オムロンがデザインする、スマート農業 オムロンがデザインする、スマート農業

オムロンがデザインする、
スマート農業

Summary
~スマート農業への挑戦 #1~

世界的な食糧不足や食品の安全が危惧される昨今、農作業の省力化や栽培技術力の継承などスマート農業への期待が高まっています。オムロンは、農業従事者の不足や食品への安全に対する課題の解決をめざし、オープンイノベーションに取り組み、新たな事業創造を進めています。スマート農業事業本部長の小澤 尚志が、アグリオートメーション事業の足跡と可能性を語ります。

Profile
小澤 尚志
スマート農業事業本部長 小澤 尚志
2003年 民間企業研究員、京都大学教員(助教)などを経てオムロンへ入社
2014年 オムロンベンチャーズ株式会社 代表取締役就任
2014年 グローバル戦略本部 経営戦略部 事業インキュベーショングループ長
2016年 事業開発本部 新規事業創出センタ センタ長就任
2018年 オムロン中国有限公司 スマート農業推進センタ長就任
2022年 オムロン中国有限公司 スマート農業事業本部長

中国の食に対するソーシャルニーズ

アグリオートメーション事業の構想は、2016年頃より描いていました。当初は、日本で立ち上げる予定でマーケティングをしていました。ところが、食のニーズを深く掘り下げビジネスモデルを検証していくと、日本よりも農業従事者が多く、社会的課題の深刻さが中国のほうが大きいことがわかりました。

昨今、中国では“安心・安全な食”へのニーズが日本よりも高く、スマート農業に対する中国政府の取り組みが強化されています。我々が実施したインターネットを使った中国国内のアンケートでも、子育て世代から「安全性が確保できるのならば、多少高い商品でも買います」という声が多く届きました。中国には富裕層と言われる中間層以上の人が、日本の何倍もいますから、そのような食のソーシャルニーズを満たすためには農業生産の拡大が急がれています。

中国の食に対するソーシャルニーズ

ところが、中国には安心・安全な農作物を生産するノウハウが少ないだけでなく、農業の担い手不足や農業従事者の高齢化といった農業そのものの持続性の確保が課題として見えてきました。そこで、まず解決すべき大きな課題は中国の農業の現場にあると確信し、事業化の検証に向けた取り組みをスタートさせました。

オープンイノベーションでノウハウを構築

2017年にプロジェクトをスタートさせたものの、当時オムロンには農業の専門知識を有するスタッフはいませんでした。だからといって、農業の専門家を招聘できるほどビジネスモデルも明確化していませんでした。そこで、オープンイノベーションによる共創に舵を切りました。スマート農業に取り組み始めているベンチャー企業には、すでに農業に関するさまざまな知識を持った専門家が集まっています。そのようなベンチャー企業と共創することで、より質の高い研究者や専門家と一緒に活動することができます。これによって、専門ノウハウを吸収しながら新しいアイデアを共に検討することができるという、新規事業を0から立ち上げる際の大きなメリットになりました。

このようにして、オープンイノベーションで共創パートナーと手を組みながら、表面化する課題を検証し、一つ一つ解決しノウハウを重ねてきました。黎明期には現在の共創パートナーの一つである『オーガニックnico』というベンチャー企業がつくられていた農業の温室用の栽培環境制御システムを一緒に売り歩いたこともあります。『当社と一緒に取り組んでいるベンチャー企業さんが開発した製品ですよ』とオムロンの知名度も活用しながら、お客さまを周り続け農業の現場の声を聞き集めました。

中国で直面した栽培管理の難しさ

中国では、オランダ型の大規模向け栽培環境制御システムが多く使われています。しかしそれらは、温室の環境を制御するためのパラメータの数値を細かく入力しないと使えませんでした。そのため、現場の農家の人達はうまく設定ができません。すごく立派な温室の中にある最新の栽培環境制御システムは放置され、温室の中では農家の人が手作業で栽培環境を調整している光景を多く見ました。

これならば、オムロンにもチャンスがあるなと感じました。オムロンのテクノロジーを使えば、苗を植えてスタートボタンを押すだけで栽培管理が可能です。あとは生育状況に合わせて温室内の環境を最適化するようにコントロールできます。そのときは、中国の農業が抱える課題は、すぐに解決できると思っていたのです。しかし、中国の農業の実情を知れば知るほど、さらなる課題が見えてきました。

最大の課題は、温度や日射量の管理だけでは作物が期待通りに育たないという栽培管理の難しさだったのです。中国には水やりのタイミング、肥料の種類や最適な量、作物が病気になりかけたらどう対処すればいいのかなどの栽培管理ができる熟練者が少なく、ノウハウの蓄積もされていないということがわかってきました。

オムロンの制御システム
オムロンの制御システム

オムロンらしい、事業創造を追求

このように、新たな事業創造に取り組もうとすると、当初想定していなかった様々な課題に直面することが多くあります。目先の課題に集中してしまうと、本来解決すべき社会的課題を見失ってしまう可能性もあります。そこで、オムロンでは事業創造に挑む際にはまず、社会的課題や技術革新、科学進化を起点にバックキャストし、5年くらい先の超具体的な未来像をデザインします。そして、その実現に必要な戦略を明確に描き実行するために、事業アーキテクチャを構築します。このようにすることで、解決すべき社会的課題をピン留めしたうえで、真のニーズに応えるためのアーキテクチャをバリューアップし続けることができます。

世に先駆けて新たな価値を創造するアプローチ
世に先駆けて新たな価値を創造するアプローチ

さらに、オープンイノベーションによる事業創造の場合には、手を組む共創パートナーとともに、「何をもって、オムロンらしい新規事業として定義することができるのか?」という共感ポイントが重要です。

オムロンらしさには、二つあります。
一つは、オムロンがずっと取り組んできた「社会的課題を解決すること」です。オムロンでは「ソーシャルニーズの創造」と企業理念で宣言しています。もう一つは、オムロンが得意とする「自動化(オートメーション)技術で、社会的課題に対して結果を出すこと」です。テーマ選定の段階で、どんな社会的課題(ソーシャルニーズ)に刺さるのか。オムロンの自動化技術がどのように活用でき、どのような課題解決に貢献できるのか、という議論が進んでいきます。

我々は、これら二つのオムロンらしいオープンイノベーションの方針の中で、合致性や共感性が高く、信頼性の高い共創パートナーと手を組んできました。オムロンのオートメーション技術と、その周辺を支えている技術全般を見渡して、活用できる技術を共有し、パートナーの保有する技術と融合させていくことが新規事業の成功につながると考えています。

オムロンと共創パートナーの技術開発力で市場価値を高める

共創パートナーの『オーガニックnico』とは、この事業のコンセプトを決め、PoC(検証工程)の段階から手を組むなど、一緒に事業開発の道のりを歩んできました。PoCを進めていく中で、モノ売りではなく、コト売りの視点への意識が強くなっていきました。トライ&ラーンを繰り返し続ける中で、「環境制御システム」だけでは十分ではなく、「栽培を支援するサービス」が求められているんだと分かりました。市場価値を高めることができた成果の一つが、共創開発したデータ活用型栽培支援クラウドサービスでした。共創パートナーの栽培管理のノウハウに、オムロンのデータ解析技術や画像センシング技術などを融合させ、今では中国の農業法人向けにサービスを提供しています。その結果、環境制御システムと組み合わせて、熟練者の経験に頼らない安全で高品質な野菜・果物の生産という「コト」を実現しています。

このように共創パートナーとオムロンが手を組むことで、互いの長所を活かし、事業展開のスピードをあげることにつながりました。これにより、中国などの大規模な市場へ進出する足固めができたと思います。

日本の知恵を生かした、スマート農業の未来像

オムロンと共創パートナーの技術開発力で市場価値を高める

中国では、あらゆる産業が国内需要のポテンシャルに期待を持っています。それは、スマート農業も同じです。

この先、スマート農業の産業構造が確立されると、工業製品の構造に似た仕組みが確立されると想定しています。例えば、電化製品です。20年前に、日本国内ではメイドインジャパンに圧倒的な信頼がありましたが、現在では、メイドインチャイナを含むアジアで製造された工業製品が日本国内の主流になっています。同様に、安全・安心がテクノロジーで立証されたスマート農業でも、中国産の野菜が日本のスーパーなどで高品質な野菜として売られるときが来るかもしれません。このことは、日本の農業従事者が減少し、日本の農業生産力が低下している状況から、遠い未来の話ではないと思います。

だからといって、日本の農業がなくなってしまうとは思っていません。日本らしいスマート農業に変革し、日本の優れた農業は生き残っていくと考えています。その変革を実現するために、日本の農家の人々と深いつながりを保つようにもしています。彼らの持っている極めて高い技術やノウハウを伝承し活かすことで、日本らしいスマート農業の可能性にチャレンジしていきたいです。

その一歩として、優れた農業技術を持っている人に、「オムロンと一緒にスマート農業に取り組みませんか?」と呼びかけたところ、数人の農業従事者から賛同を得ることができました。オムロンから提供する農作物の栽培データと、熟練の農業従事者の知識や経験値に照らし合わせ、それらをデータやルールに置き換え、スマート農業のノウハウとして確立させようとしています。そして、そのノウハウを活かして最適なスマート農業のシステムを提供する準備をしています。

これが実現できれば、農業従事者は、日本にいながらにして遠隔操作でグローバルに展開する農場の栽培指導をすることができるようになると思います。日本人の豊富な知識を活かして栽培支援というビジネスのグローバル化を推し進めることで、得られたリターンを元に、日本の農業を発展させ、さらに技術力やノウハウを高めていくことにつながると考えています。日本が培った農業技術の伝承から始まる効率的で安全・安心な日本の農業の知恵を結集させることは、中国のみならず、世界に通用する好循環型スマート農業の確立になると考えています。