オムロングループは、2021年から「異能人財採用プロジェクト」を開始した。このプロジェクトは、発達障がいゆえにコミュニケーションなど不得意な部分がある人を対象に、AIや機械学習などの分野で尖った能力を持つ方を積極的に採用するためのプログラムである。異能人財採用プロジェクトについて、フリージャーナリストの長谷川がレポートする。
1972年、オムロンの創業者 立石一真と社会福祉法人太陽の家の創設者 中村裕医学博士の理念の共鳴により、日本で初めて身体に障がいのある方を雇用する福祉工場「オムロン太陽株式会社」が誕生した。以降、オムロングループは障がい者雇用に先駆的に取り組んできた。設立して50年以上が経過し、日本の障がい者雇用状況は大きく変わった。障がいのある人を企業が雇用することは、もはや当たり前の時代になった。一方で、現在、精神・発達障がいのある人の雇用など障がい特性によるハードルが、社会的課題として浮き彫りになっている。
2021年、オムロングループは、異能人財採用プロジェクトを立ち上げた。理工系に強みのある「異能人財」に、新製品の開発・研究領域で力を発揮してもらうことを目的とする採用プロジェクトだ。
世界では、発達障がいを含む脳や神経の違いを優劣ではなく多様性として尊重し、「障がいの社会モデル」の観点から捉える「ニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)」の雇用が広がっている。「障がいの社会モデル」とは、障がいは個人の心身機能の制約と社会的障壁の相互作用によって創り出されているもので、社会的障壁を取り除くのは社会の責務という考え方を意味する。オムロンの異能人財採用プロジェクトは、まさにニューロダイバーシティの考えに沿った雇用だ。
オムロンは、事業を通じて社会的課題を解決することで、よりよい社会をつくるという企業理念の実践に取り組む。2017 年、障がい者雇用に関する長期ビジョンを策定した際の課題の一つは、特例子会社に頼らず雇用していくということだった。今まで以上に、営業やスタッフ職といった幅広い職種において障がいのあるメンバーを増やすと共に、社会的課題である精神、発達障がいのある人の雇用を加速させた。この二つの課題を解決していく方策の一つが異能人財の発掘だ。こうした人を採用していくため、「面接は最小限に、インターンシップでの技術力を問う課題を最大限に重視する」という試みを実施することにした。
オムロンの主力事業であるインダストリアルオートメーションビジネスカンパニーの技術開発本部で3週間実施されたインターンシップは、「映像からその人の動作を分析したり、仮想空間上に動作を映像化する」という課題を解くものだった。このインターンシップに、発達障がい者の就労移行支援事業所に通っていた候補者が参加した。彼は、大学院で先端情報学を専攻し、大学院生としてトップレベルのプログラミング技術を持っていたが、面接での自己PRが難しく、新卒で就職が叶わずにいた。
彼の出した課題の結果に、チームマネージャーは「ぜひ期待したい」と、その技術力の高さに驚きを見せた。しかし、彼は面接でほとんど話すことができなかった。「コミュニケーションが取りにくいので同僚とうまくやっていけないのでは...」と心配する声も社内にあったが、社内は変化しようという方向に進んでいった。チームマネージャーは当時の思いをこのように語った。「インターンシップを通じて、風土もマネジメントも変わってきている。採用をきっかけに、我々のチームがインクルーシブな組織に変わって、それを周囲に広げていきたいと決意した」。
そして2022年4月、オムロンは彼を迎え入れた。
人事部ダイバーシティ&インクルージョン担当者は、「チーム内では、継続してコミュニケーションの工夫を続けている。例えば、上司や産業医、所属事業所の生活相談員、人事担当者と定期的な面談を行っている。また、発達障がい者の就労移行支援事業所 Kaienにも入ってもらい、通院などの生活面でのサポートをしたり、事前に変化を察知して共有するような仕組みを整備している」と日頃の職場の様子を語った。
彼は、聴覚過敏ゆえに周囲の雑音が気になりやすく、雑音を除去して集中するために、イヤホンを使用している。また、口頭での会話を困難とする。ある時には、「何かモヤモヤすることがあるが、その原因が何なのかは分からない」という言葉が出てきたことがあった。また、ある時には、マネージャーの質問に対して答えが出てくるのに数分待つ、ということもあった。しかし今では、こういったことも「日常」と受け入れての体制ができてきている。アナログ的な質問には答えにくいが、技術者同士の技術的な会話には何不自由なく対応できる。彼は飲み込みが早く、仕事は想像をはるかに超えて早い。また、その品質も非常に高い。言語化に時間はかかりながらも、毎週のミーティングに参加し、プレゼン資料を作って説明する。周りとコミュニケーションを取れるように自ら努力もしている。自分で仲間を作り、何かをやっていこうとする道を考えている。
異能人財採用プロジェクトを進めていくうえでは、苦労もあった。しかし、それでも進めてこられたのは、苦労を上回るものがあったからだ。それは、「障がい特性に応じた配慮があれば、特定分野での高い技術力で貢献してもらえる」という期待に対して、期待以上の成果を出してくれているということ、またマネジメントの見直しや職場全体の働きやすさにもつながっているという。オムロングループは長期ビジョン「Shaping the Future 2030 (SF2030)」において、人財戦略に「会社と社員が、"よりよい社会をつくる"という企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける」と掲げ、ダイバーシティ&インクルージョンの加速によって、多様な人財をひきつけ、個々人の能力発揮を促す人財施策をグローバルで実行している。異能人財採用プロジェクトは長期ビジョンに紐づく人財戦略の一つであり、人的資本経営そのものだと言える。