~エンジニアによるエンジニアのためのトークセッション~
日々新しいテクノロジーが生まれる今日、ビッグデータやAR/ VRといった分野を超えて連携する現在の技術は、私たちの生活を大きく変える可能性を持っています。こうした動きのなかで、従来の企業での研究開発の他にテクノロジードリブンのスタートアップの起業も盛んに行われるようになってきました。技術革新が進む一方、社会課題が複雑化する世の中で、今後も技術者が果たす役割はさらに大きくなっていくと予想されます。技術者はどのようにして研究を進めていくべきなのか。「CEATEC JAPAN 2017」にて、注目を集めるスタートアップ企業の創始者とオムロンの技術者がトークセッションを行いました。
【参加パネリスト】
玉城絵美氏-「H2L」の創始者であり「米Time誌の選ぶ50の発明」に選出された起業家・研究者
山浦博志氏-James Dyson award2013を受賞したメカエンジニアにしてイクシー株式会社の代表取締役。
諏訪正樹-画像センサーを中心としたセンシング技術の研究をおこなう(オムロン株式会社)
井尻善久-デジタルカメラの顔認識やロボットビジョン、アルゴリズムの研究をおこなう(オムロン株式会社)
さまざまなバックグランドを持つ面々が、技術者にとって成長できる職場環境、これからどのように成長していくべきか、そして、これからの技術者のあり方について議論を繰り広げました。
セッションでは、技術者にとってスタートアップと従来の企業ではどちらが成長できる環境なのかということから議論が展開。このテーマに一石を投じたのは山浦氏。
「大学時代から感じていたのは製品の量産化や認可の壁。そのため、大学卒業後に"製品を作ること"を学ぶために企業へ入りました。製造の最終工程まで携われたのは消費者ニーズを知るうえで非常によい経験でしたが、反面スケジュールの遵守が求められ挑戦的なことがしづらく、また役割ごとに組織が分かれ全体が見えないことに疑問を感じました。そこで私はスタートアップに働く場所を移したんです」
実際に山浦氏が自身で成長を感じたのはスタートアップの組織内で、一見無理ともいえる目標に取り組んだときであると言います。
ただし、こうした環境が自分に合っていると感じたのは「一度企業に身を置けたことが大きい」と前置きして話を続けます。
「役割の決められた組織で研究に専念することも、技術者にとっては重要です。好みで属する組織を選ぶのではなく、経営理念や仕事のスタイルが自分に向いているかを判断するために、できれば双方の経験をしてほしいですね」
山浦氏の語るスタートアップの特長に対し、井尻は企業ならではの研究スタイルに目を向け、その魅力を語ります。
「ひとかどの技術者となるための鍵は"継続"です。自分が"この分野のプロになりたい"と思い、費やした時間がやがて大きな成果となります」
井尻は続けてこう語ります。
「企業というのは、ともすれば非常に面倒くさい仕事をしなければならない場です。ただし企業は分業制をとっていますから、自分の求める分野と企業の方針が合致すれば、時間を最大限に使って技術を高め、研究開発に集中することができる。これは技術を積み重ねていくうえでは最高の環境です。やりたいことを企業側に働きかけ合意を得られれば、その環境を提供してくれます。自分の理想の職場を目指すのであれば、そうした表現力も必要ですね」
こうした双方の組織のメリットを語るなかで、それぞれが共通して重視する要素を語る場面も。それついて話し始めたのは玉城氏。
「腕の筋肉に電気刺激を与え手指の動きを制御するPossessed Handを開発した際、説明として"人をコントロールする"と発表しました。しかし、これに対して"恐ろしい"という反応がかえってきました。そのときに私が思ったのは研究者が研究所のなかだけでやりたいことだけをやるという状況は良くないんだということ。研究開発のためには社会的な需要を反映しながら、改善することが大切なんです。こうしたことから私が大切にするのは、現場とのつながりです。現場の声や要望がすぐに研究者に届く環境は、企業だけでなくスタートアップですら少ない。研究者の耳に入るころには、いろいろなフィルターを通して整理されてしまうことが多いんです。研究環境選びの重要なポイントは、現場との関わりやフィードバックの受けやすさではないでしょうか」
オムロンの諏訪もこの「現場重視」の視点には大きく同意し、長年経験してきた現場での重要性について論を展開。
「私も研究所にこもっていることはまずありません。開発中や製品が出たときには、フィールドエンジニアへ会いに、それこそ日本全国から海外まで飛んでいきます」と、オムロンの技術者のスタンスを紹介。
「現場で不具合が出たときに必要なのは、その場で応急処置ができること。それを達成したうえで、中期的な処置、抜本的な解決法を考えることです。小手先の対処ではなくて、基礎研究まで戻った根本的な改善を行っていくことです。技術者に最も大切な基礎研究は、研究所から生まれるのではなく、現場にあるんですね。そうして得た知識を研究のネタとしてどう活かしていくかが重要なポイント。これは現場でなければ経験できません」と、自らのエピソードを披露しました。
さらに議論は日本のものづくりと、その競争力へと広がります。
これからの日本の技術者が海外との競争のなかで生き抜くためにどのように成長すべきかが議論されました。そのなかで特徴的であったのは、創造力を生かして独自の技術を開発する姿勢、そして研究者に求められる3つの資質についてでした。
山浦氏はこう語ります。
「開発途上国も含めた世界全体の教育水準が上がり、技術でも競合は否応なしに増えていきます。そのときに大切なのは、実は"不合理"なこと。人間にしかできない、クリエイティブで、不合理だけど人の心理をつくようなもの。いくつもの分野がかけ合わされた、創造性と独創性のある技術を見つけることが鍵ですね」
井尻は、技術面だけでなく技術者の資質についても言及。
「複雑化する今後の技術課題においては、ひとつの分野で対応できることはほぼありません。独創的な技術を打ち立てていくには、自らの分野を極めるとともに視野を広げて、ほかの分野を見て学んでおくこと。また自らの分野を他人に説明し、賛同者を得て、ともに研究を進めていくことが大切。これからの研究者に必要なのは"極める力""広げる力""表現する力"の3つだと思いますね」
企業と、スタートアップ。
環境に差異はあれど、これからの技術者にとって必要となってくるのはいずれも、市場や世界が何を求めているかを理解し、いろいろなものをかけ合わせながら挑戦を続けていく力にあるのかもしれません。