~鉄道模型のレールやラジコンのモーターが、ものづくり現場の課題解決に~
従来の製造ラインとは大きく異なる発想を生んだのは、開発メンバー同士の共通の趣味であるラジコンやプラモデルだったーー。
市販の模型パーツを使うというユニークな発想から生まれた新しいローコスト・小型化の生産ラインは、製品製造のスタイルを根底から大きく揺るがす可能性をもっている。
世の中のニーズの多様化に合わせて、多品種少量の製品供給を希望するメーカーが増えている。その際に、大きな課題となるのは原価の高騰や仕様変更による生産スピードの低下だ。彼らのニーズは、「設備投資を抑えながら、短納期で品質の高い、多品種少量製造ラインの提供」。
これらの難題を解決するため、オムロン社内でひとつのプロジェクトが立ち上がった。プロジェクトに名を連ねたのは、スイッチやセンサーを手がける事業部で生産設計をするメンバー。彼らにとっても多品種少量生産は、日々の業務の中で直面する問題であり、なによりも、クライアントのニーズに応え続けるために取り組むべき目標でもあった。
しかし、立ち上げ当初はその解決方法が見出せない。
「世の中のロボットにはスイッチやセンサーの生産に必要ない機能が多すぎる、必要な機能だけのシンプルな構造にするにはどうしたらよいか」「それに比べて、ラジコンや鉄道模型なんかは小さくて、不要なものも少ないシンプルな構造なんだよな」
開発メンバーの松本と石川は、このプロジェクトで一緒になる前からも旧知の中で、よく共通の趣味である鉄道模型やラジコンに例えて議論を重ねていた。
議論を重ねるうち、二人の脳裏にふとした発想の転換が生まれる。
「このラジコンのモーターや鉄道模型のレールなど、一般に流通している部品を使えば、低コストで小型のラインが作れるのでは?」
二人は、感じたひらめきを信じ、すぐさまプロジェクトチーム内で共有。プロジェクトチームのメンバーは、この着想と実現の可能性に共感し、これを開発指針として、実行に移し始めたのだった。
こうして、ラジコンのモーターや鉄道模型のレールを使ったラインという方向性は決まったものの、その開発はスムーズに行われたわけではない。
大きな問題となったのが耐久性。使うのは一般流通する部品であり、工場のラインを造るものとしては設計されていない。そのため、耐久性や機能をもつ部品を探して、チームは何度も試行錯誤を繰り返した。設計や開発を行う様子は傍目には、大の大人が、何人も職場で鉄道模型のレールやラジコンを手に実験をしている「少し恥ずかしい光景」に見えたかもしれない。しかし、技術者一人ひとりの心には常に「周囲をビックリさせてやる」という共通の思いがあった。
その思いを原動力にチーム一丸となって開発を進め、とうとうローコスト・小型化の生産ラインは完成する。手組み+自動機のライン構成からなるこのラインは、簡素に組み上げられ、必要な自動化ユニットを必要なだけ最適配置できる柔軟な対応力と、エレベーターを利用して移動できるコンパクトな設計が特徴。ベルトコンベアのように素材が流れていくのではなく、プラテンと呼ばれるロボットが、加工する素材を固定してレールの上を走る。これに製造ライン上の部品などをつまみ、次の工程へと移動させる役割のP&P(Pick & Place)という機構が組み合わされている。このP&Pにはラジコンのモーターを搭載、ライン自体のレールには鉄道模型の線路を使っているのだ。
満足のいくラインが出来上がるまでは実に3年。アイデアを信じ、技術を信じ、なによりそのアイデアを出す仲間の着想と、実行力を信じて部品の耐久性や品質を突きつめる努力は、省スペースで組み立ても簡単、さらに一般の流通品を使うため修理も容易という、多くのメリットをもったラインへと結実した。
こうして完成したローコスト・小型化の生産ラインは、まず社内で行われた説明会でお披露目された。はじめは半信半疑であった周囲の視線も、モデルラインの説明を行う頃には期待の眼差しへと変わっていった。特に着目されたのはその発想。「システムにイノベーションを感じる」「本当に使うシステムだけを考え突き詰めたところがすごい」と、社内の研究者や技術者から、称賛の声が上がった。さらに、これらはクライアントからも評価され、実際の製造現場に導入されることになる。多くのクライアントは、手組みと自動化を組み合わせるこのラインとともに、技術者たちの熱意に共感。なかには、「他のメーカーに依頼をしようと揺らいでいた気持ちが、今回のラインを見て変わった、オムロンにお願いする」というクライアントもいたほどだった。
こうして実戦投入によって実績を積みながら、ローコスト・小型化の生産ラインはさらなる発展を目指している。まだ開発されたばかりのシステムで、乗り越えていく課題は多いものの、その有用性には、「オムロン社内の新たな生産プラットフォームとして活躍できるのでは?」という期待がかかっている。
柔軟な発想とユニークな着眼点、なによりもそのアイデアを実現させるものづくりの精神が詰まったこの生産スタイルは、今後あらゆる部品・製品の製造現場へ転用され、大きな影響を及ぼすかもしれない。例えばスマートフォンによって私たちの生活スタイルを、より自由で効率的なものへと変えたように。ローコスト・小型化の生産ラインは、製品製造のスタイルを根底から大きく揺るがす可能性をもっている。