私の履歴書で紡ぐ企業の原点

未来を待つな ベンチャー精神で人の幸せつくる

提供:オムロン
辻永 順太氏 オムロン 代表取締役社長 CEO
辻永 順太氏 オムロン 代表取締役社長 CEO

オートメーション技術をいち早く投入するなど、制御機器ほか各種事業で世界をリードするオムロン。創業者の立石一真氏、3代目社長の立石義雄氏が記した「私の履歴書」をひもとくと、世に先駆けて顧客の課題に向き合い、事業を通じて社会に貢献することこそがベンチャー精神の原点だと幾度も語られている。代表取締役社長CEOの辻永順太氏は先人の言葉を読み返し、「顧客起点の徹底、新成長市場の開拓、社員の可能性を引き出す経営の三つを愚直に続ける」と力を込める。

日本経済新聞創刊150周年特別企画として、1956年から続く名物コラムにつづられた経営者の意思を受け継ぎ、挑戦を続ける企業の現在と未来に迫ります

社会に奉仕し 利潤を追求

「最もよく人を幸せにする人が最もよく幸せになる」──これが七十余年に及ぶ人生を振り返って得た結論であり、同時に私の信条信念でもある。

立石一真氏

オムロンの経営の原点は、一真さんが「私の履歴書」冒頭で記した信条信念にあります。幼少期から苦労を重ね、紆余(うよ)曲折を経て、確信したのでしょう。周りの人々や社会に対する深い感謝と恩返しの思いが伝わってきます。一真さんは、この思いを経営にも生かし「世に先駆けて顧客が求める商品を開発することが、社会に奉仕することにつながり、それが最終的には自社の利潤として返ってくる」と考えました。この思想を若い社員にもわかりやすく伝え、経営と社員を一体にするためにまとめたのが、会社の憲法にあたる「社憲」です。1959年に「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」としてまとめ社内に浸透させていくと、会社に活気が生まれ、業績も一気に伸びていきました。

「社憲」スケッチ
立石一真氏による直筆のスケッチ

一真さんが卓越していたのは、社憲を実践することにこだわったことです。会社を成長させるために必要な「8つの条件」を整えて経営に取り入れました。その条件とは、経営理念、本能的行動、利潤分配、働きがい、経営参画、新市場の開発、自主技術、リーダーシップの8つです。その後のオムロンの経営に大きな影響を残しました。

例えば「新市場の開発」では、他に先駆けてオートメーション市場に着目し、製造現場の自動化をはじめ、鉄道の自動改札や交通管制システムといった新市場を開拓し、会社を飛躍的に拡大させました。後年は血圧計などの健康機器に事業を広げます。

「働きがい」や「経営参画」では、人を大切にし、可能性を引き出す経営も貫きました。中でも「人間性の尊重」を掲げ、社員を何よりも大切にし、可能性を引き出す経営を貫きました。例えば「プロデューサー・システム」という、20代から30代の若手社員に分社化した工場の経営を任せる大胆な制度をつくりましたが、その狙いは2つ。社員に若いうちから経営の苦労を経験させ、自分の力で成長させる機会をつくること。そして、チャレンジする風土を醸成することです。社員に自律を促し、それを発揮できる環境を整える一真さんの経営手法は、今も変わらず重視しています。

一真さんは多くのことを成し遂げられた素晴らしい経営者です。往事を知る方からは非常に厳しい方だったと聞きますが、それは自分や身内や会社ではなく、顧客や社会が最優先であり、それがなければ企業は繁栄しないとの強い思いがあったからでしょう。その姿勢にはすごみすら感じます。人間性を尊重し、人の可能性を信じるからこそ、顧客や社会を起点に、自分や社内に対して妥協を許さない経営を徹底したのです。

脱創業家経営を決断 企業理念の実践が原動力

父は好物のうな重をおいしそうにほお張り、そして言った。「大企業病を克服せい」。諭すような口調が厳しくなった。細かい注文は一切なく、それだけを言った

立石義雄氏

父親である一真さんから3代目社長就任を打診された際、義雄さんは、父や2代目社長の兄と異なり営業出身で、技術に精通していないという不安があり、この打診に逡巡(しゅんじゅん)したそうです。しかし、一真さんから「市場や顧客、消費者の視点に立って技術や製品を見ればいい」と諭され、気持ちが固まったと振り返っています。

社長に就任された義雄さんの目に映ったのは、経営のスピードが落ち、市場や顧客のニーズに対するレスポンスが遅くなっている社内の実情でした。一真さんがカリスマ経営者だったがゆえに社内に指示待ちの姿勢が蔓延(まんえん)していたのです。それが一真さんの言う「大企業病」でした。

義雄さんはこの課題を克服するため、まずは市場や顧客、消費者の視点に立って考えようと、現場を支える社員との対話を重ねました。そして、社内の体質改善こそが抜本的な解決策になると考え、大胆な施策を採用しました。

例えば中間管理職を対象にした3カ月間の「長期リフレッシュ休暇」制度。マネージャー層に職場を離れる時間を与える大胆な施策です。休暇を取得する彼らに自身を見つめ直してほしいというだけでなく、管理職が不在時でもチームが機能することを目指したのだと推察します。双方の自律を促したわけです。義雄さんも一真さん同様に、社員の自律を大切にしたのです。

2001年に構造改革に着手した時も、社員に自律を求める姿勢は揺らぎませんでした。断腸の思いで希望退職を決断した一方、会社にとどまることを選択した社員には「自分の持ち場でプロフェッショナルなレベルまで能力を磨き、自分の価値を高めて欲しい」というエールを送りました。同時に、品質堅持や納期厳守など、顧客満足度の最大化を徹底するとともに、生産性を2倍、3倍に高めようと檄(げき)を飛ばすなど、緊急時においても常に顧客起点は崩しませんでした。

大きな決断にも踏み切りました。「会社は創業家のものではない。会社を支え、育てる社員たちのものだ」と考えた義雄さんは、それまでの創業者・創業家を求心力とした「創業家経営」から、企業理念を判断・行動のよりどころとする「企業理念経営」に転換します。同時に、創業者に代わって経営の方向性を指し示す「長期ビジョン」を導入。さらに、立石電機からオムロンへ社名を変更し、脱創業家を印象付けました。義雄さんが企業理念経営へと舵(かじ)を切ったことで、今のオムロンへと続く道筋がつくられました。

わたしに手紙をください。 写真
立石義雄氏は社長就任後、社員の意見を直接吸い上げる取り組みを多数実施。課題をとらえ、社員の自律と挑戦を後押しした

強みの機器と現場データを生かし 新市場を開発

私は2023年、社長に就任しました。就任時に掲げた指針は、企業理念の実践、成長軌道への回帰、そして一真さんの人生訓を大切にし、人の持つ可能性を引き出すことです。

辻永 順太氏

企業理念の実践にこだわるのは、社会や顧客に貢献するためです。私は、「顧客起点で、すべての時間を顧客に割くべきだ」と考えています。社長就任直後に大幅な業績悪化に直面した際には、「顧客起点の活動が希薄化している」と社外にあえて公言しました。その結果、社内にも緊張感が生まれ、一歩前進した手応えを掴(つか)んでいます。

顧客の信頼にもとづいて成長軌道への回帰を実現する第2ステージとして、4月に「Trusted Growth」を掲げました。私が社長として初めて手掛けた中期ロードマップです。社長就任時に私が感じた経営課題は、目の前の問題に対する短期的な対策はできている一方、一貫した中長期的な施策が十分ではなかったという点です。オムロンを再び成長させるには、創業者がSINIC理論*1で未来からバックキャストしたように、世に先駆けて社会に貢献できる市場を切り開くような中長期的な成長ドライバーが必要でした。

*1 SINIC理論(Seed-Innovation and Need-Impetus Cyclic evolution):立石一真らが1970年に国際未来学会で発表した未来予測理論。科学・技術・社会が相互に影響を与え合いながら発展していくという考え方で、今も経営の羅針盤としてオムロンに息づいている

そこで打ち出したのが「GEMBA DX」です。現代の複雑化する社会的課題の解決には、ハードウエアに加え、データの活用が重要になってきます。我々の強みである機器(デバイス)から得られる高品質のデータと他のデータを、長年培った現場の知見を生かして融合。価値ある情報を提供して顧客の本質的な課題の解決につなげます。例えば、ファクトリーオートメーション分野におけるAIを活用した自律型工場「スマートファクトリー」や、ヘルスケア分野での個々人に最適化された予防医療サービスなどです。オムロン独自のデータソリューションで新市場を開発します。

人の可能性を引き出す経営には、私も強いこだわりがあります。まず高賃金を実現することによって社員のモラルが高揚し、その結果、必ず生産性が向上するという、一真さんが掲げた「高賃金・高能率経営*2」に倣(なら)い、私も全社のキャッシュ創出力を最大化すると同時に、頑張って成果を出した人が正しく報われる経営を進めています。

*2 高賃金・高能率経営:立石一真の経営信条の一つ。社員の生産性・能率を高めることで企業の収益力を向上させ、その成果を社員や社会に還元し発展する好循環を目指した経営

具体的には、次世代の経営を担える若手を主力事業や重要施策の責任者に起用しました。彼らには大きな権限を与え、結果も求めます。同時に経営陣は成功に導くようバックアップするのです。成果に基づき高い報酬が得られる評価制度も設けました。私は、成長の原資と機会をつくることが、ベンチャー精神を奮い立たせる近道だと信じています。

顧客起点をど真ん中に据えて挑戦

私の社長就任から手掛けてきた一連の施策で、会社が少しずつ進歩しているという手応えはあります。今後も成功事例を積み上げ、やり続けることで社内の文化や風土が変わっていくと私は考えています。しかしまだ道半ば。顧客起点とは何か、どのように行動に移すのか。社員一人ひとりが徹底して突き詰めて、実行に移すことを凡事徹底してほしい。そうすれば、もっと顧客の信頼を勝ち取れて、もっと多くの人を幸せにできるはずです。

2026年10月1日に電子部品事業を株式譲渡しました。常に社会的課題を解決し続ける会社であるために、事業ポートフォリオを入れ替えることは不可欠です。現在は、制御機器、ヘルスケア、社会システム、データソリューションの四つが主力事業となっています。これらは当面の間、新たな課題が生まれ、深刻化し、顧客や社会から求められる機会がある分野だと考えています。しかしもっと先の将来、世の中のニーズや社会的な課題がさらに変化すれば、今と全く異なる事業を手掛けるかもしれません。

これからもずっと変わらないのは、オムロンが企業理念を軸に、社会的課題を解決する会社であることです。これからも、創業の時代から受け継いできた経営理念の実践、そして顧客起点をど真ん中に据えて、事業を通じた社会的課題の解決という軸をぶらさずに、挑戦を続けていきます。