We are Shaping the Future! 私たちが手繰り寄せる未来ストーリー
~大学院生ベンチャー・iFACTroyの研究成果を社会に還元させる挑戦~
「オムロン コトチャレンジ」とは、オムロンベンチャーズ株式会社が主催する、ハードウェアベンチャーに特化したものづくり支援プログラムです。創業したばかりで、ノウハウや設備をこれから獲得していかなければならないベンチャー企業に対して、オムロンのものづくり人財の持つノウハウや設備を提供し、製品の企画・開発をサポートしています。
過去2回のプログラムに参加したスタートアップの中には、その後の資金調達や事業拡大のきっかけを得た企業も少なくありません。オムロンとの事業連携に繋がったケースも生まれています。
今回は2016年に開催された成果報告会(Demoday)で唯一学生チームとして出場したiFACTory・長野将吾代表にお話を伺いました。iFACToryは、野菜の鮮度を可視化するデバイスを開発しています。
-コトチャレンジに参加した経緯を教えていただけますか?
私たちが開発したのは、野菜の鮮度を計測するデバイス「せん時計」です。冷蔵庫の野菜の鮮度劣化をスマートフォンに通知して、栄養価の高いうちに野菜を食べられる仕組みを提案しています。感覚的に判断していた野菜の鮮度を客観的に捉えられるようになり、主に主婦層の方に喜んでいただけると考えています。
私たちは、保科と私が大阪府立大学 大学院で、太田が大阪市立大学 大学院で研究をしている博士課程3人のチームです。このチームが誕生したのも、この二つの大学が共同で進める「システム発想型物質科学リーダー養成学位プログラム」という授業のなかで、「研究成果を産業界で使えるものにできないか」と考える機会があったからです。
私が以前から考えていた「野菜の鮮度を見える化する」というアイデアを、このプログラムのなかで発表したところ、「君の言っていることは面白いけど、プロダクトにしてもらわないとわからない」という周りからの意見を多く受けました。そのような意見交換の中で、「アイデアだけではなく、形にしたい」と思い、コトチャレンジに参加することを決意しました。
-このデバイスを通じて解決したい社会課題について教えてください
ITが急速に私たちの暮らしを変えてきているなか、私の研究分野である農業はITが果たせる役割が、まだまだたくさんあると感じています。ITでこれからの農業を支えたい、という想いが根底にあります。
とはいっても、最初から農業に関心があったわけではありません。私は機械工学が専攻です。機械工学の研究分野でいえば、熱力学や機械力学が王道だと思います。
分野を決める際、「このような研究者層の厚い分野では、先生の研究を手伝っているだけで3年が過ぎてしまうのではないか」と感じました。そこで、これから大きな変化が起こるであろう領域で、自ら新たな価値を社会に提供できるような研究をしたいと思いました。
野菜は収穫後も生きていて、自分の蓄えている栄養を使って成長を続けようとします。そのため栄養価は収穫時点から下がり続けてしまいます。
このデバイスは、野菜に光を当て、反射して返ってくる光の波長分布を計測し、水分量などを計測、そこから鮮度に置き換える鮮度式を応用しています。一番初めは、iPhoneのカメラに波長を分析する分光器をつけて使うデバイスを考えていました。スーパーで鮮度のいい野菜を選んで買うといったニーズがあるのではないかと思ったからです。
しかし、3人での議論の中で、「実際に使う人の利用シーンに合わせよう」となり、毎日使う冷蔵庫に入れるデバイスに変更しました。
このアイデアに至ったのも、私たちの料理経験が浅かったからだと思います。おそらく経験が豊富な方だと「鮮度がいいものを目利きできるからいい」とか「鮮度が悪くなったら、それに合わせたメニューにする」と当たり前に思ってしまうのではないでしょうか。私たちは料理をあまりしないので、そんな当たり前はありません。素人目線で「鮮度の良いものを選んで食べたい」と素直に思ったのです。
これまで鮮度を可視化する技術がなかったわけではありません。ただ、研究用の装置は15万円程度します。しかも実験用ですから研究施設での使用を前提とした大がかりな装置で、日常使いには向いていません。そこで、「精度が少し落ちたとしても、安価で一般向けに使えるものにしたい」と思ったのです。
その過程でこのデバイスのコンセプトが生まれました。
-コトチャレンジに参加したことで、変わったことはありますか?
私たちには、ものづくりの経験がなかったですし、マーケティングについても全く知りません。ですから、ビジネスマインドを持つ企業の方々と取り組めた経験は凄く新鮮でした。
私たちは自分たちに身近な領域でしか物事を考えられなかったのですが、「広く一般消費者に価値を届けるために、サプライチェーンの中で、自分たちのデバイスをどういった会社と協力する必要があるのか?」という視点で考えることができなかったのです。
また私たち3人は、開発プロセスに対する考え方もそれぞれ異なりました。例えば、保科と太田の2人は「完璧にしてから進めていきたい」と思うところ、私は「とりあえず、一回作ろう」と考えます。
このような考え方の違いから、期間内でプロトタイプをつくりあげる計画の調整が大変でした。ゴールは一緒ですが、過程でどこまで詰めるか、そういう一つひとつの合意が難しかったです。
電子回路を組み立て、信号処理を行うイロハも知らなかったので、コトチャレンジが始まって実際に数値を計測できるようになるまでに当初の計画より1カ月以上かかってしまいました。他のチームと比べてスタートダッシュが遅かったこともあり、開発を支援してくださったオムロンのメンター陣にはご心配をおかけしました。
メンターの皆様には、私たちが開発とビジネスプランニングを同時並行で進めている中で、ときには議論が行ったり来たりしてしまい、「結局、誰がそれを買うのか、誰のための製品なのか」がはっきりしていなかったときもありました。そんなときは豊富な経験を持つメンターの皆様からB2Bの視点、B2Cの視点の両方から仮説の立て方を教わりました。
-今後の展開を教えてください
コトチャレンジではプレゼンを聞いた人たちの投票で決めるオーディエンス賞をいただきましたが「技術よりもコンセプトで売れた」と感じました。この「せん時計」自体に潜在的なニーズがあるのだと自信を持てました。
より多くの人を巻き込み事業化を加速させます。そのために行うのは「取扱品種の増加」と「毎日信頼して使える性能強化」です。
品種については、計測対象をレタス以外の野菜にも拡げます。まずは、キャベツなどの比較的計測しやすい形状のものからです。そして、一度に食べない野菜の鮮度測定をできるようにします。
また、当然ですが、毎日使うことが当たり前になるようにしなければなりません。そのために必要な課題をさらに明確にしていきます。冷蔵庫の中でも邪魔にならない程度の大きさに改良します。水分量を計測する原理や、水分量と鮮度を関連付ける鮮度式もまだまだ改良の余地があると思っています。
在学中に事業としてやっていけるレベルまでもっていきたいと、3人で考えています。そのためにも、クラウドファンディングで資金を集めながら、自分たちにはないプロダクトデザインやマーケティングに強みのある仲間も増やしていきます。
最近は「大学発ベンチャー」という言葉も認知度が広がり、実際に活躍している企業も増えています。京都大学iPS細胞研究所の研究成果を活かしたiHeart Japan株式会社、東北大学大学院医学系研究科・半田客員教授の研究成果を活かした株式会社TESSなど、メディアにも注目されている企業は、少なくありません。
iFACToryが持つ技術を始めて聞いたメンターの一人は「どのような指標で鮮度を定義できるか大変興味を持ちました。ただ、スーパーでの利用というシーンがイメージしにくかったので、そこをブラッシュアップしていきたいと思いました」と話しています。
IFACToryのメンバーそれぞれが専門性を持っていたこと、そこに学生視点・生活者視点が加わることで、このアイデアが生まれたのだと思います。そのアイデアを否定することなく、彼らをサポートする環境があったからこそ、このデバイス開発に繋がったのです。
「大学発ベンチャー」の中でも、現役の大学生・大学院生が中心となって成功している事例は多くありません。ぜひとも、彼らの発想力や企業のリソースを活かし、社会をよりよくする方向に持っていっていただければと思います。iFACToryの今後の動向に期待しましょう。