CTOインタビュー

企業理念を核とした技術経営 代表取締役 執行役員専務 CTO 兼技術・知財本部長 宮田 喜一郎

変化の時代が要請するアーキテクチャー思考

新型コロナウイルスのパンデミックから1年半が経過しました。CTOという立場から、コロナ禍は社会とビジネスにどのような変化をもたらしたと見ていますか。

コロナ禍によって、世界に大きな変化のうねりが生まれました。人々の生活様式が変わり、新しい価値観が生まれ、ビジネスのルールや、やり方が変わりました。ただ、こうした変化を俯瞰すると、我々は大きな流れの中にあると感じています。すなわち、社会や産業のあり方を根本から変える「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の流れです。

世界のあらゆるところで、インターネットを通じてヒトとヒト、ヒトとモノ、モノとモノがつながり、さまざまな知識や情報が生成・流通・共有され、必要な時に必要な形で提供される。こうしたことが可能になったのは、コンピューティングパワーの指数関数的な進化によるものです。そしてコロナ禍では、これまでの慣習が通用しなくなり、本質的に何が必要かを改めて問われる中で、一気にこの変化が加速しました。

我々にとっても、今回のパンデミックは、急激な社会変化に対し求められる科学と技術の本質的な価値を改めて見直すとともに、目指すべき未来を構想する機会となりました。昨春の緊急事態宣言時には、オムロンでも社員が原則在宅勤務となり、技術・知財本部やイノベーション推進本部(IXI)も、研究開発や新規事業創出に向けた取り組みの中で、特に社外との共創活動の一部をスローダウンせざるをえませんでした。しかし、そのおかげで、これまでの前提を一旦取り払い、オムロンが本当に取り組むべき領域やその中での価値は何か、やめるべき、改めるべきものは何かなど、3カ月かけて徹底的に議論することができました。こうして再確認されたのが、「アーキテクチャー能力」の重要性です。

アーキテクチャー能力とは、3~5年程度の近未来に目を向け、そこでの社会像を超具体的に描き、解くべき社会的課題は何かを見定めること。そして、それらの課題を解決しソーシャルニーズを創造するために必要な、事業・技術・知財の3つのアーキテクチャーを設計し実装すること。コロナ禍という未曽有の危機を経験し、変化へ柔軟に対応するには、このアーキテクチャー能力が不可欠であることを強く実感させられました。

このコロナ禍にあって、改革に拍車がかかった事業はありますか。

「遠隔診療サービス」が好例でしょう。世界各地で、感染を恐れて通院をためらう動きが見られ、日本でも初診患者へのオンライン診療が解禁されました。ただし、コロナが収束しても、医療従事者の不足や医療サービスの都市部への偏りといった問題は根本的に解消されず、より深刻化すると思われます。そこで、継続的な需要拡大が見込まれるのが遠隔診療サービスです。

オムロンでは、家庭用心電計を手掛ける米スタートアップのアライブコア社、オランダでオンライン診療サービスを展開するルーシー社*に出資して業務提携を推し進めてきました。また、社内ベンチャーキャピタルであるオムロンベンチャーズ株式会社を通じて、医療データ共有システムを展開するイギリスのペイシェンツ ノウ ベスト社にも出資し、協業をスタートしています。ヘルスケアのデジタル化は以前より戦略的投資の対象としていましたが、コロナ禍でいっきにステージが上がりました。

* Luscii社

社会的課題を解決する組織的な仕組み

オムロンが掲げる「企業理念経営」を支える仕組みの一つが、「技術経営」です。VG2020で目指してきた「オムロンユニークな技術経営」とはどのようなものでしょうか。

社憲を踏まえて、「まだ誰も気づいていない新たなソーシャルニーズを見出し、社会的課題を解決する」ことが、我々が考える技術経営の核心です。その拠りどころとなるのは、創業者の立石一真が国際未来学会で発表したオムロンの経営の羅針盤である未来予測理論「SINIC理論」です。これは、未来の社会を予測することで、ソーシャルニーズを捕捉し、これに基づいて経営や事業に取り組む必要がある、という創業者の強い思いから生まれました。SINIC理論は、科学・技術・社会の3つが互いに作用しながらスパイラルアップしていくという考え方に基づいていますが、オムロンがとりわけ重視しているのが「社会」です。どのように社会は変化していくのか、それによってどのような課題が生じるのかを予測し、科学と技術を活かして解決することがオムロンならではのアプローチです。

創業者は世の中の変化の兆しをいち早く捉え、誰も気づいていない超具体的な未来像を描き、ソーシャルニーズを把握することに秀でていました。ですが、そうした特別な能力の持ち主がいなくなった時、誰が未来のソーシャルニーズを予測し、そのためのソリューションを創造するのかという問題にオムロンは直面しました。そこで、SINIC理論に基づく事業創造やソリューション開発に組織的に取り組むために、オムロン全体のイノベーションプラットフォームとなるIXIと、「オムロン サイニックエックス株式会社(OSX)」を2018年に設立しました。それは、既存事業の深化と新規事業の探索と確立を同時に進める「両利きの経営」の実践にほかなりません。

IXIとOSXが担う役割と成果を教えてください。

近未来の姿を描き、その実現に必要となる戦略のアーキテクチャーを技術、知財、ビジネスモデルへと具体化し取り組んでいく。このバックキャスト型のイノベーション創造プロセスを推進する組織がIXIです。一方のOSXは、技術革新をベースに近未来デザイン創出に挑む戦略拠点です。従来のオムロンの制度やルールにとらわれない自由な研究開発スタイルをとるために独立会社とし、最先端技術のトップ人財を社外から採用しています。多種多様なメンバーによるオープンイノベーションに取り組んでいます。

IXIとOSXがスタートして3年が経ち、目指してきたオムロン流イノベーションの「型」ができてきました。すなわち、新規事業開発とナレッジシェアリングが組み合わさった「統合イノベーションプロセス」です。このプロセスは「フェーズ0:テーマ選定」「フェーズ1:戦略策定」「フェーズ2:事業検証・技術検証」「フェーズ3:事業開発」の4つのフェーズから成っています。一番難しいのがフェーズ0です。どのようなイノベーションシーズを選ぶのか、それは本質的なソーシャルニーズに応えるものか、そして資本コストを上回る事業としてスケールアップできるのか、その見極めは一筋縄ではいきません。

どのようにして解決したのですか。

いま一度、「旗を立てる」ことに注目しました。オムロンでは、社員が高い目標を掲げて宣言することを「旗を立てる」といいますが、これを拡大させて、社外に向けても「旗を立てよう」と。たとえば、一口にロボット事業といっても、具体的に焦点を絞って宣言すれば、どのような技術や経営資源が必要になるのか、誰と手を組むべきなのかがはっきりしてきますし、スケールアウトするために不足していることも見えてきます。もう一つ学んだのは、「現場に判断を委ねすぎない」ことです。見えない未来を予測し、時には社会システムそのものを改革するような事業創造を目指せば目指すほど、法規制やステークホルダーとの関係はより複雑になり、現場だけでは責任や負担が過度に重くなってしまう。そこで、あえて中央集権型の意思決定システムを導入しました。もちろんトップダウンですべてを決めるということではありません。スピード感を失わないように、トップも現場と共に議論をして即断即決することを重視しています。

変化のスピードが加速する中でより重要なのは、正しいかどうかを慎重に議論し続けるよりも、「決める」ことです。決めてうまくいかなければ、その失敗に学び、やり直せばいい。その過程を記録しておけば有益な知識として共有することもできます。

シーズが不足することはないのですか。

それはありません。オムロンの全社員に、テーマを考え、手を挙げ、事業化に取り組むチャンスが用意されているからです。IXIが単なる新規事業創出の専門組織ではなく、プラットフォームであるゆえんです。新事業開発を決して他人事と考えず、グループ全体のイノベーション創出力は自分の課題でもあると意識してもらうための仕組みです。

技術・知財本部でもこれまで多くの新規テーマ検討を行ってきました。しかし、テーマを選定するプロセス自体に不明瞭な部分があったため、今年から「フェーズ0」の仕組みをシンプルにしました。持ち込まれたアイデアは、毎週のテーマ会議で洗練しながら次に何をするのかを決める議論をしていきます。プレゼンは1件につき10分、資料も5枚までと決め、議論に多くの時間を費やします。私は、テーマ会議の主催者としてすべての会議に出席しています。

ここでも重要なのは、結論を出す、つまり決めることです。次のフェーズに向かうには明日から何をするのか、ここで終わりなのか、その理由は何かを簡潔にまとめて、関係するメンバー全員で共有します。こうした透明性の高い議論と迅速な意思決定プロセスのおかげで、社内にイノベーションマインドが醸成されつつあることを実感しています。

IXIで現在進行中のプロジェクトについて、教えてください。

ソーシャルニーズの創造という観点から、新規事業創出を目指すチャレンジを2つ紹介します。一つは、中国で事業検証を展開している「アグリオートメーション事業」です。オムロンの強みである「センシング&コントロール+Think」を使った、いわゆるスマート農業です。日照や温湿度、二酸化炭素量などを自動で計測し、作物ごとに最適な条件を判断し、窓の開閉や灌水などのタイミングを教えてくれる「栽培支援サービス」を検証しています。自動化・省人化するためのハードウェアの提供ではなく、あくまで人間に判断をさせるための情報を提供するサービスであるところが特徴です。その指示に従えば、農作業の経験が乏しくても、良質な作物を安定的かつ効率的に生産できるようになります。農業の担い手不足や食の安心・安全という社会的課題の解決に貢献すると同時に、そこで得られたデータの解析、フィードバックのためのアルゴリズムなどの能力も高度化できます。

もう一つは、大分県と連携して事業検証を進めているICTを使った「高齢者の介護予防サービス」です。要支援段階で介護の専門家がきちんとサポートすれば、要介護へと進行するのを高い割合で防げることがわかっています。しかし介護の現場には、そのためのスキルや経験を持ち合わせたスペシャリストが圧倒的に不足しています。そこで、こうしたスペシャリストの手順や思考プロセスを再現したソフトウェアを開発しました。まず高齢者本人や家族から生活課題や改善希望などについて尋ね、このソフトウェアを使って分析し、生活機能訓練のプランを立てられるようにしたのです。

現在、事業化を目指しているこれら2つに共通するのは、ソーシャルニーズに応えるものであることに加えて、オムロンが目指す「人と機械の融和」という考え方です。具体的には、人間の能力や意欲を最大限に引き出すために、技術がそれを支援するというハイブリッドなシステムです。

「芸風」を変え、「共創」によって自走的成長を実現する

山田CEOは、逆風下でも収益を増やして着実に成長していく「自走的成長」の実現を掲げています。CTOとして、いかにサポートしていきますか。

大きく2つのチャレンジが必要だと考えています。一つは、これまでのビジネスモデル、例えていえば「芸風」を変えることです。既存のビジネスモデルが今後も通用するのは、市場そのものが成長している、もしくは競合のシェアを奪取できる場合だけです。オムロンについて言えば、ヘルスケア市場は高齢化によって拡大しており、当社の既存事業はトップシェアですから、現時点ではある程度市場をコントロールできています。しかし、今後はわかりません。

そこでやらなければならないのが、「芸風」を変えることです。これまでのオムロンの芸風は、お客様が抱えている課題を手持ちの技術や商品で解決することでした。つまり、「モノ視点」での価値提供です。しかし、社会が凄まじいスピードで変化する中、お客様の課題も複雑化し、技術の差異だけではなく社会構造を俯瞰し市場を捉え、本質課題を解決するビジネスモデルが要求されています。これこそが、IXIを中心に進めている「コト視点」での事業拡張です。これまで踏み込んでいなかった新しい領域も含め、最適な価値の社会実装形態を選択していく芸風へ進化させていきます。

もう一つのチャレンジが「共創」です。いまほどスピードが求められる時代に、自前主義にこだわっていてはイノベーションなど望むべくもありません。ましてや、芸風を変え、土地勘のない新しい領域へも踏み込んでいきますので、我々の保有していない技術やビジネスモデルを素早く獲得するために、誰と組むのかがカギを握ります。CTO就任以来、オープンイノベーションの方針を掲げ、外部の企業やスタートアップ、研究機関との協働を加速してきました。その中で蓄積されたノウハウやパートナーシップが、オムロンの自走的成長を後押ししていくはずです。

新規事業だけでなく、既存事業に対する今後の技術開発のアプローチはいかがでしょう。

技術・知財本部では、テーマの約4割が各事業部門から要請を受けた技術開発ですが、当然ながらそれだけでは十分ではありません。むしろ、事業部門が気づいていない技術に対するニーズを数多く掘り起こすことができるかが重要です。技術を起点として事業の旗を立てる技術開発にも、さらに注力していきたいと考えます。また、既存事業を深化・進化させるには、ブラックボックス化できる技術とそれに紐づいたビジネスモデルの構築が不可欠です。オムロンしか持ち合わせないデータ解析やフィードバックのためのアルゴリズムなど模倣困難な武器を持ち、それをいかに磨き上げていくことができるか。両利きの経営において、極めて重要なポイントです。

次期長期ビジョンが始まります。CTOとして、どのようにコミットメントしていきますか。

新型コロナウイルスは、世の中のさまざまな脆弱性を露呈させました。オムロンでは、SINIC理論に基づいて、人と機械がバランスを保ちながら融合していく「最適化社会」の先に、新たな価値観に基づいて社会的課題が解決される「自律社会」が到来すると考えています。ただし、その実現には、科学・技術・社会の3要素が相互に刺激し合いながら発展していく必要があります。それを後押しすることで、我々の存在意義を深化・進化させたい。

具体的には、人と機械との「接点」にオムロンの強みを発揮できると見ています。医療や介護はもちろん、製造現場でも自動化が進むと、むしろ人間の役割がよりはっきりしてくる。この人と機械の接点こそ、オムロンが最も得意とするところであり、我々の社会実装力はどこにも引けを取らないと自負しています。

ただし、これを実装するのは、技術力よりも、ソーシャルニーズを見出し、これを事業化し、社会実装するアーキテクチャー能力です。その強化に向けて、外部のアーキテクト人財を積極的に採用しています。もちろん内部でも、具体的な近未来デザインの輪郭を描き、そして具体的なアーキテクチャーへと落とし込むために、侃々諤々の議論を繰り返しています。こうした忌憚のない議論を通じて「トライ・アンド・ラーン」のスピードと質をスパイラルアップさせながら、オムロン流の技術経営を実践していく所存です。