする知的財産センターの努力の賜物だろう。

結果としてオムロン社内の特許の出願件数は増加しており、初めて申請した技術者の数は特許道場開設前と比べて倍増している。

 

技術者と知財のコミュニケーションが会社の特許を生みだす

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宇野はいう。
「特許は技術者と知財財産センターとの"合作"」と。

「特許を取ろうとした際、 もちろん法律に基づく検討も必要です。その部分で私たちはお手伝いできますけれども、事業に役立たないような特許であれば意味がありません。特許取得は、技術の生みの親である技術者の仕事です。だからこそ、技術と事業を知る技術者は特許の視点を踏まえ、特許を知る知財財産センターは事業の視点で権利を考え、コミュニケーションをはかることで有意義な特許を生み出していくことができるのです」

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