~強い使命感から生まれたソリューションが世界を救う~
あるドイツ人の青年がインターネットで購入した血圧の薬を服用した2日後、急性の心臓発作を起こして病院に担ぎ込まれ、帰らぬ人となった。
後に、彼が服用した薬にはパッケージに表示された量の2倍以上もの有効成分が含まれていたことが判明。
今、欧州のみならず世界各国でこうした悲劇的なできごとが起こっている。
その背景には、数多くの偽造医薬品が市場に出回っているという現実がある。
今や医薬品もインターネットで簡単に購入できる時代になった。
しかし、インターネットで購入した出所が不確定な医薬品のみならず、正規の病院や地元に根差した顔見知りの薬局から購入した処方薬であっても、「偽物」が流通経路に入り込む隙がある限り、安心して購入することはできない。
世界保健機関によると、世界で流通している医薬品のうち偽造品は最大24%にものぼり、毎年約100万人が偽造医薬品を服用したことが原因で命を落としているという。一般の人々が薬やパッケージを見ただけで正規品か偽物かを判断するのはほとんど不可能。
流通や販売の過程で偽造医薬品が混じるのを防ぎ、人々の手元に正規の安全な医薬品だけを届けるにはどうすればいいのか。
小・中規模の製薬会社から大手グローバル製薬会社までを巻き込み、さらに、その医薬品を製造する機械メーカーとソフトウエアベンダーで成る一大ネットワークを構築してこの課題に挑んだのが、オムロンドイツの制御機器販売拠点。
「偽造医薬品による危険から人々を守りたい。そして、偽薬という"厄介者"を特定するために、医薬品の流通経路を追跡する。」
オムロンドイツは、この強い使命感を胸に複数の企業からなるプロジェクトを立ち上げた。
数百万、長い目でみると数十億もの医薬品がヨーロッパ各国の薬局や病院で販売されている。
これら医薬品には、製造された日付と品質を追跡するための生産ロットのコードに加え、それぞれランダムなシリアル番号が割り振られている。これは、正規の医薬品であることを証明するための番号。
欧州では、偽造医薬品に関する規制が欧州指令として2011年に公布され、偽造医薬品の流通を防止するため、シリアル番号の表示が義務づけられた。
各国政府が任命した欧州の医療検査機関(MVNOs)が提供する医薬品検証データベースに登録され、シリアル番号をたどれば薬局にたどり着くまでの医薬品の流通経路を知ることができる。欧州各国のデータベースが繋がり組み合わさることで、正規の医薬品であることを認証する。
安全な医薬品であることを示すため重要な情報が膨大に含まれているシリアル番号を正しく管理・追跡するには、生産現場のITシステム、上位の企業システムとの連携が必要となる。サプライチェーン企業間でのITソリューションという大きなチャレンジだった。
中でも、頻繁に製造工程の切り替えが発生する少量多品種の生産ラインでは困難を極めた。
「当初、こうしたソリューションは量産ライン向けのシステムであり、ロットが少量で生産工程が頻繁に変わる多品種の生産ラインにそのまま応用することはできませんでした。
高速での生産工程の切り替えをどうするか?数多くある製品を管理するためのプログラムをどう組むか?分析を重ね、正確性と柔軟性を兼ね備えたソリューションを創出することができたのです」とメンバーの一人、グンナー・ビショフは語る。
医薬品がどの国のどの製薬メーカーで作られ、どのような流通経路を経てどの薬局に運ばれたのか、医薬品の動きを明確にしなければ偽造医薬品の混入を防ぐことはできない。
オムロンドイツが率いるプロジェクトチームが考えたシステムは、製薬会社の製造データを欧州政府各国データベースへアップロードして管理するシステム。これにより、製造工場から調剤、そして最終的に消費者の手に渡るまでのサプライチェーン全体で薬の動きを追跡・管理することが可能になる。
この一連のプロセス全てを自動かつ迅速に行うシステムはオムロンだけで構築することはできない。
シリアル番号を印字・管理する技術、番号を読み取る技術、認証のための通信技術、工場の生産管理を担うシステムや企業の経営管理システムと連携するデータ処理技術などそれぞれの技術に強みを持つ企業を繋げなければならなかった。
「偽造医薬品による危険から人々を守りたい」という使命感が、未知のチャレンジに挑むプロジェクトの原動力となっていた。
オムロンに求められたのは、製品ごとに異なる多種多様なシリアル番号の情報を迅速に且つ正確に読み取ること。
長年にわたり、画像センシング技術を磨き、さまざまな検査システムを構築してきたオムロンの強みを持ってしても、ぶつかった壁があった。
使用したのは、人の目に代わる、クラス最高の高速高精度画像センシングを実現した画像センサー。 文字や二次元コードの読み取り精度が評価され、ヨーロッパでは食品や日用品などの製造現場で活躍している。
しかし今回は、医薬品工場の生産する製品の切り替えの多い"多品種少量生産"の現場。
多品種少量生産では、製造する薬の種類ごとにパッケージの材質、デザインが変わる。材質やデザインによって、色が変わる、シリアル番号の位置が変わる、コードの種類が変わる。このような様々な条件、どんなパターンのパッケージでも正しく且つスピードを落とさずにシリアル番号を正しく読み取らなければならない。
色のコントラストの調整、光の反射、外光条件・・・何一つ欠けても管理番号追跡システムを完成させることはできない。
オムロンドイツは、切り替え速度を落としてしまう可能性のあるカメラ位置や製品への照明などの微妙な設定を、作業者の調整に委ねるのではなくオートメーション化するために、欧州の技術サポートチームのみならず日本に拠点を置く画像センシング開発部門と一緒に試行錯誤を繰り返した。
そして、強い思いが結実。安定した自動マーキング、検査、データ交換を実現するシステムが完成し、一般市場に向けて発売をすることができた。
ヨーロッパをはじめとした医療先進国で導入が進む中、今後は欧米、アジア各国に向けても展開が期待される。
オムロンは、このシリアル番号追跡システムをグローバルに標準化し展開させるために、ファクトリーオートメーション業界におけるプロセス制御の標準規格を定める協議会(OPC協議会)において、継続的に標準化を推進する活動を続けている。
「一人の力では、次から次へと湧き上がる難題を乗り越えることは到底できなかった。
プロジェクトメンバー全員が、"偽造医薬品による危険から人々を守りたい"という同じベクトルに向かって、率先して打ち込んだ。そこで発揮されるエネルギーは、指示されて受動的に仕事をする場合とは比べ物にならないほど大きかった。」メンバーの一人、アルント・ノイエッスはこう振り返った。
そして、こう続けた。
「サプライチェーンをつなぐことは、IoTおよびIndustrie 4.0の概念でしばしば思い描かれている。この第一実行段階が実現された。パートナーと共にソリューション全体を設計することは、オムロンドイツのメンバーがチャレンジする新しい課題です。」と。
多種多様な企業、人、機器を「つなぐ」ことで完成したシリアル番号追跡管理システム。
ヨーロッパをはじめとした医療先進国で導入が進む一方、欧米、アジア各国に向けても展開が期待される。
このソリューションは進化している。
安全な医薬品であるか、製品個々のレベルで確認するプロセスは、生産性全体の向上だけでなく、製品のパーソナライゼーションにもつながる、新しい生産方法の実現手段でもあるという気づきも得た。
このシステムのニーズは、医薬品業界だけに留まらない。
食品・飲料業界などシリアル番号を管理するシステムを必要としている市場は大きく、あらゆるものづくりの自動化プロセスに共通する大きなソリューションとなっていくだろう。
偽造医薬品による危険から人々を守るソリューションを提供したい、という強い使命感から実現したソリューション。世界規模で多様な課題の解決に貢献するものへと成長しつつある。
オムロンは、これからも世界の人々が安心で安全に暮らせる、そんな当たり前の毎日が続く社会づくりに貢献していきます。